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ツクモ白蓮  作者: きな子
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第十九章:さりしもの ―葉月― 其の六

 市役所の屋台を覗いてみると、おもちゃのダーツや輪投げ、水風船掬いなどのコーナーができている。さらにインフォメーションだけでなく、迷子の子供の預かり所も兼ねているらしい。


「えっと、橘さん……こんばんは」

「ああ……こんばんは」

 小夜子が声をかけると、橘はふっと視線をそらしてしまった。明らかに不自然な動作なれど、静音だけがそれに気づかない。 

恭兄(きょうにぃ)はここでなにしてんの? あっはは、ハッピだ、やばい。全然似合わないね!」

「ナチュラルに失礼な奴だな。店番だよ。屋台で買い物したら引換券が貰えるから、枚数に応じて参加できるんだ」


 けらけらと笑う静音にも、橘は噛み砕いて説明してくれた。


「へぇ。水風船に、ダーツに、くじ引きに? いいじゃん、いいじゃん! 絶妙なショボさ加減!」

「さっきの仕返しのつもりか……?」


 参加しているのは、大きくても小学生くらいの子供が多いようだ。大人が参加するものではないだろうけれど──楽しそうに輪投げに参加している笑顔を見ると、うずうず。童心に返りたくなってしまう。


「わ、私はやりたいなぁ」


「お。じゃあお好み焼きとかたこ焼きとか食べよっか! それとも先にお兄ちゃんと合流する?」


 噂をすれば、ふわふわ、ふわふわ。かつお節を彷彿とさせる髪の動き。桐谷が携帯電話をいじりつつ、人混みを綺麗に避けてこちらに近寄ってくる。


「あ、お兄ちゃん」


「桐谷先輩、こんばんは! 昼間は本当にありがとうございました!」


「いえいえ。二人とも、浴衣かわいいね。よく似合ってる。色とか柄もイメージにぴったりだし。ギャップ萌えなんて言葉も幅をきかせる今日この頃ですが、王道もまた良きものなり……」


「やたら喋るじゃん今日のお前……」


 これはこれで、うん、反応に困るなぁと小夜子は思う。


「俺はちょっときょーやと話があるので。二人は先に好きなもの買いに行っておいで……」

「はーい! 行こ、小夜子!」

「あ……うん!」


 人混みを抜ける。ぶつからないように、転ばないように注意しながら。だから気が紛れて助かった。視線をそらされたことを、考えなくて済むから。


* * *


 二人の背中を見送った桐谷が、再び携帯電話をいじり始める。

「で? なんだよ、話って」

「そうだな、ひとまず……こっち向いて。はい、ピース。カメラに向かってポーズをひとつ……」

 けたたましい、連続のシャッター音。

「撮るな! 連写するな!」


「ハッピ姿のきょーやは貴重だから……。これでまたひとつアルバムが埋まる……」


「俺専用のアルバムじゃないだろうな……!? そこまでいくといよいよ怖いぞ……!」


「まあそれは冗談半分として」


「嘘つけ! おまえいつも俺に全力だろうが!」


 やっと止まったシャッター音。携帯電話を何度か操作したかと思ったら、画面をこちらに見せてくる。

 見せられたのはハッピの青じゃない。画面には優しいピンクと鮮やかな黄色の──。


「実はさっき見かけて思わずパシャリと……。要る? 入用じゃない?」


「しれっと犯罪するなー!」


 「今すぐ消せ」、「後で許可とるから」の応酬が始まったが、人目にも付くのでひとまずの休戦。


「……ったく、話って言うから聞いたのに。からかいに残っただけかよ……」

「それもまあ、あるけど。言えばいいのになと思って。『可愛い』とか、『似合ってる』くらいは」

「…………」

「だって今日、最後かもしれないよ。いつだって会えると思ってる人に限って、全然会えなかったりするもんじゃん」


 橘は黙りこくってしまった。橘だってそれはわかっていた。身をもって知っていた。


「まあ、浴衣姿を褒めないだけならまだしも、あんな風に目を逸らされたらさ。さよさよだって萎縮しちゃうじゃん。ああもう、会わないほうが良いのかも……なんて。そう思われたらさ、詰みだよ……?」

「とっくに詰んでるんだよ、俺は」


 戻ってきてはいないか。思わず背後を確認しながら、橘が吐き捨てるように呟いた。


「どうしたって、意識するだろ。おまえみたいに、さらっとは無理だよ。どうしたって気持ちがこもるだろ。そしたら、困るのは向こうだ。困らせるだけなら、重荷になるだけなら……言わないほうがいいことだって、あるんだよ」


 言いながら、滑稽だと橘は思う。ピンクの撫子が、いつもと違う髪型が、目に焼き付いているくせに。


「『可愛い』とか……『似合ってる』だとか。俺だって思ってること、言えるもんなら言いてぇよ……」


 ピッ。

 突如、響いた電子音。見れば、携帯電話を構えたままの桐谷。


 それが何を意味するかはわかっていた。だが、問わずにはいられない。


「おまえ今、なにしてた?」


「タイトルは『橘 恭也、男の本音』なんてどうでしょう……送信先は言わずもがな」


「今すぐ消せ──!」


 門外不出のムービーが撮影されたところで。男二人が揉めていたところで、今やそんなものは喧騒の一部でしかなくなっていた。時間が経つにつれ、人波は増えていく。


 祭囃子が聴こえてきた。と同時に、

「おや、楽しそうだね」

 軽快な奏一郎の声が、男二人の耳に届く。


「心屋さん、こんにちはー」

「やあ、桐谷くん。たちのきくんも。ここはなんだか面白そうなところだね」


 屋台を眺め、奏一郎が目を細める。

「さよは、ここに来ていなかった?」

「……ああ、来てたぞ。静音と二人で屋台巡りしていると思うが」

「ふふ、そう。なら、迎えに行かなければね」


 屋台を眺める視線が、迷子の預かり所で止まった。

「へえ、迷子も預かってくれるんだね」


「ああ、でかいテントだからな。どこよりも目立つから併設されて……」


「ちなみにそれって、猫も預かってくれる?」


「は?」


「フチタローが……ああ、うちにいた子猫の最後の一匹なんだけれど。逃げ出してしまってね」


「はぁ!?」

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