第一話 その魔名ソルキュート その5
『王冠持ち』の下では魔法使いと精霊の戦闘が続いていた。
グレン・フィーネとマギナ・デンタータが触手の追撃をかわし、
ユニベルサリスとすぷりんぐ♡すまいるが少し離れた場所で待機する。
その周囲では他の魔法使い達がユニを守り、グレン・フィーネを援護していた。
ユニが自分の周りにカーテンのように広る無数の魔法文字を凝視し、何やら思案していると
後ろからすぷりんぐ♡すまいるが険しい表情で覗き込む。
そしてユニベリサリスは確信を持って叫んだ。
「あと一文字です!一文字で完成します!」
確信のこもった言葉にグレン・フィーネが、ガっと腕を構えいきり立つ。
「おっしゃー!最後の一撃!ってわけだな!・・・デンタータ!!」
「あいヨ・・・」
グレン・フィーネの足裁きから伝わる支持を読み取りマギナ・デンタータが動く。
勢いに乗った二人のコンビネーションはまさに人馬一体といった出で立ちだ。
最後の一撃を繰り出さんとするグレン・フィーネと『王冠持ち』の攻防戦!
グレン・フィーネは全速力で飛び出し一気に間合いを詰める。
それを阻止せんと群がる精霊たちを炎の槍でバッタバッタと切り捨てる。
が、なお攻撃の手を緩めぬ精霊達はグレン・フィーネに狙いを定めると、
ぐるりと周囲を取り囲む。
他の魔法使い達が加勢に駆けつけようするが
グレン・フィーネはそれを言葉で遮った。
「さがれ!諸君!!」
その言葉の真意を読み取った魔法使い達は距離をとって見守る。
仲間が安全な位置に移動したのを確認したグレン・フィーネは大きく息を吸い込んだ。
胸がはちきれんばかりに思い切り息を吸い込むと
紅蓮の炎と共に一気に口からはき出した!
吹き出された激しく強大な炎の帯は、群がる精霊達を一網打尽に燃やし尽くす。
勿論、仲間達に被害は及ばない。
だが炎の被害を受けてしまった魔法使いが此処に一人。
「あちゃちゃちゃちゃちゃチャ!」
マギナ・デンタータが叫びを上げながら火のついた袖を振る。
「おお!すまんすまん!」
デンタータの袖に引火した炎に手をかざすグレン・フィーネ。
すると炎はハムスターのように動き回り、その手に移動する。
移動した炎をグレン・フィーネは手のひらで転がす。
マギナ・デンタータはそれにはお構いなしに抗議の言葉を投げかけた。
「・・・あとデ、メシおごれヨ・・・」
「おう!いっそ私が作ってやんよ!」
グレン・フィーネの意外な答えに驚くデンタータ
「・・・作れんノ?・・・」
「ふふ、君はサクーラおねいさんの料理の腕前を知らんのかね」
と、鼻の穴を広げてたっぷりとドヤ顔のグレン・フィーネ。
「・・・・・・意外・・・」
驚きの事実に素直に感心するマギナ・デンタータ。
そんなやり取りもつかの間、
『王冠持ち』は激しい稲妻を雨のように降らせ、魔法使い達を倒さんとする。
強力な雷撃を受け、弾き飛ばされる魔法使い、白狼の『ホワイト・テイル』
それを助けた魔法使い、雷神力『デュナミストール』は
自らも雷撃を放ち『王冠持ち』の攻撃を相殺する。
『王冠持ち』の蠢く巨大触手はさらに勢いを増し魔法使い達に襲いかかる。
人馬マギナ・デンタータは一直線に飛んでくる触手の上に飛び乗り
『王冠持ち』との距離を力強く一気に走り抜けた。
距離が縮まった所で触手を蹴り飛ばし『王冠持ち』の目前にまで躍り出る。
が、
あと数メートルで到達する、という所で別の触手が人馬マギナ・デンタータを払い除けた。
強烈な一撃に落下していくマギナ・デンタータ。
受けたダメージの為か馬足の変化は解け、元に戻ってしまっている。
だが乗っていたはずのグレン・フィーネの姿が見当たらない。
戸惑う『王冠持ち』
次の瞬間、
触手の影からグレン・フィーネが飛び出した!
