第1話 世界の変化、自分の変化
日渡怜央それが俺の名前だ。俺は何でも卒なくこなせた。勉強も運動もそれなりに出来た。進路も決まり俺は家族や友人達と楽しく暮らしていた、順風満帆を絵に描いたような人生だった。
だが俺の日常は非日常と混じり合い溶け合いめちゃくちゃになってしまった。
俺はこの狂った世界を生きなければならなくなった。
♢
西暦2022年8月 世界は狂い始めた。それは一人の女?がもたらした物がきっかけだった。その女は訳の分からない話ばかりしていた。
″私は別の世界から帰ってきた”
”私は龍を殺した”
”私は戦争に勝利をもたらした”
”私は魔法に似た力が使える”
”私はこの世界に人間が必要かどうかを決める為に来た”
”私は善、私は悪”
”世界は私、私は世界”
最初はただの戯言か、精神病かと疑われた。女の話は全て真実であった。女は絶世の美女であった。女は”異能”と呼ばれる力を大衆の前で使ってみせた、歌で動物や人間を自在に操った。さらにこちらの世界に無い鉱石や植物や動物? の死骸を何も無い空間から取り出して見せたのだ。
世界に激震が走った、女は一躍時の人になった。女は終始妖艶な笑み浮かべていた。
各国が女を研究材料としようとし失敗した。女はでたらめに強かった、仕向けられた暗殺者や軍隊を一人で退けてしまった。
女を捕らえるのは地球の戦力では最早不可能だった。
そして女は8月の暑い日にある言葉を残して世界から消えた。
『この世界の意識改革は終了した。種は世界中に撒いた。人間が世界に必要なら生き残れるはず。いらないなら淘汰されるだけ。楽しみなさい狂った世界を』
この言葉を境に世界中は荒れた。何故なら50人に1人の割合で異能が発現してしまったからだ。
老若男女問わず発現する異能。非常に危険な物からチープな物まで、多種多様だった。
異能は使えば使う程、生物を殺せば殺す程強くなる。
女がもたらした物は異能だけではなかった。異形の生物が各国、各地に現れ始めた。現代兵器では歯が立たず対抗できるのは、異能の力のみだった。異形の生物は人間を餌と定め襲いかかって来る。
地球は平和からかけ離れた、食うか食われるかの魔境へと変貌を遂げた。
♢
父母はクジで当てた海外旅行を満喫中の為、俺は一人暮らし状態だった。自炊もそこそこ出来るし、親がいない環境と言うのは最高だった。
特に用事もなかったのでパソコンを起動し、ネットサーフィンをする。
「異世界帰りの美女が残した言葉の意味は・・・・ねえ」
ニュースでもネット上でも消えた女の話で持ちきりだった。女が消えてから一週間で異能が発現した人が多数現れ始めた。
「世間は大変だなあ、まあ俺には関係ないか」
パソコンを閉じ、コンビニへ向かう為家から出る。
「今日はやけに人通りが少ないな? やっぱ異能者を警戒してるんかな?」
コンビニへと向かう途中の道で
「きゃあああああ!!」
突如女性の悲鳴が聞こえる。俺は急いで悲鳴がする場所へ走る。
「確かこっちの方か・・・・・・」
血溜まりと、異形な化け物がそこにいた。
俺は言葉を失った、豚の様な怪物が女性を食い散らかしていたからだ。頭部は身体から離れ、豚の片手に掴まれている。更に女性の臓物は辺りに散乱していた。
あまりの光景にふらつき、吐きそうになる。
『ブシュシュシュシュ』
女性の腕を咀嚼する豚の様な怪物。
豚の様な怪物が俺を見て笑う。女性の腕を捨て俺に向かってくる、どうやら俺に狙いを定めたようだ。
「ひっ」
声が出ない、その場で尻餅を着いてしまう。
ゆっくりとした足取りでこちらに近付いて来る。
