閑話:バルバラッド
──混血の村、ラッドグラウンド。
上位魔族のほとんどは魔窟の中に住処を作りそこで生活をしているのだが、バルバラッドは地上の辺境で暮らしていた。
「あっ! バルお姉ちゃんだ!」
「お姉ちゃーん!」
「おー、帰ったわよー」
人族で言うところの五歳にあたる子供たちがバルバラッドの姿を見つけると手を振りながら笑顔で近づいてきた。
バルバラッドはそんな子供たちの頭を撫でながらラッドグラウンドに入ると、そこからは次々と村民から声を掛けられる。子供や老人、老若男女かかわらずだ。
「ちょっと長老に用事があるから、また後でねー」
「はーい!」
子供たちと別れたバルバラッドはその足で村の一番奥にある長老の屋敷を訪れた。
「おーい、長老! いるー?」
「そんな大声で呼ばんでも聞こえるわい」
「うわあっ! ……う、後ろからいきなり声を掛けないでくださいよ、長老!」
後ろを取られたことよりも耳元で囁かれたことに驚いたバルバラッドは慌てて振り返り長老に怒鳴り散らしている。
「ほほほっ、お主もまだまだじゃのう」
「長老がヤバすぎるんですよ」
「そうかのう? まあよい、上がれ」
「……失礼します」
屋敷に上がったバルバラッドは長老に続いて進むと、居間に案内されてそこに腰掛ける。
お茶を入れてきた長老も向かいに腰掛けると、開口一番でバルバラッドの確信を突いてきた。
「……ふむ、誰かに負けたようじゃのう」
「……負けた、のかな」
「負けたのじゃろう。じゃからお主はそんな顔をしている」
「顔に出てますか?」
「辛気臭い顔をしておるからのう」
ほほほっ、と笑いながら長老ははっきりと口にする。
しかし、五魔将と呼ばれる魔族側の主力が負けたというのに暢気なものだが。
「……長老、私を倒した奴は、異界の英雄と呼ばれていました」
「そうかそうか、異界の英雄か」
「はい。そして……この村についても知っているようです」
「……そうか。ラッドグラウンドについて知っている、異界の英雄か」
顎髭を撫でながらやや上を向いて思案顔を浮かべている長老。
異界の英雄、というよりもラッドグラウンドについて知っているというところに大きく反応を示していた。
「いや、ラッドグラウンドについて知っているというよりかは、混血の村がどこかに存在している、という感じで言っていました」
「……どういうことじゃ?」
「場所だったりは分からないけど、どこかに混血の村がある、と」
「ふーむ、何とも中途半端な知識じゃのう」
「はい。それに……異界の英雄、ブレイドと言うんですが、あいつは他の人族とは違うように思います」
「まあ、異界の英雄じゃからのう」
「いや、そういう意味じゃなくて」
当然だろうと言っている長老だが、バルバラッドが言いたいことは少し違っていた。
「ブレイドとは、話ができます。魔族だから全員が敵だとは思っていません。私が混血だと知っても普通に話し掛けてくれました」
「んっ? お主、殺し合った相手と話をしたのか?」
「……負けてここにいるんですよ? そりゃあ会話の一つや二つはしてるでしょう」
「そう言われると、そうじゃのう」
「とにかく! ブレイドは話の分かる人族です。……もしかしたら、私は五魔将を──」
「それ以上は言うでないぞ、バルバラッドよ」
バルバラッドの発言を突然遮った長老。
その視線は先ほどまでの好々爺然とした雰囲気から一気に張りつめたものへと変貌させる。
ゴクリと唾を飲むバルバラッドだが、自分の失言に気づいたのか身体は動かさずともその視線だけはあらゆる方向へと向いていた。
「……す、すみません」
「……まあ、今は問題ないようじゃな。しかし、いつどこで誰が聞いているやも分からんからのう。心の中で思っていても、決して口にしてはならん。それを口にする時は……分かっておるな?」
「……はい」
長老の目を見ながら一つ頷いたバルバラッド。
その様子に満足したのか、長老は雰囲気は再び柔らかくさせると笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がった。
「報告はまだあるのか? あるならお茶を入れ直すぞ?」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「そうか。ならば玄関まで見送ろう。たまには村の子供たちと遊んでやってくれ。若い奴はお主くらいしかおらんからのう」
「あはは、そうさせていただきます」
苦笑しながら屋敷を後にしたバルバラッドの背中を見送りながら、長老は屋敷に戻りながら一つ息を吐き出す。
「ふぅ……どうやら、儂らも動く時かもしれないのう」
そんなことを呟きながら、新しいお茶を飲もうと台所に向かうのだった。




