~あんくる、らいと~➃
CP四 対クナ国➀
尊達がイト国へ旅立った次の日のことである。
その日、神殿は騒然としていた。
弟王、狗呼が尊大な顔をして壱与を睨みつけている。
弟王、狗呼。かつて卑弥呼とともに邪馬台国を治めた王であった。卑弥呼の世、男子禁制の神殿内で唯一登殿を許され、政治を司った男である。卑弥呼の死の一因が彼にあると噂されており、今なお邪馬台国を我が物にしようと企んでいる。
「狗呼様、ここは神聖な場所。もうあなたは二度と入れないはず」
「かたいことを言うな、壱与よ。我は卑弥呼様に仕えし弟王なるぞ」
壱与はきっと闖入者を睨みつけた。
「母様を殺したくせに!」
「未熟なお前がそれを言うか、童!」
狗呼は恫喝する。
壱与は唇を噛みしめた。
狗呼はフンと鼻先で笑い、小ばかにした様子で、
「まぁいい。此度の狗奴国との戦、お前にも行ってもらう」
「な!」
「聞け。和国大乱の今、人心は揺れ動いている。今や奇跡が・・・神の力が必要だ」
「・・・・・・」
「よいか、女王のお前が戦の先頭に立ち、兵を導くことで勝利がうまれる」
「何を言っている。策は・・・勝てる算段があるのか」
「何度も言わせるな、算段はお前だ壱与、お前が奇跡を起こす。偉大なる姉様のように、な」
「馬鹿な、断る」
狗呼は薄汚い笑顔をこぼす。
「お前に選択肢はない。お前は断れぬ。民が兵がお前を求めているのだ。それにイト国に向かわせた者共の命・・・果たして無事だろうか・・・な」
「貴様!」
「出立は明後日じゃ。期待しているぞ。新しき女王」
狗呼は周りの畏怖する巫女達を舐めるように見渡しその場を後にした。
なす術のなかった壱与の瞳から大粒の涙が滂沱と流れた。
明後日、早朝。
邪馬台国の神殿の前に、すべての民、出陣する兵達が集められた。
「今、我らヤマタイ国は、未曽有の国難に直面している。此度は私女王自らが、賊国クナ国に誅を下す。皆の者立ち上がれ!」
14歳の少女は震えていた。大音声を発しながらも。
邪馬台国の民、出兵する兵たちは沸きに沸いた。
卑弥呼以来、今まで神秘のベールに包まれた女王が、戦女神となって目の前にいるのだ。
壱与は満足そうに頷いて見せると、輿の中へ入った。
自分の道化ぶりにおぞましさを覚えた。震えが止まらない。
卑弥呼から譲り受けた大切な神獣鏡を胸に抱きしめて、だだ震えていた。
「上出来、上出来」
狗呼の口角が醜く歪んだ。
壱与の部隊(神軍)は先頭に配置された。
構成された兵は、壱与と命運をともにした巫女、神殿を守る近衛兵、そして老兵。
飾りの壱与の代わりに部隊を指揮するのは、ヤマタイ国を支え続けてきた老将軍難升米だった。
難升米、ヤマタイ国一の武勇を誇る老将。卑弥呼擁立一次和国大乱の頃から国を支え続けている。卑弥呼の信頼は厚かった。が、弟王狗呼から疎まれている。壱与のことは幼子の時から知っている。
(何を考えてる)
難升米は狗呼の真意を測りかねていた。神軍を最前線に敷くなど狂気の沙汰としか思えない。本気でクナ国がかかってきたら、隊は即壊滅だろう。容易に分かることだ。
(まさか、本当に奇跡を信じているのか)
難升米はかぶりを振った。
(まさか・・・あの計算高い男が・・・では、何故)
彼の杞憂は戦端が開かれて、すぐ気づくことになる。
続きも引き続き、読まれてくださいね。