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ツクモ白蓮  作者: きな子
21/244

第七章:けせるもの ―長月・中旬― 其の壱

* * *


 熟した葡萄の地に散らされたように浮かぶ、純白の萩の花の柄。


 今奏一郎が身に纏っているのは、彼の所有している着物の中でも最もお気に入りの着物だ。しかし柄が柄なだけに、今の季節にしか着られない。


「……来年はもう、着られないかもしれないな」

 それだけ小さく呟いて、

「うーん……」

 思いっきり腕を伸ばした後、熱せられたアスファルトを冷やすべく、柄杓で冷水を撒く。やがて地面に浮かび上がったのは、仄暗い水溜り。

 それを通して空を見る。

 空の色は濁って重々しく、雲も黒に近い灰色に染め上げられている。

 水溜りに映るのは、そんな世界だ。


「……今日はいい天気、なのかなぁ」


 滑稽そうにそう呟いた。蝉の鳴く声も最近では少なくなったためか、静かにこぼされたその声は余計に反響したように感じる。


「直接、空を見ればいいじゃねぇか」

 振り返ると、銀色の水筒――『とーすい』が仁王立ちでこちらを見ていた。

「わかってないなぁ、とーすいくんは」

 柄杓を片して、奏一郎は水溜りから目を逸らす。

「普段目にしている風景を違う方法で見ることが、どんなに面白いか、さ」

 非難している様子ではないが、どこか憐れみを含んでいる。そんな目をする彼を、とーすいは小馬鹿にしたように笑った。


「旦那の美的感覚が、いまいち俺様にはわからねぇや」

「おや、奇遇だな。僕も、君の美的感覚は理解できないと思っていたところだ」

 奏一郎は愉快そうに笑った。


「君を創ったのは僕なのに、どうしてこんなに違うのかなあ、僕達は」

「さあな」

 そんなことはどうでもいい、とばかりにとーすいはふんぞり返った。くるりと振り返って、店の商品である鏡にその身を映してモデル立ちを決めている。

「……前から思っていたんだが。君は結構、僕に反抗することが多いよね。君は僕が怖くないのか?」

「“死ぬ”ことが怖くないからな」

 淀みなく、迷いなく。きっぱりと、とーすいは言い放った。店内に入った奏一郎は勢い良くロッキングチェアに座り込むと、目を瞑ってとーすいの言葉に耳を傾ける。


「もし死ぬことを怖れていたなら、俺様は旦那を怖れていただろうがな。……俺様をこの世から解放できるのは、旦那……あんただけだから」

 とーすいの言葉は更に続く。

「だが、俺様は自分の意志で生まれてきたわけじゃない。だから別に、いつこの世から消えようが悔いも恐怖も()えんだよ」

「……なるほどねえ。……でも」


 饒舌なとーすいに、奏一郎は微笑みかけた。穏やかな波のような笑み。

「誰だって……自分の意志で生まれてきたわけじゃないさ」


 その時、水溜りに黒い影が映った。


「すみません」

 少し腰の曲がった、背の低い老婦だった。深緑の着物に身を包み、白髪混じりの長い髪の毛を後ろに一つにまとめ、皺だらけの顔からは、垂れた茶の目が覗いている。


 大変珍しいことに――その存在に、碧い目は丸くなる。

「……おや、あなたは……」

 その人物の名を言いかけた……瞬間、奏一郎は口を噤んだ。

「……いらっしゃいませ。何かお求めですか?」

 にっこりと微笑んだその顔に、その老婦は一度、ぱちくりと瞬き。

 すると少し言いにくそうに、そのままに彼女は尋ねるのだった。

「いえ、あの。……誠一郎さんは……いらっしゃいませんか?」

 と。

 

