第3輪「純希が真咲で、真咲が純希」
まず、三人は今回発生した出来事を改めて整理する事にした。それにあたり、先に純希が口を開く。
「今朝は引ったくり犯を捕まえたんだが、事情聴取とか言われて交番に連れてかれて。それが終わったから学校に行こうとしたんだ。真咲からのメッセージも来たし。でも
……」
黒マントに身を包んだ素性のわからない人物に今度は純希が鞄を引ったくられ、その黒マントを追って路地裏に入った。
そして、黒マントに謎の攻撃を仕掛けられた後は身体の自由が利かなくなり、抵抗できないまま黄緑色の錠剤を飲まされ……目が覚めたら、なぜか保健室のベッドの上。身体に違和感を覚えて、鏡を見たら真咲と入れ替わった事に気づいた。
「やっぱり、変な事に巻き込まれてるんだから……っ」
純希の話を聞いた真咲はあからさまに溜息をついたが、明仁は顎に手を添えゆっくりと言葉を紡ぐ。
「純希。その黒マント……何か特徴とかはなかったかい?」
「特徴? 全身黒だったからな……特徴、特徴……あっ」
「何かあった?」
何かを思い出したかのように声を上げた純希に、明仁はすぐさま反応した。
「マントの留め金に、菊の花の紋章があったぜ」
それを聞いた明仁は、机に置いていたスマートフォンを手に取って調べ始める。
新たに飛び出した手掛かりに希望を見出せたのか、真咲も明仁のスマートフォンを覗き込んだ。純希も真咲の後に続き、明仁の指の動きに合わせてスクロールされていく画面を見る。
数分後。明仁は、ハッと目を見開いて見つけたものを人差し指と中指で拡大した。
「っ! これ!! 俺が見たの、これだ!!」
菊の花の紋章。明仁が見つけ出したそれを見て、純希は声を張り上げる。その菊の花の紋章を使っているのは……。
「株式会社、菊地……製薬……」
という名の大手製薬会社だった。
純希と真咲の入れ替わりには、菊地製薬という製薬会社の人間が関わっている。つまり、純希が飲まされた錠剤には入れ替わりが発生する未知の成分が仕込まれていたという可能性がでてきた。
株式会社菊地製薬は、新薬の開発に力を入れている会社である。純希たちが住むこの町に本社がある事から、町の人々からは絶大な信頼を寄せられていた。
技術的にも非常に高い会社だと業界内では有名で、夢のような薬を開発していたとしても菊地製薬ならと頷けるくらいではある。
しかし、現段階で菊地製薬のせいにする事はできない。特に、真咲はそう思っている。
「でも、菊地製薬のせいに断定するのはまだ早いわ。だって、私はそんな黒マントと関わっていないし、お茶だって自分の水筒から飲んだんだから」
真咲は先ほど外で言った通り、終業式終了後に明仁と家に帰ろうとしていた。帰る前に水分補給をしようと明仁と話し合い、自分の水筒からお茶を飲んだら眠気に襲われたのである。
突然倒れた真咲を、明仁が保健室まで運んだ。自分の水筒からお茶を飲んで眠気に襲われるというのはおかしな話だが、菊地製薬の人間が個人的な持ち物にまで細工をする事は可能なのだろうか。
わからないからこそ、菊地製薬のせいだと断定する事はできない。
「それなら、菊地製薬を問い詰めればよくね? だって俺ら被害者なんだし」
「馬鹿ね。誰が入れ替わりなんて信じてくれるのよ。それに、黒マントの事だって証拠の写真すらない……私たちみたいな子どもが企業に難癖つけて、向こうがまともに聞いてくれると思う?」
純希の提案に正論で返す真咲。純希は「うっ……」と言葉を詰まらせた。今の三人には、第三者に入れ替わったと証明する事も得体の知れない錠剤を飲ませたのが菊地製薬だと言い切る事も不可能である。
だが、純希は諦めきれなかった。このまま泣き寝入りする事だけは絶対にしたくない。
