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白羽の矢  作者: 桃皐
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白羽の矢

お久しぶりですの方も、はじめましての方も、どうぞお付き合いよろしくお願いいたします。

ラブコメに至る前の、うじうじして悩む主人公が好物で出来た代物です。

作者自身が「おいお前もうちょっと前向きになれよ」と言いたくなりましたが、最終的にハッピーエンドになる、はずです。

 白羽の矢が示す、その者こそ山神の求めし花嫁


 突然だが。

この村には伝承が受け継がれている。

いや、伝承という言葉は正しくない。これはまさしく真実であり、現代まで続く伝統であるのだから。

なぜ今そんな話をするのかといえば、私がそれに深く関わる一族…『白鳥(しらとり)』、通称『白羽の一族』の今代当主であるからだ。

…加えて、今まさに神降しの儀が執り行われたところだからだったりもする。


失 敗 し た が な !


「み、瑞貴(みずき)…」


静寂の中、弓を放った状態のまま固まっていた体をゆっくりと戻す。

後ろから私の名前を呼んだのは妹の和華(わか)だ。

彼女を振り返ると、その眼が呆然と、私と、私の足元に突き立っている白羽の矢を見つめているのがわかった。


白羽の矢が示す、その者こそ山神の求めし花嫁。


私の一族である白鳥は、神の意思を矢に込めて射る、それを役割としている。

もちろんそれはそう頻繁なことではないし、もっと言ってしまえば数十年に一度。

山神が自分の伴侶を決める、その時に白鳥の者が中天に矢を射る。

そうするとどこからか強い風が吹いてきて、矢を流し、伴侶と決めた人間の目の前に落ちるのだ。


その儀式の射手がまさに私で、今矢を放ったところ、それがもうまっすぐに重力に従って真下に落ちてきた。

落ちてきてしまった。

風じゃない。重力だ。

重力としか言いようのない。

風を切って放たれた矢は、ゆったりとその速さを失い、やがて山のてっぺんで「これ以上登れない」とばかりに止まって、そしてベクトルを変えて落ちてきたのだ。


「…も、もう一度だ!もう一度やれ瑞貴!」


父の言葉ではっとする。

も、もう一度やっていいの、か?

いやまあ、一度しか射るなとは言われてないし、うん、じゃ、じゃあ射るぞ!


予備の矢をつがえ、再度真上に向けて打つ。


が。


「……」


静寂が再び訪れた。

先ほどから、声を出しているのは私の家族の2人だけだ。


「白鳥の今代よ。お主に力が備わっておらぬとは思わぬ。だがこれは…今のは、山神様の風でお主に落ちたとは思えぬ」


真後ろで座っていた長老に言われ、ぐっと目を瞑った。


失敗したのだ。


私は、山神様を降ろすことが出来なかった。

出来ない、白鳥の力もない、出来そこないだったのだ。

長老は私を慮って力が備わっていないと明言はしなかったが、これはどう考えても私が無能だったという証明に他ならない。


 思えば小さなころから、私が本当に白鳥の長となって良いのかと疑問はあった。

先代の父は風を読むのが上手く、通常だったら狙えるはずのない場所に矢を当てることができた。狩りの名人。

先々代の祖父は狩人だというのに動物に好かれ、獲物が目の前に首を晒したという伝説すら残っている。弓の腕も村一番だった。

父・祖父の代では残念ながら花嫁選びは無かったが、その前、曾祖父の代では見事白羽の矢は村の娘の前に突き立ち、目出度く山神様は花嫁を娶ったということだ。

その代ももちろん弓の腕は村一番、そして曾祖父は馬術の名手でもあったという。


ここで共通しているのは、どの代も皆、弓の腕がそれぞれに一番だったということ。

そして他にも秀でた部分があったということだ。


それが、私にはない。


この村には、私より弓の腕が立つ者が少なくとも1人はいる。

それが妹の和華である。弓で10本勝負をすると、かならず和華が勝つ。

流鏑馬であろうとなんだろうと、和華のほうが上手い。

そして、私にはその弓以外に取柄がないのだ。

妹にも及ばぬのに、他にこれと言った取柄がないとはこはいかに。


「…長老。私の力が及ばなかったのであれば、和華に…和華に、一度白羽の矢を打たせてみてはいかがでしょうか。山神様もお待たせしている。なんでしたら、先代の父でも…」


「馬鹿をいわないで瑞貴! 白羽の矢は瑞貴を選んだのよ。今代は間違いなく貴方。あなたが無理だったのなら、もう誰も無理よ!」


澱みがちだったその場に、ぱんっ、と風が吹いたようだった。


声を上げたのは和華その人だ。

いつも後ろ向きがちな私と違い、清涼な気風の和華は、いつもこうして物怖じすることなく自分の意志を声に出す。

外見こそ良く似た黒髪黒目だが、中身は正反対だと皆に言われる。

その言葉尻に現れはしないが、お互い長く伸ばした黒い髪も、肌の白さも、似ているようでその実、陰気に見える私と明るい和華とでは、天と地程も差がある様に思えてしまう。

――だからこそこの妹が疎ましく、羨ましかった。


「だが和華。山神様のお告げがあった、なのに白羽の矢は反応せず、こうして儀は失敗に終わった。このままでは、山神様は花嫁を得られず、この村を災いが襲うかもしれない」


これまで滞りなく行われていた儀だけに、それが失敗した後のことは誰も知らない。

あくまで言い伝えでは、花嫁として選ばれた娘が自害しようとした代には大層な飢饉がこの村を襲ったとか。

花嫁は縛られて山神様の祠へ届けられたそうではあるが、きっと自害しようとしたこと自体が山神様のお怒りに触れたのだと、それ以降逃げようとする者は現れていない…らしい。


では、白鳥が機能しなかった時は一体どうなる?


「でも、だったらどうしたらいいのよ…」


「だから和華が」


「瑞貴の馬鹿、今代は貴方でしょう! 選ばれなかった私が白羽の矢を扱ったら、それこそ山神様の怒りに触れるかもしれないわ!」


どうして自信を持てないの、と、勢いをなくした和華の呟きを耳が拾った。


そういえば耳の良さだけは和華にも負けなかったな、と、自嘲と皮肉が混ざり合っていっそ捨ててしまいたいような胸の内で思う。

耳が良くても腕が、頭が良くなければ宝の持ち腐れだ。耳の良さを生かすことができないのだから。


本当に、どうして私は白鳥の今代なのだろう。


答えの出ない疑問に苛まれるうち、どうやら私はいくつか会話を拾い上げ損ねたらしい。

耳が良いと自嘲したばかりなのに。


いつのまにやら、村の主立った顔ぶれは寄合に行ってしまったようだった。

ぽつんと残されたのは私と、やるせない顔の和華と、そして私たちの肩を抱いて家に連れ帰った父だけ。

他人事のように父も寄合に出なくてよいのかと思ったが、何のことはない。

白鳥の今代は私である以上、寄合に出るのは私の役目だったのだ。

あまりに腑抜けた面を晒していた私に、皆が気を使ってくれた結果、当事者であるにも関わらず寄合を蹴ることになった…ということである。


私が白鳥である必要はあったのだろうか…。




※3/23 主人公の名前にルビを振りました。

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