 ――……“誠一郎”、か。


 奏一郎は老婦に微笑んだ。再会するまでの、長いようで短かった時に、想いを巡らせて――。


「……“誠一郎”は、祖父の名ですね。僕は孫の、奏一郎と申します」


* * *


「そうですか……。もう何年も前に亡くなられましたか……」

 縁側の傍らに置かれたコップの中の氷が、カランと音を立てた。〝誠一郎”が既に他界していたことが、意外に思っていたかのようだ。瞬く度、老婦の眼には哀愁が増していく。


「祖父のお知り合いだったんですね?」

「いえ、知り合いというより彼は恩人で……。生き方に悩んでいた私を、今の道に導いてくださって」


 老婦は『新川 千絵』と名乗った。実際は名乗らなくても、奏一郎は名を知っていたわけだが――。


「彼にお世話になってから、田舎の実家に帰って、子供も無事に生まれ、成人して……孫もできて。やっと東京に来る機会ができたので、お礼を言いたかったのですが……遅すぎたようですね」

「……それを聞いて、天国の祖父も喜んでいることでしょう」


 徐に、千絵は奏一郎の顔を見つめると――顔をくしゃりとさせて微笑んだ。目尻と笑窪に刻まれる、深い皺。


「……不思議ですねぇ。ここに誠一郎さんがまだいるような気がしていたんですよ。まだ、この店があるような……そんな気がしてね。ここを最後に訪れたのは、本当に遠い昔ですのに」

