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陸の人魚は夜に出会う4



 メリッサの知っている人魚姫とその恋人の話は、あくまで生き残った人魚たちが子供や孫に語り継いだものだ。その話の中では人魚姫の恋人がどのような人物だったのか、海の王国の崩壊にどのように関わったのかは語られていない。人魚たちにとっては青年もほかの人間もすべて同じ残酷な存在で、青年の人柄など考えたこともないのだ。


 人魚姫の恋人であったブラッド・アルフォードは、おとずれた人魚の王国で姫からもらった宝石を元手に、商売をはじめた。

 そしてある日、うっかり海の王国のことや、そこにたどり着く手段を知人に話してしまったのだ。それを切っかけに姫や何人かの人魚が捕らえられ、国をあげて海の王国への侵略がはじまった。

 ここまではメリッサが知っている話とほぼ一緒だ。


 海の王国が崩壊から数年後、恋人だったはずの姫を殺され、王国の滅亡のきっかけを作ってもなお、ブラッドは商売を続け大成功をおさめていた。

 彼は大きな船を何隻も所有し、それらを使って海に沈んだ王国の遺産を探し、金に換えているのだとうわさされた。彼の最終的な目標は「人魚の至宝」を手に入れることだとされた。異種族とはいえ、かつての恋人を死に追いやり、彼女が愛しんだ海の王国から平気で宝石を奪い金に換える残忍な男。



『アルフォードは人魚の血肉で赤く染まった手で金貨をつかむ』



 豪商となったブラッド・アルフォードはダラムコスタの住民からそう言われるようになった。かつて、純粋だった青年は、そんなうわさ話など気にもならないほどの金と権力をもった冷血な男に成り果てたのだという。


 ブラッドは生涯結婚をせず、代わりに養子をとった。それがカイルの父親である。彼は孤児院で引き取り手もつかない異国人の女が産んだ黒髪の子供だった。


 血塗られているとはいえ、アルフォード家はそのときすでにダラムコスタで絶対的な力を持つ豪商だ。ブラッドがなにを考えて、わざわざ自身と髪の色が違う養子を迎えたのかは、誰にもわからない。そういったことはいっさい話さない人物だった。


 やがて養子は成人し、妻を迎えた。すぐに孫にも恵まれ、アルフォード家はますます繁栄した。

 そんなアルフォード家に悲劇が起こったのは、二人目の孫の誕生を目前にしたある日のこと。

 ブラッドの養子、つまりカイルの父親が海難事故で死亡したのだ。アルフォード商会で働く従業員の多くもその事故で命を落とした。

 しばらくして妻は難産で死亡、母の命と引き替えに生まれてきたマーガレットは、長くは生きられない病をわずらっていた。


 養子とその妻の相次いだ死、海難事故、そして身体の弱い孫、それらの原因は人魚の血肉で財を成したことだとされ、アルフォード家はいつしか「人魚に呪われた一族」と呼ばれるようになっていた。


「人魚姫の恋人……?」


 カイルは人魚姫の恋人であった祖父とは血のつながりがない。それでも人魚という種族にとっては因縁の相手だろう。


「じいさんは、数年前まで生きていて一般的には大往生だろうな。それすらも、かつて人魚の血肉をすすったからだと言われていたな」


 人魚の血肉について、人間が知っていることは一時的に深い海の底まで潜れる力をもたらすこと。あとはまゆつば的な伝説として不老不死になれるだとか、美しくなれるだとか、そういううわさはある。人間には知られていないことだが、薬の効能を高める作用はあるので、うわさのすべてが間違っているとも言えない。


 ブラッドはかつて人魚姫から血を与えられた。彼が不老不死ではなかったことは誰が見てもあきらかだ。それでも、長生きした理由を人魚の血のせいだと考える者もいる。だから人魚は今でも人に狩られる存在なのだ。


 本人が死ぬのではなく、彼に関わる者が不幸になる。それがブラッドにかけられた呪いなのだとうわさされた。彼は根拠のないうわさ話を認めることも否定することもなく、その人生を終えたのだという。


「なんの根拠もない。ただの偶然だろう……。だが、関わる者が不幸になる、そういううわさがあることをおまえにも知っておいてほしい」


「え? でも、お祖父様はもう亡くなられて、カイル様は血縁ではないんですよね? 呪いはもう終わってませんか?」


「そうじゃない。商会に関わる者が不幸な死を遂げれば、最初はじいさんの呪いでも今度は『呪われているのはアルフォードの名そのもの』と言われるに決まっている」


 アルフォード家に関わり幸福に暮らす者たちは目立たず、たまたま不幸になった者だけが人々の印象に残る。

 もしアルフォード家に関わる者が不幸になるのだとしたら、商会は成り立たない。そうでないことは町の住人は知っているはずだ。


「権力を持っているというのは敵も多くいるってことだろう? やっかみだってある。たとえ、商会の船が事故を起こした回数が一般的な割合より低くても、従業員をいくら大切にしても……」


 悪いことだけが目立つ。カイルはそういううわさと闘いながら従業員や使用人を守り、祖父の残した商会を守り、妹を守っている。昨晩、海で「これでも悩みが多いほう」と言っていたのをメリッサは思い出す。


「早く、仕事が見つかるといいな」


 カイルのその言葉は、アルフォード家とは関係のない仕事を見つけて、屋敷から離れるべきだと言っているようだった。


「で、でも! 仕事が見つかったとしても、カイル様が私を拾ってくれたことには変わりがないし、恩はいつまでも忘れませんよ」


 たとえ、カイルが人魚の血に汚れた金で育ったのだとしても、メリッサが助けられた事実は変わらない。メリッサの父や兄が因縁のある相手に保護されてのんきに暮らしている現状を知ったら、怒るかもしれない。それでもカイル個人に助けられた事実をねじ曲げたりはしない。


「おまえ、バカだな……」


 カイルがあきれた顔で、メリッサを見る。またバカだと言われたことに腹を立ててメリッサが反論しようとしたとき、馬車が停まる。


「降りるぞ」


 扉が開かれ、先にカイルが外に出る。メリッサがステップに足を下ろす前に、やはり彼が手を差し伸べてくる。


「ようこそ、ダラムコスタの町へ」


 今度は間違えずにその手を重ねると、カイルは少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。



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