~あんくる、ねくすと~➂
CP参 イト国にて
尊達は昼夜を問わず、馬を飛ばして三日目の夜明けにイト国に到着した。
周りは堀が二重に巡らされ木柵が設置されている。外からは大きな神殿が見える。クニの大きさは邪馬台国より一回り大きく感じられる。
木でつくられた鴉が門の両隣りに配置されていた。門番が三人の来国者を見た。
十六夜は馬から降りると、門番に事の次第を伝える。ほどなく入国が許された。
尊は下馬した。足がふらつく。地に着いたさいに激痛が走る。腿のこわりと股ズレの痛みが容赦ない。
「いててて!」
「大丈夫ですか尊殿」
心配してくれるのは彌眞だけだ。十六夜はスタスタと先に進む。
「急ぐぞ、早くしろ」
尊は溜息をついた。
「しかし、この世界は何もないな」
「何もないだと?このクニは、大陸からの交易で栄え邪馬台国でも随一の大国なのだぞ」
「だって、コンビニもないし」
「こんびにとはなんぞや」
「便利なお店だよ」
「店ならあるぞ」
十六夜は指さした。粗末な小屋には、これまたボロボロの貫頭衣(当時の服)を着た男たちが魚と米を物々交換していた。
「店ね・・・」
尊はこの世界の生活ぶりの低さを嘆いた。
三人は神殿の前まで来た。門の外から見ても大きかったが、まじかにすると現代人の尊も驚くほどにでかい建物だ。
「昔の人は、こんな大きいもん作ったのか」
思わず感心して言葉にでてしまった。それは遺跡観光に来た人のそれだ。
「ヤマーダ、ちょっと待っておれ」
「へっ?」
「私と彌眞はこのクニの長に会ってくる」
「俺は・・・」
「留守番じゃ」
「えー・・・とか言って、若い二人は俺を置いてデートにしけこむんじゃないの」
「でーと、しけこむ?また訳の分からない外の国の言葉を・・・なんとなくじゃが、言葉に悪意が感じられるような」
「二人は幼馴染なんだろ。んーあいびきってやつだ」
十六夜の顔が真っ赤になる。
「するか」
「まあまあ」
彌眞に促され、二人は神殿の門をくぐる。
「おとなしく待っていろよ」
十六夜は振り返ると、尊に釘を刺した。
(さてと・・・待てと言われたが、どうしたものか)
尊はポケットからスマホを取り出した。思った通り、ネット環境はない。
「そんなに都合よくねーよな」
独り言を言い、スマホを戻そうとした時、みすぼらしい老人が尊の前に歩みだした。
「旅の人よ」
「その鏡・・・ワシに譲ってくれまいか」
「えっ何で」
「何でと言われも欲しいんじゃい」
「いやいや、これは俺の重要なビックデータが入っている。スマホはおいそれと人に譲るものではないの」
(この世界じゃ、スマホ使いようがないと思うけど。なにかしらの役にはたつだろうし)
「何を言っとるじゃ。では、この剣と変えてくれ」
老人は懐に入れ大事そうに抱えていた剣を取り出した。
尊は剣を見た。剣先から半分ぽっきり折れていた。
「じいさん剣折れてるよ」
「・・・見えんか、お前さん」
「またまた、何言ってんのじいさん。不良品と交換しないし、ハナからそのつもりもない。さぁ帰った」
尊は老人をしっしっと手で払った。
陽はとっぷりと暮れはじめた。
待てと言われたが、遅すぎる。門番に度々、中に入っていいか、二人はどうしたと問い合わせるが「しばし待たれよ」などと要領を得ない答えばかりが返ってくる。
尊は木陰で昼寝をしたり、スマホに内蔵したアルバムや気になった記事をスクショで取った分を見たりして、なんとか時間を潰した。が、電池の残量もわずか我慢の限界だった。
(いくら違う世界とはいえ、待てが長すぎるだろ。ここの待ては半日単位なのか)
そんなはずはない。二人の身になにかあったのだ。
尊は確信した
(神殿に行くしかない)
門を走って駆け抜けようとしたが、即座に門番に止められた。
「中に入れさせろ」
「お待ちください」
堂々巡りの押し問答となる。
埒があかない尊はハッタリをかますことにした。
スマホを起動しYouTube動画からスクショでとった「SCP」を門番に見せる。
「これは」
「俺の世界ではこれに遭遇したものは、間違いなく死が訪れると言われている」
「・・・それで」
「今からそいつを召喚する」
「ひいっ!」
門番はおっかなびっくりで叫んだ。
武器というべきか、謎の道具で得体のしれない怪物を見せられた挙句、連れてくるというのだ。驚かない方がおかしい。
尻込みする門番を尻目に尊は悠々神殿内へと入って行った。
(さて、潜入したものの。どうしたものか)
神殿の敷地内は広大だった。神殿以外にも櫓や高床式倉庫があり、十六夜と彌眞がどこにいるのか検討もつかなかった。