 遥か彼方の空を見つめ、ゆっくりと千絵は目を閉じる。

「……不思議な方でした。生きる力を、彼は私に与えてくれた気がします。……ご本人にはお会いできなくても、お孫さんにはお会いできましたし……もう、満足です」


 縁側から立ち上がった千絵。その緩慢な所作は、どこか危なげで。簡単に転ぶことさえできてしまいそうで。咄嗟に、奏一郎は左手で彼女の体を支えた。


「玄関先までお送りしますよ」

「ありがとうございます」


 店先に出ると、先ほど濡らした地面はもう既に干上がっていた。


「……駅まで向かわれるのなら、ご一緒しましょうか?」

 奏一郎の申し出に、彼女は首を横に振る。

「これから、ね。上京した孫に会いに行くんですよ」


 顔を皺だらけにして笑う。


 幸せそうに、笑う。


 その時、あんずが店の奥から現れた。千絵の足に擦り寄ると、喉を鳴らす。

「あら……猫。飼われてるの?」

「ええ。最近になって飼い始めました」


 千絵が慣れた手つきで、あんずを抱き上げる。あんずは彼女の腕の中で気持ちよさそうに丸まって、まるで巨大なたわしのようだ。たわしを腕に、千絵は口角を上げる。

「奏一郎さんも猫、お好きなのね?」

「ははは。はい。むしろ、愛してるくらいですよ?」

 冗談めかしく奏一郎は言った。もちろん彼は本気だが。


 首を撫でられると、気持ちよさそうにあんずは目を閉じる。しかし千絵のその茶の目の視線の先は、あんずでなく奏一郎の碧眼であった。


「……最初に見た時も思ったけれど。あなた本当に誠一郎さんにそっくりねぇ……」

「あはは。そうですか? よく言われますが……」

「ご存知よね? 誠一郎さんも猫がお好きだったのよ……。野良の黒猫に、勝手に名前を付けたりして。……たしか名前は……“あんず”だったかしらね……」


 どこかで、遠くで。風鈴は鳴いた。


 見知らぬ老婦から名を呼ばれた茶の猫は、ひらりと千絵の腕から舞い降りる。そのまま店先へ向かい、日陰に落ち着いたかと思いきや。そのまま目を閉じて眠りに就くのだった。

 そんなあんずの一挙一動を見届けて、朗笑を浮かべる千絵。


 やはりそこには、年齢に相応しい皺がいくつも深くに刻まれていて。薄くなった肌の張りには、若さなどというものは皆無だった。

 それでも。何十年経とうとも、上品な口調の変わらない彼女が、奏一郎にはとても気高く感じられた。

 そして、なかなか鋭いことを言っている割に、なかなか真実に辿り着けないところも、彼女は全く変わっていない……。そう思った。


「……千絵さん」

「はい?」

「……今、幸せ……ですか?」

「……ええ。この上なく、幸せです」


 その言葉に嘘は無い――屈託のない笑顔を見ればわかる。


 数え切れないほどの苦難を愛する者と乗り越え、一喜一憂を何度も何度も繰り返し、そうしてやっと、安定した今にたどり着いた――。

 そんな風に思わせられる、どこか人を安心させられる笑みだ。


 ああ、きっとこの人の人生には。苦労もあって。けれど、今は幸せで。苦しみも幸せも、分かち合える人がいるのだ。


 口を開き、静かにぽつりと呟いたのは奏一郎だった。


「……よかった……」


「……え?」

 千絵の目が丸くなる。


「……もし祖父が生きていたなら、きっとこう言いますよ」


 奏一郎は、顔をくしゃりとして笑った。刹那。千絵は何かに気づいたようだけれど、何も言わない。 

 言葉よりも前に、彼女からこぼれたのは……涙だった。


「……あら。ごめん、なさい……、そうよね、そうですよね……」


 ぽろぽろと流れ落ちる涙はアスファルトを濡らしていったが、やがてその流れも、ハンカチでせき止められた。


「……そうね……。きっと、そう言ってくれる……。……彼の、口癖でしたもの」


 あなた、そっくりすぎるのよ、誠一郎さんに。

 どこか奏一郎を責めるような声が、ハンカチの奥で出口を彷徨っている。それを耳に捉えても、当の本人はただひたすら、笑みを浮かべるだけだった。



* * *



「遅かったな、旦那」

 とーすいが憤慨した様子で、店に入ってきた奏一郎を見る。


「人が来るんなら前もって、言っといてくれよ」

「悪い、悪い。今日、あんまり集中してなかったからなあ」

「で、誰だったんだ?」

「千絵さん、だよ。覚えてる?」


 とーすいが頭を抱えた。正確には、俗に言う『コップ』という部分を、だが。


「“ちえ”……“千絵”? ……ああ、あの泣き虫の千絵か! 何だよ、俺様も会いたかったぞ」

 不貞腐れた子供のような言い方に、奏一郎の表情にもふふっと笑みがこぼれる。

「思っていた以上に幸せそうで……よかった」


 彼女の使ったコップを、灯りの点らない台所の流しに、そっと置く。

 氷がからんと、音を立てた。


「……面白いよなあ」

「は? 何がだ、旦那」

「彼女にとって、僕は“奏一郎”で、“誠一郎”とは別人なんだもんな」


 そう言って、少し寂しい気もするがな、と付け加えた。再び、奏一郎はロッキングチェアの深くに腰掛ける。


「『そうであるもの』を、『そうでないもの』として見ることは、とても面白いことなんだよ、とーすいくん。……そして、無理やりにでもそう見ようとしている人間もまた、興味深いものなんだ」

 くすくすと奏一郎は笑った。


「……な、に、が、言いたいんだ、旦那? あー、もう! 意味がわからん!」

 とーすいは頭の中が混乱したようだ。いや、水筒なので、中身は空洞なのだが。そのはずなのだが。


「頭が絶賛混乱中の君に、ちょっとした朗報だよ、とーすいくん」

 腕を組む奏一郎が、ゆっくり目を閉じる。


「久々の、“お客様”が来るぞ」


 ――……さて、どんな“お客様”かな。

 

* * *


 日が沈む時間が、徐々にではあれど早まっているような気がする――。

 遠くに見えるビルとビルの間に沈んでいく橙色の夕陽を眺めながら、季節の変わり目を小夜子は感じていた。


「小夜子、早くー!」

「あ、うん……っ」

 小夜子は夕陽から目を逸らして、静音のもとへ駆け寄った。


 傍らを行く車のけたたましい走行音に、耳を塞ぎたくなる。

 二人はまっすぐに長く伸びる、二つの黒い影を引きずりながら道を歩いていく。前方を行く影は軽やかで、生き生きと一歩一歩を踏みしめていく。一方、後方を行く影はゆっくりと動く上に、その足取りは重かった。