打ち払われた瞬間、
触手に取りつき、機をうかがっていたグレン・フィーネは
その勢いを利用し『王冠持ち』の本体へと飛びかかったのだ。
「ぉうらっしゃーーーーーーー!!」
雄叫びと共に炎の槍を『王冠持ち』へと突き立てるグレン・フィーネ。
深々と突き刺さった槍は再び『王冠持ち』の体表に波紋を生じさせる。
浮かび上がっていた無数の魔法文字の内、一文字がさらに浮き上がり
強烈な光を放ったあと消え、グレン・フィーネの手元に出現する。
「ユニ!最後の一文字だ!受け取れ!」
叫びとともに掲げると光の文字はグレン・フィーネの下から
ユニベルサリスの下、カーテンのように広がった文字群の中へ移動する。
ユニがその文字群を素早い手順で並び替えると
文字の光が赤から青に変わる。
その瞬間、
『王冠持ち』はその全ての動きを停止した。
『王冠持ち』だけではない、風も、雷も、無数の精霊達も。
停止した精霊達は『王冠持ち』を残して徐々に光の粒子へと戻っていく・・・
皆がかたずを飲んで見守る中、ユニベルサリスはゆっくりと声高らかに宣言する。
「『王冠持ち』の真なる名前!確保完了しました!」
わあっ!と湧き上がる魔法使いたちの歓声。
猫耳フードのパーカを着た魔法使少女『ニャニャニャ・ニャニャニャニャ』に
肩を支えられているマギナ・デンタータも、ピースサインでグレンフィーネに合図する。
それに応えサムズアップで返すグレン・フィーネ。
勝利の歓声の中、次々とユニをねぎらう言葉をかける魔法使い達。
ユニベルサリスは満面の笑顔でそれに応える。
「皆のおかげです!後はみんなで『新たな名前』をつけて封印すれば、すべて終了です!」
穏やかな表情のグレン・フィーネが、しみじみとユニに問いかける。
「もう、君が『支配』しちまえばいいのに・・・」
そのグレン・フィーネの言葉を遮るように、何者かの声がひびいた。
「ダメですよ~、そんなことは私が許しません・・・それに」
突如、ユニの背中に鋭い痛みが走る。
そして次の瞬間、胸を針状の突起が貫いた。
「!!」
ユニを背中から貫いた針はゆっくりと引き抜かれ
流れ出る血が胸を赤く染める。
「くっ・・・!」
背後からは『王冠持ち』の『真名』を奪おうと何者かの手が伸びてくるが
ユニは激しい痛みに耐えながら背後に立つ者へと蹴りを食らわす。
「きゃあ!」
蹴りを食らった人影は悲鳴を上げて吹っ飛び
ユニは蹴りの反動で飛び退き距離を取る。
が、受けた傷によるダメージの為に崩折れ、膝をついてしまう。
血はさらに流れだしユニの表情が苦痛に歪む。
「ユニ!!」
グレン・フィーネが駆け寄ってユニベルサリスを助けおこし傷の状態を確認する。
貫かれた傷のダメージが深いことは誰の目にも明らかだった。
「だ、大丈夫です・・・それより・・・」
ユニがかざした手のひらの上には光り輝く魔法文字『王冠持ち』の『真名』が浮かんでいる。
が、先程とは変わって、少し不安定に揺らぎながら
青から赤、赤から青へと小刻みに点滅を繰り返している。
そうした間にも血の流れは止まらない。
グレン・フィーネは自身の傷よりも『真名』の維持に集中するユニベルサリスに
怒りさえ覚えながら傷口を抑える。
ここでユニを消耗させる訳にはいかない・・・
だが、それよりも、何よりも、ユニが苦しむ様を見るのが辛い・・・
グレン・フィーネがユニの傷を治癒魔法で癒そうと試みる間に
少し離れた場所では蹴り飛ばされた者がゆっくりと立ち上がった。
「あ痛たた・・・もう!まだセリフの途中なんですよ!」
そこに立つ者、それは、
すぷりんぐ♡すまいることジーナ・マカラ。
指先から伸びた鋭く尖った爪が、血を滴らせながら不気味に赤く輝いている。
すぷりんぐ♡すまいるは、ニヤリといやらしい笑いを浮かべ
爪の血を舐めながらいった。
「『王冠持ち』を支配して『魔法王』となるのは、この私なんですから!」
結界内に迷い込んだなないろと薫は身を隠せる場所を移動しながら解決策を模索するが
この絶望的状況を打開する案を見いだせずにいた。
「・・・とりあえず、大丈夫そうね・・・」
物陰から周囲を伺っていた薫がペタンとへたり込んで安堵の息を漏らす。
隣りで踞ったなないろは涙声で答えた。
「御免ね、薫ちゃん・・・私が調べようって言ったから・・・」
「ついて行くって言ったのは私が決めたことだし、気にしないの!」
落ち込むなないろを励ますように声をかける薫。
「公園の中、っても明らかに公園じゃないけど、ここに入ってこれったってことは
出ることも出来るはずだし、取り敢えず出口さがないと・・・」
さて、どうしたものか、と薫が思案していると
何かに気づいたなないろが声を張り上げた。
「薫ちゃん!上!」
薫は先程から突然停止し、微動だにしない空中の巨大な顔を見上げる。
「ななも気づいてた?あのでっかい顔、さっきからずっと止まったまんまだよね・・・
ちびっこいのもいなくなってるし・・・寝てるのかな?」
「じゃなくて!こっち!!」
声を上げるなないろが指差す方を見上げる薫。
そこは空中、5メートル程上空だろうか、
袖の広いゆったりとした白い法衣に身を包む
髭面の大柄な中年男性が浮かんでいる。
またしても異常な光景に、薫はなないろの手を掴み、脱兎の勢いで走り出す。
もんどり打って転倒しそうになりながらも、なんとかついて行くなないろ。
「待ちたまえ!君達!私は無害だ!」
宙に浮かぶコスプレ男に『無害だ』とか言われても信じられるもんじゃなし、
むしろヤバイやつじゃない!?
