蒼と響が夜中にラーメンを食べに行く話
マジック×ウィング ~魔法少女 対 装翼勇者~
より主人公「蒼」と赤の魔法少女「響」のある夏の夜のお話
「いやぁ、お前が暇で良かったぜ。この時間に一人ラーメン食いに行くのは流石に抵抗あるからな」
「俺と一緒でも変わらないだろ。ていうか補導されるぞ」
「だからこうやって裏通り歩いてんだろ、おっ……焼き鳥のいい匂いが……」
時は午前1時。
数える程しか街灯の無い、繁華街の裏道を歩く不良高校生2人。
魔法少女部部長の蒼と、ヒラ部員の響である。
「しかし……今度からこの呼び出し方禁止だからな」
「へへへ……悪かったよ。お前ならこう呼べばすぐ来てくれると思ってな」
「お前時々ビックリするほどズル賢いことするよな……。“正々堂々”とか好きそうなのに」
「頭脳戦ってやつだな。それに、勝てば官軍とも言うじゃねぇか」
「質の悪いパワーファイターもいたもんだ……」
突然響から届いた「時間があるなら来てくれ。緊急事態」という位置情報付きメッセージ。
返信をしても既読が付かない。
蒼が血相を変えて、位置情報にあった公園に駆け付けると、「筋トレしてたら腹減ってな。一緒にラーメン屋行こうぜ」である。
まあ、当の蒼も新装備の開発で煮詰まっていたタイミングだったので、ある意味丁度良かったのだが、それにしたってもう少しまともな呼び出し方があるだろうとは蒼の弁。
それに対し響は、「素直に言ったら補導だ非行だっつって説教するだろ蒼は」と、カラカラ笑った。
「響お前俺以外に呼べる友達いないの?」
「んな!? 失礼なこと言うな! お前と違って友達いっぱいいるわ! ただ……夜中にラーメン食うなんて、年頃の女にはハードル高いぜ」
「あ~……そういえば香子も新里も夜食とかあんまり食わないな」
「だろ? 9時以降の食事は豚のもとだぜ」
「お前はどうなんだよ」
「ウチは食ったもん全部筋肉に変えるから大丈夫だが?」
「まあ……だろうな」
ふと、懐中電灯を持った二人の人影が見えたので、二人はそっとビルの隙間に隠れた。
二人とも高身長で大人びた顔立ちのため、ぱっと見では大学生くらいに見えるだろうが、うっかり夜回りの教員に見つかると面倒だ。
光風高校には非行を働く生徒など殆どいないが、夏休みシーズンには地域ボランティアの一環として保護者や教員が見回りをしていることもある。
「しかしなんか、ゲームのスニークミッションみてぇだな」
「行く先がラーメン屋じゃなけりゃカッコも付くんだけどな……」
そんなことを駄弁りつつ、新装オープンしたラブホの呼び込みを振り払いつつ歩いていくと、煌々と輝くラーメン屋の看板が見えてきた。
ヒョイと表通りに顔を出し、見回りの駐在さんや教員、保護者などがいないことを確認すると、二人はそそくさとその店に入る。
「いやーミッションコンプリート!」
「まだ帰りがあるだろ」
「いや、食えずに自宅送りと食ってから自宅送りじゃ満足度が全然違うじゃん!」
そう言ってメニュー表と睨めっこする響。
「いやー。なんか夜中のラーメンってどれ見ても旨そうで困るな!」と言って笑っている。
そんな彼女の様子に、蒼は不思議と居心地の良さを感じた。
気の置けない男友達などいた試しがない彼からすると、こうやって冗談を言い合ったり、悪態をつき合ったりできる響は、ある意味初めての悪友であった。
「何見てんだよ」
「いや、なんか居心地いいなって」
「あ!? どっ……どういう意味だよ……」
「気の置けない親友……かな」
「そんなこと言ってくる奴初めてだぜ……」
「何ちょっと赤くなってんだ」
「そりゃ……なぁ? 面と向かって親友とか気の置けないとか言われたことねぇし。照れるわ」
二人は色々と悩んだ末、とんこつ醤油ラーメンと激辛四川風ラーメンをそれぞれ注文し、代金を払う。