すると、背後から声がした。
「お困りかな」
先程の老人が立っていた。
「じいさん・・・どうやって来た」
「ほほ、それは内緒じゃ。お仲間の居所、教えてしんぜよか」
「見るからに怪しい、じいさんだな・・・まっ、いいか、じゃ教えてくれ」
「タダで教えてもらう気か・・・このあんぽんたん。タダでは駄目じゃ。お前さんのその鏡ワシにくれんか」
「鏡?このスマホのことか」
「おお、それそれ」
「でもなぁ」
「お前さんに選択肢はないはずじゃ、じきに追っ手がやって来る」
「人の懐、みてるなぁゲスい。わかったよ」
老人の言う通り猶予はないだろう。じきスマホも電源が切れ、何の役にもたたなくなる。尊はおじいさんスマホを差し出した。
「おお。ほれっ」
老人は剣を尊に投げる。さっきの折れた剣だ。
「いらないよ。こんな壊れ物」
「いいから持っていけ。いずれ役立つ時が来る・・・多分」
「はぁ」
「仲間はあそこじゃ」
老人は倉庫を指さした。
「怪しさMAXだな。適当に言ってない?」
「信じる者は救われる」
「完全に居直っていやがるな。わかったよ。ありがと」
尊は老人の教えてくれた倉庫へと走りだした。
老人の口角が歪む。かすれた笑い声を出す。
「このままでは、つまらぬいからな」
そう呟くと老人は夜陰に紛れ消えた。
尊はひたすらに駆けた。幾年ぶりかのダッシュ、股は痛いが気にしていられない。高床式倉庫の階段をのぼり、扉を蹴り開ける。
老人の言う通り二人はいた。囚われていたのである。
十六夜は手足を縛られ、彌眞は怪我をして気を失っている。見るからに重傷のようだ。
「十六夜!」
「ヤマーダ」
老人から貰った剣で、十六夜の縛られた紐を斬り、拘束を外す。
老人が言ったように早速、剣が役に立った。
尊は老人に感謝した。老人はそういう意味で言ったのではないのだが。
「十六夜、彼氏は!」
「彼氏ちゃう。ヤマーダ、彌眞の止血お願い」
十六夜は袖を破り、布を尊に手渡した。
尊は止血法を思い出しながら、彌眞の右肩から流れる血を傷口から抑え止血した。
「おい、どんどん血が流れるぞ」
「分かってる!」
十六夜は首から提げている勾玉を外し、両手に握りしめコトノハを唱える。ぼうっと勾玉が青白く光る。
「どいて」
「おう」
十六夜は彌眞の傷口で両手を広げる。勾玉がより光を強める。
「へぇ、十六夜はヒーラーなんだ」
「黙って、集中してる」
「へい」
尊は首をすくめた。
十六夜の額から汗が流れだす。
(その身を犠牲にして、相手を治癒するか、うんうん、らしくなってきた)
尊は達観して二人を見ていた。
くんくん、焦げ臭い匂いがする。
白い煙があっという間に充満してくる。
「十六夜、燃えてる」
「分かってる。あと、ちょっと」
「このままじゃ」
その火のまわりに、尊は死に戻りプランならばと一回目の死を覚悟した。
数度の風を斬る音がした。
戈が唸りをあげる。
ついさっき、燃え盛る建物は消えていた。
驚き、あんぐり口を開ける尊。
膝をつき疲労困憊の十六夜。
戈を持ち、仁王立ちする彌眞がいた。
「すまない。十六夜」
「いいって」
「ありがとうございます。助かりました尊殿」
「いいって、でも、すげえな彌眞」
「恐れ入ります」
「先程は完全に油断しておりました。女王の巫女、神話の英雄を守れぬとは我が身の不徳」
彌眞は深々と頭を下げた。
「十六夜」
「ん?」
「これより、どうする?」
彌眞は尋ねた。
「イト国の長をとっちめて、訳聞かないとね」
「承知した」
三人の周りにはおびただしいイト国の兵が取り囲んでいた。
彌眞はうっすら笑う。
「死の刃に首を刎ねられたい者は前へ出よ」
戈を一閃する。目の前の大木が両断される。一騎当千、兵士達は敵わぬことを悟った。
「同じクニの同士。争いはしたくない。長と話をする道を空けよ!」
十六夜は澄んだ響き渡る声で叫んだ。
兵士たちが道を空け、神殿までの道が一直線に出来上がる。
「もう一度言ってみろ!」
十六夜は叫んだ。
長は固唾を飲む。俯き加減に、
「弟王狗呼様の命により・・・あなた様方の始末を言われました」
「・・・壱与様が・・・危ない」
十六夜は呟いた。
「どういうことだ?」
尊には状況がさっぱりだ。
彌眞は硬い表情で十六夜に尋ねる。
「どうする。邪馬台国に戻るか。それとも」
十六夜は苦渋の表情を浮かべた。
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