魔窟-6
バルバラッドはてっきりブレイドが村の場所を含めて全てを知っているのだと思っていた。
しかしブレイドは混血の村があることは知っていても場所は知らないと言っている。
ブレイドが嘘を言っている可能性も考えられるのだが、バルバラッドはブレイドが追撃を仕掛けてこなかったことで自然と全面的に否定する態度を改めていた。
「異界の英雄って言っただろ?」
「……えぇ」
「もし俺が異界の英雄だとしても、情報として混血の村があることを知ってはいるだけで場所までは分からないんだ」
「それを信じろっていうの?」
「信じてもらう以外に方法がなければな」
バルバラッドはブレイドを睨みつけながら思案している。
その様子に一番驚いていたのはリアナだった。
人族と魔族が対等に話し合っている。その姿がリアナには考えられなかった。
「……あんたの心を読む」
「そんなことができるのか? どうやるんだ?」
「私があんたの左胸に手を当てるだけよ」
「それでいいのか? だったら――」
「ダメよお兄ちゃん!」
バルバラッドの提案に悲鳴にも似た声をあげたのはリアナだ。
驚いて振り向いたブレイドは、リアナの表情に苦笑する。
「何を怖い顔をしてるんだよ」
「な、何を考えているのよ! 相手は魔族なんだよ? そんな相手と話し合うだなんて、それに左胸って心臓だよ? 殺されちゃうよ!」
「……あんたの仲間はそう言っているけど、どうする?」
ブレイドとしてはバルバラッドと敵対するメリットがどこにもない。
可能なら誤解を解きたいと思っているのだが、リアナの表情を見ると心が苦しくなってしまう。
「大丈夫だって。リアナも見ていただろう、こいつが普通に会話しているところを」
「そ、そんなの、私たちを騙す手段の一つだわ! お兄ちゃんは騙されているのよ!」
どうしたものかと思案した結果――ブレイドからも一つの提案を口にする。
「そっちからの提案だ、俺からも一つお願いしてもいいか?」
「……いいよ」
「こいつを俺に取り付ける」
そう言ってブレイドが取り出したものはMSOでは攻撃アイテムでは最大級の威力を誇る雷神の怒りだった。
「……あんた、そんなものまで持っているの?」
「アイテムボックスに入ってたんだよ?」
「お兄ちゃん、それはなんなの?」
リアナの問い掛けに対して、ブレイドの答えは曖昧な笑みを浮かべるだけに止めた。
「……もし俺を殺したら雷神の怒りが全て発動する。そうなると、さすがのお前もただではすまないだろう?」
「おそらく死ぬわね。だけど、それだとそっちの女も死んでしまうんじゃないの?」
雷神の怒りは高威力であるとともに広範囲を攻撃できるアイテムだ。
二人だけではなく、離れているリアナにも影響が及ぶのではないかとバルバラッドは指摘した。
「あの結界は俺が死んでも数時間はそのままになるよう魔力を注いでいる。だから大丈夫だよ」
「すごい自信ね」
「そういうお前はリアナの心配をしてくれたじゃないか」
「……もういいわ。私はそれでも構わないから、そっちの女はどうなのかしら?」
「絶対にダメ! お兄ちゃん、そんな条件あり得ないから! 絶対に――」
拒否の姿勢を崩さないリアナに対して、ブレイドは強硬手段を取ることにした。
今まで聞こえていたリアナの声が全く聞こえなくなったのだ。
「……いいの?」
「死ななければ問題ないからね。それとも、俺のことを殺すつもりなのか?」
「……いいや、そんなつもりはもうないわ。ただ、嘘をついていたら殺すけどね」
「大丈夫だって」
あはは、と笑うブレイドを見て苦笑するバルバラッド。
はたから見るとあり得ない光景であり、リアナは自分の声が聞こえていないと悟ると途方に暮れていた。
「リアナー、安心しろー」
振り返ったブレイドはリアナに向けて満面の笑みを浮かべると、バルバラッドに向き直り近づいていく。
「装備は外した方がいいのか?」
「上は外してほしい」
「了解だ」
言われるがままに銀龍鱗の軽鎧を外して地面に置いたブレイド。
視線で速くやるようにと促すと、バルバラッドは溜息混じりに右手をブレイドの左胸に重ねる。
「……始めるわよ」
「おうよ」
バルバラッドは固有スキルである精神介入を発動させた。
一瞬だがブレイドの体がビクリと動く。
リアナが両手を口に当てて目を見開いた。
バルバラッドが手を当ててから数分間、誰もその場から動こうとするものはいなかった。そして――
「…………あんた、恐ろしいやつね」
「……うん? 終わったのか?」
あくびをしながら目を覚ましたブレイドはまぶたをこすりながら確認を取る。
「……終わった。確かにあんたは嘘なんてついていないよ」
「だから言ったじゃないか! はああぁぁぁぁ……緊張したなぁ」
「なんだ、信用しているんじゃなかったの?」
「そうなんだけどな。それでも今日会ったばかりなのに変わりはないだろう?」
「……あんたは本当に変なやつね。それよりもあっちはいいの?」
「あっち? ……あっ!」
バルバラッドが指差した先に視線を向けると、リアナが腰を抜かしたままこちらを見ていることに気がついた。
慌てて結界を解除したブレイドはリアナに駆け寄るとその肩に両手を置いて声を掛けた。
「リアナ、大丈夫だっただろ?」
「……お兄ちゃん、本当に、魔族と話し合いが、できたの?」
「私は魔族だが混血だからね。人族のことも少しは理解できるつもりよ」
ブレイドに対しては気安さを感じられる態度なのだが、リアナに対しては厳しい態度を崩さないバルバラッド。
「……ブレイド」
「あれ? 名乗ったっけ?」
「精神介入の時に知ったのよ。そっちの女は大丈夫なんでしょうね?」
ギロリと睨みを聞かせるバルバラッドにリアナはギュッとブレイドの服の裾を掴んで放さない。
「……大丈夫だよ。リアナには何も言わせない。それに、いつか理解してくれるさ」
「……だといいんだけどね。それじゃあ私はもう行くわね」
「おっ! 引いてくれるんだな」
「嘘はついていなかったからね。それと、私のことはバルバラッドと呼んでくれて構わないわよ」
そんなバルバラッドに対してブレイドは――
「長い。バルでいいか?」
「……好きに呼んでちょうだい。この魔窟のアイテムはこの先よ」
「アイテムまで!」
「私の魔素を浴びているから少し変化が起きていると思うけど……まあ、問題ないと思うわ」
「ありがとう、バル!」
ブレイドから手を握られたバルバラッド――バルは驚きの表情を浮かべた後に、今まで見せたことのない笑みに変わった。
「本当に、ブレイドは面白いやつね。それじゃあね」
「おう! また会おうな!」
最後まで笑みを絶やさなかったバルは、その姿を暗闇に消してしまった。