ゼルロイドの急襲に備え、この街の多くの店では先払いが基本である。
この時間でもそこそこ込んでいるので、提供まで少々時間がかかるらしい。
それぞれスマホを弄りつつ駄弁っていると、他の席で魔法少女が云々という会話が聞こえてきた。
思わず手を止め、無言でその話に耳をそばだてる2人。
丁度後ろのボックス席の会社員風のオッサンらの会話のようだ。
要約すると、
最近魔法少女ちゃん達が頑張ってくれてるから夜中でもこうして飲み歩ける。
赤の子がプロレスラーみたいで好み。
たまに出没する仮面の彼も小さい頃アニメで見た覆面ヒーローのようで良い。
等々、魔法少女達に、その中でも特に響と蒼にとって非常に好意的なものだった。
二人は無言で互いを見つめると、ニッと笑い合った。
響が拳を出してきたので、蒼もそれに自身の拳をコツンとぶつける。
ここの所街で食事をする機会が減っていたため、このような生の声を耳にすることがなかったのだ。
掲示板などで好意的な書き込みを見ることは多いが、やはり実際の声を聞くと、やりがいもひとしおである。
丁度その時、二人の注文したラーメンが運ばれてきた。
「おいおい。お前のソレめっちゃ辛そうだけど、食えるのか?」
蒼が響の激辛ラーメンを指さして軽く引いている。
真っ赤なスープに、唐辛子がゴロゴロと乗っているのだ。
注文した響は「前にこれのピリ辛食ったら全然辛くなくてな、見た目だけで大したことないと思うぜ」と笑っていたが、一口啜った直後、「ゲホッ! ゲホッ!」とむせ返っていた。
ピリ辛と激辛の間に丁度いい段階が無い、ラーメン屋あるあるだ。
蒼は安心安全な豚骨醤油ラーメンにニンニクをポトリと落としつつ、ゆっくりと食べ進めていく。
醤油の香りと豚骨のうま味、そして背油の甘みが食欲を刺激する。
以前掲示板で見た、生ニンニクをスープで溶かずにネギとチャーシューで包んで麺と一緒に食うという荒業を試してみたが、啜った瞬間鼻がツーンと痺れたので辞めた。
「ちょ……ちょっとスープくれ……」
と、響のレンゲが蒼のドンブリからスープを持って行く。
彼女の方を見ると、汗と涙と鼻水で顔が凄いことになっていた。
「はぁ~……背油甘くて旨ぇ……」
と、顔を綻ばせる響。
蒼は彼女の顔から汗やら鼻水やら涙やらがドンブリに落ちそうになっているのを見て、ティッシュで顔を拭いてやる。
「あ゛り゛がど」と言いながら、再び赤い海に挑む響。
啜っては咽る、啜っては咽るを繰り返しながら、麺を減らしていく響。
あまりにも辛そうなので、蒼も一口貰ったが、彼も同じくゲホゲホとむせ返った。
ただ、これがなかなかに旨い。
舌と鼻をぶん殴るような辛みの後に、濃い豚骨スープとニンニクで炒められた赤トウガラシのうま味が広がる。
蒼もついつい響のドンブリからスープを2度3度と拝借してしまった。
「ふぅー! 完食!」
赤と黒いシャツを目で見える程じっとりと汗で濡らしながら、響は激辛バトルを制した。
蒼もまた、少しのスープだけで汗だくだ。
「お前シャツ透けてんぞ」と響に指摘され、下に目線をやると、彼の身体のシルエットがぼんやりと透けて見えている。
「うぉっと……。ちょっとコレは乳首が透けて……」
「やめろよー! お前の見ても誰も喜ばねえよ!」
「こういうの響の役目だろうにな……」
「お前殴るぞ……」
そんなことを喋りつつ、店を出ると、夏の夜のムアッとした空気が吹き付ける。
激辛ラーメンでしこたま汗をかいた二人には、不思議と心地よく思えたのだった。
再び裏道で家まで戻ろうとした時、二人の腕時計型デバイスがブルブルと振動した。
二人は一瞬気だるそうな表情で見つめ合ったが、すぐに気持ちを切り替え、警報轟く夜の街へ走り去っていった。