第十九章:さりしもの ―文月― 其の参
……呆気に取られてしまう。
「何のことを言っているんだ?」
「わからないならいいんだよ。わかる必要も無いのかも。わからないまま一生を終えても、なんの支障もないんだから」
にっこり。実に爽やかな笑みを浮かべて。
「だけど、君は君のことをもう少し、知ってもいいんじゃないかと思って」
そうして、続けて。
「だって君のことを、君よりも僕のほうが知っているなんて、なんだか気持ちが悪いでしょう?」
……本当に気持ちが悪いことを言うのだ。
「また、納涼祭で会えたらいいね。そのときはよろしくね。たちのきくん」
気持ち悪いことを言ったその口で、今度は気の良い挨拶をして。ガラゴロ、ガラゴロ。ほとんど空の引き車を、重たそうに引き連れて。奏一郎は橘に別れを告げた。
橘はまた一つ。爆弾を渡されてしまったような気持ちでいた。いつ爆発するのかも、しないのかもわからないものを。ああ、なんて気持ち悪い爆弾なんだ。
けれど爆弾とはまた別に、焦燥感は駆り立てられる。
そのカウントダウンは常に、休みなく、滞ることはない。
「あと一月……か」
表情のコロコロ変わる。慌ただしくて、泣き虫で。意外と強情で、こうと決めたら突っ走ってしまう。危なっかしくて、目が離せなくて仕方がない──そんな彼女が、この街を去るまで。