「……ね、ねえ。静音ちゃん」

 後方にいる小夜子が、前方の静音に徐に問いかける。

「んー?」

「……本当に来るの?」

「もっちろんさぁ」

 振り返る静音は歌うように笑顔で答えた。


 ――……奏一郎さん、かあ。私はもう慣れてしまったけれど……あの風体というか、何というかは、そう簡単には理解されないんじゃあ……。


 小夜子は密かにそう思った。


 見事なまでの白髪に、ガラス玉のような碧い目。日本人離れした容姿に、和服というのが何とも個性的だ。『奇妙奇天烈』という言葉を体現した人なのだ。

 厳密に言うと、先日の時点で『人』かどうかあやふやな存在になってしまったが。


「い、一応言っておくと。ちょっと変わってるけど……怖い人ではないからね?」

「ちょっとーどんな人なのよー」

 静音が笑い飛ばしながらそう返す。ひきつりながらも、小夜子は笑顔で応えた。どうせ、曖昧な説明しかできないだろうから。


 ――でも……それって、私は奏一郎さんのこと、あまりよくわかってないってことになるのかな……。


 そう思い始めると、少し寂しいような気持ちになる。


「あ、静音ちゃん」

「お?」

 音も無く、静かに流れる小川の上。石橋をまっすぐ突き進もうとする静音を小夜子は引き止める。

「こっちだよ」

 彼女が指したのは、本道を右に曲がる細い道。その道は罅の入ったアスファルトで舗装されていた。


「……こんな所に道なんかあったかな?」

 静音が目を丸くして呟く。小夜子は傍らの森から突き出た枝たちをどかしながら、彼女を招き入れた。

「この枝が邪魔で、見えなかったのかも」

「いや、それにしてもさ……?」

 静音はまだ納得できない様子だ。

 彼女は長くこの街に住んでいるらしい。そのため、己に知らない道があったことが信じられないのだろう。

 傍らに広がる鬱蒼とした森をじっと眺めながら、注意深く枝のアーチを潜る。


「初めて通る道って、緊張するわー……」

 先ほどの訝しげな表情はどこへやら、静音は初めて通る“新しい道”に、感動しているように見えた。彼女が見せる子供らしい一面が、とても可愛らしく感じる。


「そういえばさ、その人はいくつくらいの人なの?」

「え?」

「下宿先の人の年齢だって」

「あ、えと……多分、二十五、六……かな」


 ――……年齢すらも知らないんだな……私は。


 気落ちする小夜子とは対称的に、静音の笑みは実に爽やかだ。

「そうなんだ! うちの兄と同じくらいだなー」

「あれ、静音ちゃんってお兄さんいるの? いいなー……」

 素直に羨ましいと小夜子は思った。

 小夜子は親が共働きだったので、幼い時の留守番は訳もなく怖かったのだ。兄弟姉妹がいれば寂しくないのにと、何度思ったことか。


「そんないいもんじゃないって。いたらいたで大変だよ? 結構わがままなところとかあるしさー」

 そう言う静音はにこやかで、とても幸せそうだ。恐らく、今まで見てきた中でも一番輝いている笑み。


 ――家族のこと、大好きなんだなあ……。


 ふと、静音がぽつりと呟く。

「それに私には、小夜子の方が羨ましいんだよ?」

「え? それって……」

 それはいったいどういう意味なのかと、問おうとした時だった。


「……さよ?」


 比較的、低い声のする方を見れば驚くべきことに、二人はいつの間にか心屋の前に辿り着いていた。そしてその店先には、夕陽の色に容易く染められた髪を微風に泳がせる、奏一郎が立っている。


