1話 祝!入学
聖クラリス女学園
全寮制のこの学園は東海地方の都心からバスと電車を乗り継いて1時間ほどの小高い丘に存在している。
明治時代に設立したというなかなか歴史のある学園だ。
昨今の少子化問題で女子校が共学に方針転換をする中、未だ頑に女子校制度を守り続けている。
偏差値の高さや学園のブランド力もあり、女生徒からは人気もあるようで、毎年志願者数はなんとか募集人数を上回っている。
セーラータイプの制服が可愛いということも大きいようだ。
この春、その人気の女子校に一人の生徒が入学しようとしている。
入学式当日、生徒もまばらの校門の前で一人たたずむ人間がいる。
肩口で揃えられた黒い髪、少し重た目の前髪、身長は標準よりは少し大きいだろうか。細身の体に胸やお尻はほとんどないようだ。活発そうな眉と大きな目からは今にも走り出しそうな威勢の良さを醸し出している。
彼の名前は名前は山田 陽一。この春よりこの聖クラリス女学園に入園する。
「ついにこの日が来てしまったか。。。」
桜並木の緩い登り坂の先にある校門の前で彼は立ちすくんでいた。立っている間にもこれからクラスメイトになるかもしれない学生が緊張した様子で校門をくぐって行く。だがその誰もが彼ほど緊張と不安を抱えてはいないだろう。これからの3年間を無事に過ごせるか。彼の胸の内は不安で一杯だ。これからは何があろうと男だということはバレてはいけない。バレてしまえば社会的に死んでしまう。いや、下手をすると卒業前に物理的に死んでしまうかもしれない。
これからの3年間のため、たった一ヶ月ではあるが女性になりきる特訓をしてきた。可能な限りの努力をしたつもりだ。
1つ補足をしておくと彼は心が女性であるとかそういうことは一切ない。今まで普通に男性として過ごしてきたし、恋愛対象も女性である。そんな彼がなぜ女子校に入学することになったのか。簡単に言えば冒頭にあった少子化問題である。いかに人気の学園とはいえ、時代の波には逆えず、共学する事を検討しているようだ。詳細はまた別に説明する機会があるだろう。
ともあれ、入学式までそれほど時間があるわけではない。意を決して陽一は校門から一歩を踏み出したのだった。
校内に入ると、左側に教員用の駐車場、右側に体育館がある。何人かの教員が胸につけるための花を渡し、体育館へ案内している。在校生はすでに登校し、入学式の準備を手伝わされたのであろう。花は全員に配られているようだ。
体育館の奥に校舎があり、昇降口で靴を履き変えた後で体育館へ向かうように指示される。
「A組か。」
昇降口に貼られたA3用紙にクラスと名前、出席番号が書かれている。事前に郵送されているため当然知っているのだが再度確認してしまう。
下駄箱の横に吊るされているA組の表示と出席番号を確認しながら自分のロッカーを探す。
「山田陽子山田陽子っと。」
突然だが、ここで彼が3年間使用する名前を紹介したい。名前を呼ばれた際に反応できるようにほとんど本名のままにしている。出席番号32番の彼の下駄箱は当然一番奥にあるのだが、通学初日ということもありあまり考えず手前から下駄箱を確認していった。
「おっと。」「あっ。」
下駄箱の名前に気を取られておそらく同じクラスであろう少女に追突する。軽くぶつかっただけのため、陽一は彼女にもたれかかるような体勢になっている。至近距離で目が合う。
身長は陽一よりも少しだけ高いだろうか。自然と少しだけ目線を上げると、艶やかな黒髪が陽一の顔にかかる。
慌てて距離を取った陽一だが彼女から目が離せない。
少し垂れ気味の大きな瞳は睫毛が長いためか一段と大きく見える。細く長い眉、線の細い顔立ちはスリムな体型と相まってはかなげな印象を受ける。
(か、かわいい。。。)
こんなにかわいい女の子がいるかと陽一は衝撃を受けていた。
(ここにいるってことはクラスメイトってことだよね?何か挨拶しないと。こういう時は元気に『おはよう!』で問題ないよな。よ、よし、い、言うぞ!)
「お、おは」
混乱する陽一が意を決して挨拶をしようとすると、
「ごきげんよう。」
目の前の少女は小首を傾げながら口元に手を添え、そう言葉を発した。