第十四章:なくすもの ー睦月・下旬ー 其の八
「……まあ、そんなイメージを持っているのは俺だけじゃない、他にも大勢いるだろうからな。時々心配にはなるが」
どうやら、全てを理解するまでには至らずとも、「訊かないでほしい」ことは察してくれたようだ。すんなり、さらりと話題を転換してくれる。……その転換された先の話が、気になるのだが。
「ど、どういうことですか?」
「『明るくて気の利く、よく笑う子』。皆からそんなイメージを持たれていては、いざ悩んだり道に迷ったりしても、静音は誰にも相談できないんじゃないか」
小夜子はきょとん、と目を丸くしてしまった。見当違い、なのではないかと思って。橘のその台詞が、少し滑稽に思えてしまって。
「静音ちゃん、悩んだら私に相談してくれますよ? 文化祭の出し物をどうするかって時も、私に電話してきたり……。それに地図を読むのも得意ですから、私みたいに道に迷うこともあまり無いんじゃないかと……」
続きは、言わせてもらえなかった。珍しく吹き出した傍らの彼に、言葉を奪われる。
「そ……そういう意味じゃないんだが。……まあ、いい」
何故に彼が口元を掌で覆い隠しているのかって。それはきっと、笑っている表情を見られたくないのだろう。以前にも、ほんの少し前に、「可愛い」とすら思えてしまえる程に幼げで、柔らかな笑顔を見たことがあるのだが。隠さなくてもいいじゃないか、と思ってしまう。
もっと見たいのにな、とすら。
「そ、それに、ですよ」
見当違いなことを言ったのはどうやら自分の方だったらしい。それが何だか気恥ずかしくて、小夜子はちょっぴり俯いた。ほんのり桃色に染まった頬を、見られたくない。
「お母さんとも、仲が良いみたいですし。私に相談できないことも、あのお母さんになら出来るんじゃないかって思いますよっ?」
「……会ったのか」
隠されていた口元が露になると、そこにあったのはとうに笑顔などではなく――真一文字にきゅっと結ばれた、唇。
「はい。ものすごく明るくて、賑やかで。見た目も性格も、静音ちゃんのお母さんって感じでしたよ」
橘の表情は曇る一方。だが矛盾しているのかもしれないが、どこかほっとしたような表情でもあるのだ。何かに安心、したような。
「……それ、本人には言わない方がいいぞ」
「もう、楠木さんが言っちゃってました」
「あー……一足遅かったな」
ふふふ、と小夜子は笑った。
笑いながら、そう、静音だって何も、自分だけが友達ではないのだ、と。
あのぱっと花の咲いたような母親に、親友の陽菜だっている。担任には何でも相談に乗ってくれる杉田がいる。それに、何だかんだ言ってもやはり頼りになる兄――桐谷だって、いるではないか。
そこで小夜子は、自らの脳内に浮かんだ人物におや、と首を傾げる。
「……あの、橘さん。静音ちゃんのお父さんって、どんな方なんですか?」
「そう、だな。何度か会ったことはあるが。社長なだけあって責任感の強い、何でもはっきりさせたがる人だ。決断も早いしな。……言い方は悪く聞こえるかもしれないが、家庭よりも仕事を大事にするタイプ、かもな」
小夜子はまだ、会ったことはないけれども。話を聞くだけではわからない、実際に会わなければわからないことかも、しれないけれども。
「そうなんですか。……桐谷先輩って、お父さんにもお母さんにもあまり似てないんですね」
突如。吹き荒ぶ風が、髪を煽る。終いには、体までもを硬直させてしまえるほどの。橘の目が泳いで見えたのは、そのせいか。風のせい、か。
「お母さんのハキハキした感じも、お父さんのその、決断が早い……ってところも。ふわふわゆったりしている桐谷先輩のイメージとはちょっと違うかな……って思って」
静音と香澄のイメージがあまりに近しいからか、余計にそう感じてしまうのは。
今年最後の更新となりました。
皆様、良いお年をお迎えくださいませ。
2017年も、よろしくお願いいたします。
きな子