 小夜子は一気に心臓が引き締まった心地がした。


「おかえり、さよ。隣にいるのはお友達か?」

「は、はい。静音ちゃんですっ」

「そうかー、お友達かー」

 にっこりと微笑む奏一郎。いつもと同じようにのんびりとしていて、だけどいつもより、少しだけ嬉しそうな顔だ。


「さ、早く上がるといい。茶くらいなら、今すぐ出せるぞ」

 そう言って、奏一郎は店の奥へと消えた。

 恐る恐る、小夜子が静音を見ると――……彼女はぽかーん、と口を開けていた。『開いた口が塞がらない』とは、まさにこのこと。


 ――あ、やっぱり。そりゃそうだよね、びっくりするよね……。あの風体だもんね……。


 ばつが悪い思いがした。


 すると静音が、これまたぽつりと呟く――。

「……かっこいー……」

 と。

「……え?」

 よく見ると、静音は目を光り輝かせながら、奏一郎の立っていた場所を見つめている。


「ほら、私バンドやってるじゃん?」

「え……え? そうなの、知らなかった……」

 正直言って、初耳である。

「私のバンドのリーダーがさ、髪染めてて真っ白でさ、それが似合ってて、めっちゃくちゃかっこいーんだよね……! 何、あの人、パンク!? パンクなの!? ヴィジュ系なの!?」

 見る見るうちに声のトーンが上がる静音。彼女を見て、ふと、某国の闘牛場が頭に浮かんだのは何故か。


 小夜子は想像した。

 ――……派手な化粧して……。……ギター持って、打ち鳴らして。時に壊して。何だかよくわからない英語の歌詞を叫ぶ、奏一郎さん……。


「……ない。それは絶対に、ない。てゆーか、怖い……」

 結論に達した。小夜子にとっては、ちゃぶ台でおとなしく緑茶を飲む奏一郎の姿が、一番しっくり来るのだ。一方、静音の興奮は冷めやらない。

「まあいーわ、何にせよかっこいー……。てゆーか、リーダーより白髪似合うし!」


 奏一郎が、ひょっこりと顔を出す。

「どうした、上がらないのか?」

「お邪魔しまーす!」

 兎が飛び跳ねるようにして、笑顔の静音は心屋の中へ我先にと入っていった。それも黒髪を軽やかに漂わせながら、だ。

 静音のテンションの高さに圧倒され、小夜子は一時、意識を奪われてしまったように呆然とした。

 しかし――。


 ――”かっこいー”……のか。ふーん……。……やっぱり、そうなんだ……。


 何故か、緊張していた頬の筋肉が、ふっと和らいだ。


* * *


 家の中は涼しく、外の暑さを忘れさせてくれる。森に一度濾過された、心地よい風が吹き抜けるためだ。

 開かれた障子に立て掛けられたのは、二つの学生鞄。


 静音と小夜子がちゃぶ台を囲んで、隣同士に座る。ちゃぶ台に冷たい麦茶を置く奏一郎の白髪に、静音は見とれていた。


 ふと、奏一郎が口を開く。

「『バンド』かあ。面白そうな活動をしてるんだな」

「え、ものすんっごく楽しいですよ! 奏一郎さんもライブ、見に来てくださいよー!」

 語尾にハートが付きそうな静音の言い方。こんなにキャピキャピとした彼女を見たのは初めてかもしれなかった。

「ふむ、楽しいことは大好きだからな。是非行かせてもらうぞ」

 世間話に花を咲かせる奏一郎と静音。小夜子にとっては、異世界の住民の二人が交渉している図にほぼ等しい。


 そして静音は――恐らく一番気になっていたであろうことを問う。


「あの……ひょっとしてその髪って、染めてるんですか!?」

 わからない問題について先生に尋ねる、積極的な生徒のような言い方だ。“先生”は、優しく応答する。

「違うよ。自然にこの色になったんだ」

 ――そ、染めてるんじゃなかったんだ……。


 本当かどうか疑わしいとも思う小夜子だったが、彼は本当のことをあまり言わないくせ、嘘を吐かないのも事実だった。


 二人が予想外なほど話を弾ませるので、小夜子が口を挟む暇が無い。

 今度は奏一郎の碧い目に、静音は見とれ始める。

「カラコンなんですか? その目っ!」

「『からこん』……? って何だ、さよ?」

 言葉の意味が解らない奏一郎は、小夜子に助けを求めるような目を向ける。


「そ、奏一郎さんっ。お茶菓子か何かありますか? 静音ちゃんに出したいのですが」

 咄嗟に話題を変えることにした。『カラコン』など、彼が知っている筈はない。せっかく静音が、奏一郎という存在を難なく受け入れてくれたのだ。今更、『変人』などという不名誉な烙印を押してほしくはない。

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