そう思った薫は逃げるのを止めない。
が、男はサッと前方に回り込み薫の腕を掴む。
「待てというのに!君たちだけでは危険だ!」
「薫ちゃんをはなして!」
ドゴッ!
なないろは男の股間を思いっきり蹴り上げる。
股間にめり込む、つま先・・・
「ンッフゥ!?」
男は奇妙なうめき声を洩らし顔色を変えるが、薫の手を離さずに続ける。
「くふぅ・・・む、無害だと言っておろうに、お、フゥ・・・」
痛みをごまかす為であろう、
くねくねと奇妙な動きをしたり軽く飛び跳ねたりしている。
「そんな怪しげな動きをするコスプレ男を信用できると思う!?」
コスプレ男は少しイラついて
「股間を思いっきり蹴り上げられた男はみんな同じような反応すると思うが、ちがいますかね!?」
脂汗を垂らしながら男が必死に、当然の主張をする。
確かにこれはきつそうだ。
「とにかく!逃げずに話を聞くというならこの手を離す!いいね!」
有無を言わさぬその迫力に薫が頷くと、男は手を離して、なないろと薫に向き合う。
「う、うむ、まずは簡潔に説明しておこう。」
気を取り直した男は続けた。
「私はマグナ・マグス。見ての通りの魔法使いだ。
そして此処は我々が『結界』と呼ぶ異空間の中だ」
「はあ・・・はあ!?魔法使い!?」
薫は、でっかい顔の次は魔法使いかよ!とツッコミを入れようとしたが
マグナ・マグスはそれを遮り語り続けた。
「取り敢えずついて来たまえ。詳しくは歩きながら説明しよう」
『王冠持ち』との戦いにひと段落着いたと思いきや
すぷりんぐ♡すまいるの突然の凶行に驚愕する魔法使い達。
その中でもマギナ・デンタータの驚きは一入であった。
すぷりんぐ♡すまいるとは、過去に敵対していたこともあった。
だが今や無二の親友。
ジーナ・マカラの事は私が一番よく知っている、
マギナ・デンタータにはそんな自負もあった。
「ジーナ?!気でも違ったのカ!?」
「いいえ、至って正気ですよ・・・ただ、今まで猫をかぶっておりました♡
いや・・・」
怪しく微笑んでいた、すぷりんぐ♡すまいるが突然苦しみ出す。
「ひっ!・・・ぎ・・・!」
苦しむすぷりんぐ♡すまいるの腹部がボコン!と膨れ上がったと思うと
膨れ上がった腹部は服を破りながら、蛇のように上に向かって伸びていく。
肌色をしたそれは人の背丈程の高さに伸びきると
鎌首状の先端を魔法使い達の方に向ける。
腹部から伸びた人肌の蛇の先端部分に、縦に亀裂が入ったと思うと
そこから表面がベロンと剥けていく。
それはさらに、
玉ねぎの皮をむいていくかのように次々と剥けていくと、
最後に頭の禿げた青白い肌をした、不気味な男が顔を出す。
恐ろしくなで肩で、恐ろしく細い上体をもたげたその男、
銀色に照り輝く粘膜に覆われたその男の下側も同様に伸びていき
軟体のナメクジのような物と化していく。
すぷりんぐ♡すまいるは、腹から生えたその男にまたがるような形で
力なく虚ろな表情でダラリと揺られている。
それまるで『少女という殻をかぶったカタツムリ』といった様な悪夢の如き姿。
『少女カタツムリ男』は不気味な笑顔を浮かべ、口を開く。
「いや・・・『少女をかぶっておりました♡』と言うべきでしょうかねぇ・・・」
ユニベルサリスには、その男の顔は確かに覚えがあった。
「おまえは・・・『暗い日曜日』の・・・!」
『少女カタツムリ男』は自信に満ちた素振りで名乗りを上げる。
「そ~うです!!わったっしっが!超魔術結社『暗い日曜日』の天才錬金術師!