「……けど、このままってわけにはいかねぇだろ。誰が何のために、俺たちにこんな事をしたのか……真咲だって知りたいんじゃねぇのか?」
「っ! それは……っ、知りたい。……知りたいに決まってるわ」
「なら、俺たちで真相を突き止めようぜ」
純希はジッと真咲を見つめ、手を差し出す。真咲は突然の事に対する驚きでか瞬きを繰り返すが、ゆっくりと手を伸ばして純希の手を握った。
そんな二人の手をしっかりと結びつけて離さないように、明仁は両手で包み込む。
「僕も、協力するよ。今回の件はたまたま入れ替わってしまっただけで、二人を手に掛けようとした可能性だってあるんだ。……二人の事は、僕が必ず守る」
繋がった三人の手。幼い頃からずっと一緒だった三人は、これまでの人生に降りかかった中でも一番大きいだろう危機に、三人で立ち向かう事を決めた。
その後話し合いは進み、入れ替わりがいつまで続くかはわからない事もあり、純希は真咲として、真咲は純希として生きていくためお互いの情報を紙に書き始めている。
「純希、真咲。わかっているとは思うけど、二人が入れ替わっていると他の人に知られたら確実に面倒な事になる」
「まぁ、間違いなく病院行きだろうな。精神科とか」
書くのに行き詰まった純希は、天井を見ながらシャーペンを指でクルクルと回した。
純希は根っからの不真面目男子だが、真咲は生まれてこの方ずっと優等生女子。つまり、二人の性格は正反対なのだ。
上手く演じなければ、突然優等生になった純希と突然不真面目になった真咲が現れる事となる。誰もが驚き、病院に連れていくと言い出すはずだ。
「そう。それに、菊地製薬が入れ替わり目的で二人に薬を飲ませたのなら、二人の様子を必ず見に来る……上手く演技して入れ替わってないように見せれば、直接手を出してくるかもしれない」
「っ……もしそうなれば、相手の証拠を掴めるチャンスって事ね」
紙に情報を書き終えたらしい真咲は、大きく伸びをしながら言う。明仁は、「うん」と言って頷いた。
「明日から、また補習が始まる。まずは、学校の人たちを騙し切ろう」
「毎日、大変になりそうだわ」
明仁の言葉に、溜息をつく真咲。しかし、純希はジトッとした目を二人に向けながら重苦しい声を出した。
「もう既に大変なんだよな。俺って何だと思う?」
純希のその問いに真咲は再び溜息をつき、明仁は苦笑いを浮かべた。
何とか紙を書き終えた純希は真咲に手渡し、真咲も純希に紙を差し出す。お互いザッと目を通し始めたが、すぐに紙を畳んで仕舞った。
「何か、『お父さんの淹れたコーヒーは不味くても絶賛する事』って書いてあったけど、見間違いだよな」
「あら、こっちには『家の階段を上り下りする時はいつでも勢いよく』なんて書いてあった気がするけど、きっと冗談よね」
どうやら、お互いにとって理解しがたい内容が書かれていたようである。明仁は相変わらずだと感じていたが、純希と真咲はそのまま身支度を整え始めた。
「……帰るの?」
「あぁ。学校もそうだけど、家族も騙せなきゃ意味ないだろ? 早速演技してみないとな」
「えぇ。まぁ、私は余裕だけど。明仁、今日は色々とありがとう。これから沢山迷惑をかけると思うけど、また明日からもよろしくね」
真咲の言葉に、明仁は「勿論だよ」と返す。純希も「いつもありがとな、明仁」と言い、真咲の後について明仁の部屋から出ていった。
残された明仁は、深い溜息をつく。
「こんな情けない僕でごめんね……」
純希と真咲が味わっている苦しみは、明仁の想像を何十倍、何百倍も超えているはずだ。役に立てているとも思えず、明仁は左手をポケットに入れ、右手で頭を抱える。
「もう、こんな思いをするくらいなら……っ」
純希と真咲の事は、命を懸けてでも守ってみせると覚悟を決め、ポケットに入っているものを握り潰した。