「来るな、来るな、来るなあおあ!!」
路地裏に落ちていた、空き缶や小石を投げるが全く効果がない。ジリジリと後ずさるが恐怖からか身体が思うように動かない。
「誰か! 誰かあああああ!!」
俺は力の限り叫んだ。
「あー煩い、何で私が・・・・。私じゃなくてもいいのに・・男何て助けたくないのに・・・・」
頭上から女の子の気怠そうな声が聞こえてきた。
「腰抜かしてるし・・・・男の癖に・・・・」
「彩花は毒まみれだに! そこの異能者の男は腰抜かしてるだけだしヒールもいらんに! 漏らしたり吐いたりしてないだけましに!」
熊の喋るぬいぐるみ? を肩に乗せた黒髪の背の高い女の子は、俺を一瞥すると豚の様な怪物に向かってゆっくりと歩き出し右手を横に振った。
「あっ危ないぞ!!」
身体は動かないが何とか女の子を止めようと口を動かし叫ぶ。
「だから煩い、それにもう終わった、話しかけないで」
女の子は振り返り、冷たい眼差しを俺に向けた。
「へっ?」
ズシャッ
豚の様な怪物が、半分に斬り裂かれ倒れていた。豚の怪物の身体からは血は流れず、黒い煙の様な物が立ち上っていた。
「・・・・・・お仲間の癖に戦えないんだね。戦えないなら引きこもっててよ。面倒な事が増えるから・・・・。それじゃさよなら」
「ばいばいにー! また会う気がするにー!」
それだけ言うと、女の子と熊は消えた。
文字通り影も形も無くその場から消えたのだった。
いつの間にか怪物の死体も無くなっていた。その場には無残に食い散らかされた女の死体以外何も残っていなかった。
「なっ何なんだよ一体・・・・あの女の子も熊も化け物も。とっとりあえず警察に・・・・」
俺はスマフォを操作し警察を呼ぶ。10分程すると警察が到着した。
スーツを着た白髪混じりの刑事がパトカーから降り、腰を抜かして動けない俺に話しかけてきた。
「これは酷いな・・・。また異形の仕業か。私は警察の桂と言う者だ。君化け物を見たんだろ? そいつはどうなった?」
「あっあの! 黒髪の女の子が来て、右手を振ったら豚みたいな化け物が死んでて、俺も何が何だかわからなくて、あの・・・」
俺がしどろもどろになりながら桂に説明をすると
「あーそうかありがとう、だいたいわかった。夜響の嬢ちゃんまた単独で動きやがったな。あれだけ警察と連携してくれって頼んだのに。あー後藤、夜響の嬢ちゃんに連絡しとけ。今回の件のデータを上げといてくれって」
後藤と呼ばれた男性は所持していたノートパソコンを操作し
「桂さん夜響さんから、本署にデータ上がってますよ。それとそこの男性は異能者だから保護するなり監視するなりしとけって。うろちょろされたくないからって」
その言葉を聞いた桂の目が急に鋭くなり俺を睨む。
「お前さんも異能者なのかい?」
「はっえっ!? いや違うと思います・・・何の能力も無いし・・・」
急に異能者だと言われたが、そんなはずはない。俺にそんな能力があれば、さっきの豚に真っ先に使っている。俺は普通の人間なはずだ・・・。
「後藤あれだぜ」
「了解でっす」
後藤はVRゴーグルの様な物を桂に手渡す。桂はゴーグルを装着し俺を見る。
「あちゃー。当たりか、申し訳ないが君を帰すわけには行かなくなっちまったなあ。後藤署まで連れてくぞ、取り押さえろ」
ぼりぼりと頭を掻く桂。
「はーい。君暴れないでね? 暴れられるとめんどくさいからね」
素早い動作で後藤に組み伏せられ手錠をかけられる。
「痛いっ! えっちょ? 何が・・・」
俺は訳もわからず警察に手錠をかけられパトカーに乗せられ、警察署へと連行された。