第六話 童話迷宮 その1 東条メイの世界
日笠薫と別れ、ファーストフード店を出た牧野安留葉が
人通りの多い大通りを抜け、薄暗い、人気のない裏通りへと入っていく。
そのまま奥の方へ進んでいくと、暗闇から少女の声が響いた。
「日笠薫がひとりでいるところに出くわしたのは幸運だった・・・」
安留葉が、声のする方を見ると、暗い影を抜け現われたのは、
親友、ジーナ・マカラに寄生し、その意思と体を乗取ったドクター・ダーク・ドーン。
「ご苦労だった、マギナ・デンタータ・・・『夜魔共の動きに乗じ、日笠薫と接触し信頼を得よ』
そのミッションをこなした事は評価しよう」
ドクター・ダーク・ドーンは指でアゴをなでると、安留葉を見下して言った。
「だが、なぜ余計なことをした?」
「・・・・・・」
「私の命令は『夜魔共の動きに乗じ、日笠薫と接触し信頼を得よ』だけだったはずだ・・・
何故、わざわざ薫と夜魔共の因果を結びつけた?
貴様がすべて食ってしまえばよかったのではないか?」
「・・・数が多すぎタ・・・派手に立ち回ると魔女界の連中に気づかれル・・・」
「詭弁だな、貴様、何か良からぬことを企んでいるのではないか?」
「・・・・・・」
「イザという時、日笠薫が己の身を守れるようにした・・・
多方そんなところではないのか?」
「そうなのカ?アタシには考えもつかなかっタ」
とぼけたふりでシラを切られて、カッとしたドクター・ダーク・ドーンは
安留葉の腹に強烈な拳の一撃を見舞う。
「ぐぅッ?!」
ふぃいを突かれ、拳をモロにくらった安留葉が苦悶の声を上げる。
腹の奥の胃袋が押しつぶされそうになるほどの衝撃に周囲の臓器が震え、
猛烈な痛みと吐き気が込上がり、安留葉は胃の中のものを全て吐いてしまった。
蹲り、咳き込み、苦しんでいる安留葉を冷たい目で見下しながら
ドクター・ダーク・ドーンが言う。
「つまんねぇモノ食ってる余裕があるんだったら
夜魔の百匹や二百匹でも食らってみせろや!ボゲェ!」
さらなる追い討ちをかけようと、ドクター・ダーク・ドーンが安留葉を蹴り上げる。
だが、安留葉はその足を掴み、止めた。
「ななな?!何だ貴様、そそそその手を離せ!命令だぞ!」
予想外の行動にビビりながら叫ぶドクター・ダーク・ドーン。
その命令に安留葉は足を離すが、睨みをきかせたまま立ち上がる。
「ひっ!?ひいいいいい!?」
安留葉の無言の圧力に、ドクター・ダーク・ドーンは自らのアドバンテージも忘れ震え上がると
バランスを崩し尻餅をついてしまう。
倒れた拍子に自身が寄生しているジーナ・マカラのスカートの裾がはだけ、
白い太ももと可愛らしい下着が顕になったのを自らの視界に捉えたドクター・ダーク・ドーンは、
ハッと気づくと安留葉に忠告した。
「お、おい!今の私に痛いことしたりしたらジーナも痛いんだぞ!!忘れたのか!おい!」
安留葉は口元を拭いながら答える。
「なにを怯えていル・・・アタシがジーナを殴るはずが無いだろウ・・・
それよりもアンタこそコケたりしテ、ジーナに怪我をさせないよう注意して欲しいもんだナ」
言いながら安留葉がドクター・ダーク・ドーンに手を伸ばす。
差し出された腕をためらいがちに掴み、
ドクター・ダーク・ドーンがいそいそと立ち上がった。
「い、いや、解っているんでしたら、いいんですけどね・・・」
平静を装うが、声が震えているドクター・ダーク・ドーン。
「フ、フン!脅かしやがって・・・殴るわけないとか言って、
ジーナの腹の傷跡はお前がつけたんじゃないか!
殴りはしないが刺しはするってか!?と、小一時間問い詰めてやろうか?!