ドクター・ダーク・ドーン!!毎度お馴染みの方も、初めましての方も!」
「ドク・ダク・ドーンとお呼びくだ・・・」
言い終わらぬうちに飛びかかったグレン・フィーネの、
鋭い足の一撃が頭部を蹴り抜ける。
「さいばっ!!」
「ギャッ!!」
ゴシャッ!という鈍い音と共に顔面が歪むと
ドクター・ダーク・ドーンは奇妙な叫び声を上げた。
だが同時に、
すぷりんぐ♡すまいるも苦痛の叫び声を上げる。
「なにっ?!」
すぷりんぐ♡すまいるの予想外の反応に困惑するグレン・フィーネ。
ドクター・ダーク・ドーンは折れ曲がった首を手で支えながら激怒する。
「ばばば、馬鹿ですか!あなたは?!考えもなしに!!この、んんん脳筋!!」
目に涙を貯めながら
「おおかた私がジーナ・マカラに化けていたとでも思ったんでしょうが、違うから!!」
ヌチョっと音を立てて曲がった首を元の位置に戻すドクター・ダーク・ドーン。
「あ~~~痛かった・・・まったく・・・」
「仕方ない、脳筋単純馬鹿のあなたにわかりやすく教えてあげましょう・・・」
ドクター・ダーク・ドーンは饒舌にしゃべりだす。
「私はジーナに化けていたのではなく!ジーナと私は『融合』しちゃっているのですよ!!
勿論、主人はこの私ですが・・・」
「つまり!私がジーナでジーナが私で!私の痛みはジーナの痛み!私が死ねばジーナも死ぬ!
わかったか!雑魚魔法使い共が!!!」
「き・・・きさま!」
グレン・フィーネは普段から妹のように思っているジーナ・マカラが苦しむと思うと
次の一手が打てず沈黙してしまう。
そんなグレン・フィーネを挑発するドクター・ダーク・ドーン。
「あっれ~?どうしたの?もう殴らないの?殴っちゃわないの?
いーよ!殴れよ!どんどん殴れよ!殴っちゃえよ!!ひと思いに殺っちゃえよ!!」
血走った目をぎらつかせ、
「殺れんのか!!この脳筋がぁーーー!!」
ドクター・ダーク・ドーンの腕がムチのように伸び一撃を見舞う。
ムチの攻撃は止まず、二激、三激と連打を食らわせる。
グレン・フィーネは成す術も無く、右に、左に、と殴られるまま苦痛に耐えている。
興奮したドクター・ダーク・ドーンは息を切らせながら、吐き捨てるように毒づく。
「はぁはぁ・・私が王になったら、
まっ先にお前の名前を『ブレイン・マッスル・ビッチ・ウィッチ』にかえてやるわ!」
「ジーナ!」
その隙を突きマギナ・デンタータが飛びかかった。
それが合図だったかのように
数人の魔法使いがドクター・ダーク・ドーンを取り押さえようと飛びかかる。
「消耗しきった雑魚共がわたしのあいてになるかぁーーー!!」
腕の下に新たな触手を生やすと一瞬で魔法使い達を叩き落とす。
だがその攻撃を全てかわし接近したマギナ・デンタータは
拘束魔法で絡めとろうと挑みかかる。
「おおっと~!」
ドクター・ダーク・ドーンは体をヒョイっとひねり
背中の方を襲い来るマギナ・デンタータに向ける。
すると、ビクンと反応した、すぷりんぐ♡すまいるの意識が戻り
自らを掴むマギナ・デンタータの頬に両手を添えると、
顔を近づけて呟いた。
「デンタータ・・・助けて・・・」
その反応に困惑したマギナ・デンタータが、それ以上動けずにいると
すぷりんぐ♡すまいるは、そのスキを突き、デンタータの首を力いっぱい捻った。
「なんてね♡」
ゴギン!!
骨の砕ける嫌な音が響き、マギナ・デンタータは力なく倒れこむ。
勝ち誇り高らかに笑うドクター・ダーク・ドーン。
すぷりんぐ♡すまいるもそれにシンクロして笑い声を上げる。
「学ばない奴だなぁ君も・・・まあいい、コイツも人質だ」
ヌメった触手を、倒れたマギナ・デンタータの体を舐めるように這わせ
絡め取り空中に掲げる。
逆さまに釣り上げられたマギナ・デンタータは苦痛のうめき声を漏らす。
ますます増長するドクター・ダーク・ドーン。
いやらしい笑顔は二眼と見られぬ気味の悪い形相に変わる。
「さて!頭のいいユニベルサリス君なら、もうお分かりだと思うがあえて言おう」
「ジーナ・マカラとオマケでコイツ、無事に開放して欲しかったら
私に『王冠持ち』の『真なる名前』をよこすんだ!!」