調子コイてんじゃねーぞ!!バカチン!クソガキ!ホゲタラ!」
と、安留葉が聞き取れないぐらい小さい声で精一杯強がるドクター・ダーク・ドーンだったが、
言葉とは裏腹に、すっかり意気消沈していて、
ビクビクしながら安留葉の様子を伺うのであった。
そして、そんな二人を観察する二つの影が物陰から覗き込む・・・
影の主は、クモの魔女『八雲ナルミ』と、その弟子『晴山ルカ』
ふたりは、慎重に物陰から覗き込み、
主人の不貞を目撃してしまった家政婦のように声を潜めて呟く。
「「見たわよ・・・」」
名神学園の保健室は、今や不気味なモヤとイバラの蔓で覆われていた。
その中心で東条メイがベッドに腰掛け、足をブラブラさせ、楽しそうに鼻歌を歌っている。
するとその足に何かが当たり、床に転がっている物体が呻き声を上げた。
「う・・・うう・・あああ・・・」
呻き声をあげている者、
それは大小無数のイバラの蔓に全身を覆われた養護教諭『真壁ジェーン』
メイは足元のジェーンに視線を向ける。
だが、その瞳は濁り、周囲の何も目に入っていない様子。
なんだろう・・・なんだか、とっても、いい気分・・・
なんだか、空を、フワフワ、漂っている、カンジ・・・
頭の中にモヤがかかったかのように、思考が曖昧なメイだったが
それに反して気分が高揚している。
メイはそのまま心地よさを味わっていたが、突如、頭の中に不安な思いが湧き上がってきた。
それは、今朝のなないろと薫の事・・・
メイは、その思いを追い払おうとするが、思いはどんどん大きさを増し
逆にそれ以外のことが考えられなくなってしまう。
「そう・・・だ、なな・・・かおる・・・なかなおり・・・させなきゃ・・・」
メイの周囲の空間が震え、波紋のように揺らぐ。
「なな・・・かおる・・・」
定まらない思考の中、メイは静かに目を閉じベッドに倒れ込んだ。
一方、虹乃なないろと明詞ミコトは保健室へ向け急いでいた。
しばらく歩き、目的地が近くなると、何やら不穏な空気が漂い始める・・・
突然、ミコトがなないろを追い越して、腕で行く手を遮った。
「なな!止まって!」
「どうしたの?ミコトさん?」
なないろがミコトの肩ごしに廊下を覗き込むと
行先の、廊下の壁の表面を、奇妙に捻くれたイバラの蔓が覆い、
不気味な様相を晒している。
「こ、これは・・・!?」
その先にある保健室に近くなるにしたがって幹が太くなっている蔓を見て
ハッとしたなないろが廊下の奥に目を向け叫ぶ。
「保健室!メイちゃん!!」
いてもたっていられず奥へ向かって駆け出したなないろ。
だが、何かに足を取られもんどり打って倒れてしまう。
「うぁ!」
地面に叩きつけられる衝撃を覚悟していたなないろだったが、
なにやら柔らかいものに当たり地面に叩きつけられずに済んだようだ。
なないろはミコトが受け止めてくれたと思い、礼を言いながら見上げるが・・・
「あ、ありが・・・」
しかし、見上げたなないろの目に映ったのは
ミコトの姿ではなく、制服姿の女生徒・・・
その姿を目にしたなないろは息を飲み飛び退いた。
「ヒッ!?」
何故なら、その女生徒の体は半分ほど壁の中にめり込み、
首や太腿に、のたうち、絡みついたイバラの先が、口等から体の中に潜り込んでいのだ。
「ん・・おお・・・おおお・・・」
イバラが生命を吸い取るかのように蠢き、躍動するたびに
女生徒は苦痛とも、恍惚ともとれる呻きを上げた。
「ま、待ってて!今、助けるから!」
なないろは、ただ事ではない有様の女生徒を助けるため、イバラに手を伸ばそうとしたが、
地面を這いより、近づいてきた蔓がなないろの足に絡みついた。
「キャッ!」
叫びを上げるなないろ。
だが、瞬時に反応したミコトが手刀を振るい、
なないろに絡みついたいイバラと、女生徒を捉えているイバラ、両方をほぼ同時に断ち切る。
イバラの蔓はバラバラと崩れ、壁から離れ倒れ込んできた女生徒を、なないろが体を呈して受け止める。
「大丈夫!?しっかりして!」
「あ・・ああ・・あ・・・」
だが、女生徒は焦点の定まらない目で虚空を仰ぎ、口からはヨダレを垂らしながら呻くばかり・・・
ミコトは戸惑うなないろの脇に膝をつき、女生徒の様子を伺う。
そして女生徒の喉元にそっと手を置くと、そこから淡い光が流れ込み、
呻きを上げていた女生徒の表情が落ち着いたものとなり、呼吸が静かになった。
「大丈夫、命に別状はありません」
胸をなでおろすなないろ
「よかった・・・
でも、これはいったい・・・なにが起こっているの?」
「よくはわかりませんが、どうやらこのイバラは、
人を捉えて、その生命力をジワジワと吸い上げているようですね」
生命を吸い取るイバラのような触手・・・何やら見覚えのある現象に考えを巡らすミコトであったが
それだけの情報で結論を急ぐ事は躊躇う。
「何者が、何を目的としているのか・・・まだ情報が少ないので結論は出せませんが、
このイバラの先にある中心点に行けばなにかわかるはず」
「でも、この子を放ってはいけないよ!」
「勿論、放っていったりしませんよ」
頷いたミコトが叫ぶ。
「キルクルス・ラクテウス!!」
するとミコトの背後に光が溢れ出し、幾何学的な美しい光の図形を描き出す。
さらに光の図形が蠢くと、中から無数の光の粒子が飛び出した。
それらの粒子は集合し塊になると、いくつか小さな存在となる。
それはまるで光るクリオネのよう・・・
「キルクルス!彼女を守れ!」
光るクリオネ『光の精霊キルクルス・ラクテウス』は女生徒の体に取り付くと、
その体に染み込んでいく。
すると、突然、女生徒が目を開いた。
「わわわっ!?」
女生徒は何事もなかったかのように立ち上がると
ニタッと笑い、驚いているなないろに軽く手を振る。
ミコトはポケットからハンカチを取り出し女生徒の口元を拭ってから命令する。
「キルクルス、彼女を安全な所に、それと、
出来るだけ周囲に誰も近づけないようにしていてください」
「らーさっ!」
キルクルス・ラクテウスに憑依された女生徒は、一声上げて、
にこやかに敬礼すると反対方向に向けて駆けていく。
あっけにとられるなないろを見てミコトが言った。
「キルクルスに任せておけば、しばらくは大丈夫、さあ、急ぎましょう!
これ以上被害を増やしてはならない!」
廊下の奥を見つめながら言ったミコトの言葉に、なないろは決意を秘めた目で力強く頷いた。
「うん!行こう!ミコトさん!!」
二人は立ち上がると、保健室へと向かい走り出した。
牧野安留葉と別れた後、ひとりで街をブラブラと歩き続ける日笠薫。
落としたマスコットを探しに行こうとも思ったが、また変質者に狙われるかもしれないし
学校をサボっている今、警察官に会うのもまずい。
そんなことを考えながら、日笠薫は何気なく空を仰ぎ見た。
「・・・ん?」
すると、空を漂う陽炎のようなモノが目に入いる。
「ん?・・ん!?」
目を凝らしよく見ると
それらは半透明で、定まらぬ全体像が刻一刻と変化しながら風に揺れている・・・
その中で唯一変わらぬ部分、そこには人の顔、美しい少女の顔があった。
「んんんんん!?」
驚いた薫が目をこすると視界にあるのが、少女の顔をしたモノだけではないことに気づく。
西の空にも、東の空にも、同様に捉えどころのない存在が漂い、
ビルの壁、マンションの屋上には、巨大で手足の長い昆虫のようなモノもへばりついている。
「アレって・・・もしかして、精霊!?」
薫は咄嗟に物陰に隠れ様子を伺った。
「でも、なんで?
結界の中じゃないのに、なんで私に精霊が見えるの!?」
薫は息を殺し、ただ呆然と見上げ続けた。
イバラの通路を抜け保健室にたどり着いたなないろとミコト。
「メイちゃん!!」
なないろが保健室のドアを開けると、そこは既に別世界とでも言うべき有様だった。
部屋中、そこかしこがイバラの蔓で覆い尽くされ、普段の清潔な白さを微塵も感じさせぬ異様な空間・・・
ベッドには東条メイが横たわり、その下の床には、
蔓で巻き取られた養護教諭、真壁ジェーンが横たわっている。
「先生!メイちゃん!」
なないろはベッドに駆け寄ろうとするが部屋を覆い尽くすイバラに遮られ近づくことができない。
と、突然、東条メイが直立不動のままバネのように跳ね起きた。
「メイちゃん!どうしたの!?何があったの!?」
白目を向いたままなないろの方を見たメイの体から、
波紋のような衝撃が広がり、周囲の異様を更に染め上げていく・・・
その途端、周囲の様相が一変し、
さらなる異様が現出た。
中央の東条メイを取り囲むように豪華な彫刻の施された箱が並び、周囲には美しいヴェールが揺らぐ。
空にはトンボや蝶の羽をした妖精達が踊り、
周囲に目をやると視界の端を小さな影が走り回る。
それは、まるで子供の頃に親しんだ空想、童話の世界であった。
ひとつ違うのは、そのどれもがどれも異様に歪んだバランスをしている、ということ。
目がおおきい者・・・
腕が多い物・・・
中には、頭がない者までいる。
なないろが叫ぶ。
「ミコトさん!?これって・・・まさか!『結界』!?」
ミコトはその光景を冷静に観察しながら答える。
「いえ、結界ならば空間を区切る『境界線』があるはず、
だけどコレにはありません、と、いうことは・・・
コレは『魔法使いの世界マギウス・ユニバース』!」




