第五話 トリックスター その7 女子レスリング部に入ろう!
授業が始まったというのに、
空いたままの東条メイの席を見て不安を覚えた虹乃なないろは、
手を挙げ立ち上がり、教師に問いかけた。
「先生!メイちゃんがまだ戻らないんですけど・・・」
「ああ、東条さんは貧血で、すこし保健室で休むそうです。
軽いものだそうですから虹野さん、心配しなくてもだいじょうぶですよ」
なないろは教師の言葉に、静かに席に着くが
内心ではメイのことが心配でしかたなかった。
普段は明るいメイだが、何かあるとすぐに
自分が悪いのではないか?と思いつめるところがある。
今朝の出来事にもあらぬ心配をしていなければいいのだけれど・・・
とはいえ、今は教師の言葉を信じるしかない。
幸いこの授業が終われば昼休みなので
そしたらすぐにでも様子を見に行こうと思い
なないろは、おとなしく授業を受け続けるのであった。
駅前に広がる賑やかな繁華街を、
牧野安留葉が人の目も気にせず、日笠薫を『お姫様抱っこ』しながら
その指示通りに歩いていくと、やがて大きめのビルの前にたどり着いた。
が・・・
目の前に立ちはだかるビルを冷ややかな目で見ながら、牧野安留葉が言った。
「・・・オイ」
「はい?」
「本当ニ、ここがお前の家なのカ?」
確かに、このビルの一室に日笠薫の住居があっても不思議ではなだろう。
だが今、安留葉の目に映るのは
華やかなのぼりや、垂れ幕の下がった一階、ファーストフード店の入口。
日笠薫はニコニコしながら安留葉を即す。
「まま、取り敢えず中へ入って」
安留葉はしぶしぶ自動ドアをくぐり、店内へと足を踏み入れ、
そのまま薫の指示に従いカウンターの前に進む。
すると、レジ前にいた店員が、
薫をお姫様抱っこした安留葉に一瞬停戸惑いつつ、営業スマイルを崩さずに言った。
「いらっしゃいませ~、ご注文をどうぞ~」
「私はCセット、シェイクはチョコレートで・・・デンタータは?」
早速、注文をしながら財布を取り出した薫が
「ぎゅぴーん!」
と謎の効果音を口にしつつ親指を立て、
「何でも注文しちゃってくださいよ!おごりますから!!」
ニカッと笑う。
「・・・そういうことカ」
どうやらこの娘はどうしても『お礼』がしたいらしい・・・
ならば、と安留葉は注文をし始める。
「Cセット、ポテトをLサイズにアップしテ、シェイクはストロベリー、
追加でテリヤキバーガーふたつ
デリシャスバーガーふたつ
ダブルチーズバーガーふたつト・・・」
注文を続けようとした安留葉が、ふと見ると
財布の中を確認している薫の目が泳ぎ、オロオロしだす様が目に入った。
「・・・・・・Cセットだけでイイ・・・」
「ごめんねェ・・・」
安留葉の気遣いにホッと胸を撫で下ろす薫。
「かしこまりました~、それではそちら様
お怪我をされているようですので、優先席にご案内いたします」
店員の言葉に、薫は自分がお姫様抱っこされたままだということに改めて気づく。
「へ?いや、通常席でいいです!デンタータ!ちょっと下ろして」
安留葉は薫の足を気遣いながら、静かにそっと下ろした。
「いや~、なんか馴染んじゃってましたよ!アハハハハ」
薫が注文した商品の乗ったトレーを持ち、
空いている席へと運んでいく。
「脚は大丈夫なノカ?」
「フフフ、実はあんまり大したことなかったり?」
ピョンピョンと軽く飛び跳ねてみせる薫。
なるほどナ・・・アタシをここに連れてくるため大げさにしてみせたってことカ・・・
したたかな奴ダ・・・
安留葉がそう思った時、
「あッ!」
躓き、トレーを落としてしまう薫。
が、安留葉は瞬時に薫を支え、
トレーとその上の商品も全て、片手で何事もなかったかのように受け止める。
「あ、ありがと」
「アタシが運ブ」
「う、うん、お願いします」
薫がテレを隠すかのようにおちゃらける。
「いや~デンタータはかっこいいな!ほれてまうやろ~、なんてな、あはは・・・」
「・・・ウザ」
安留葉と薫は空いている4人掛けのテーブル席に腰掛ける。
「いや~、お礼って言っても学生の懐事情じゃ、これぐらいが精一杯なんだけどさ・・・」
「十分ダ」
「うん・・・改めてまして、デンタータ!今日は助けてくれてありがとう!」
真面目な表情になった薫が礼を言うと
安留葉がハンバーガーの包を開きながら言った。
「安留葉ダ。牧野安留葉」
薫は嬉しそうにニンマリと笑い答える。
「私は日笠薫、ってもう知ってるかアハハハハ!
これからもよろしくね!安留葉!」
安留葉は答えずにハンバーガーに齧り付く。
薫も同じようにハンバーガーの包を開き、かぶりついた。
「うん!やっぱココのテリヤキバーガーは美味しいですな!」
再びテリヤキバーガーを齧ろうとした薫の腕にテリヤキソースがこぼれ落ちる。
「ソースが溢れやすくて、手が汚れちゃうのが欠点だけどね」
手についたテリヤキソースをぺろっと舐める薫。
対面に座っている安留葉は、というと
齧っていたテリヤキバーガーを器用に持ち替え、ソースもこぼさず綺麗に平らげると
すぐにフライドポテトを食べ始める。
「なんダ?」
「いや~、安留葉器用だなー、と思ってさ、
私も真似したら綺麗にこぼさず食べられるかな?」
薫が安留葉の動きを真似てテリヤキバーガーを持ち替えてみるが
ソースばかりか、挟んであるレタスまでこぼれ落ちてしまう。
「あちゃー」
紙ナプキンで腕を拭く薫を見ながら、安留葉はフライドポテトもすべて食べ終え、
ストロベリーシェイクのストローを咥えると、一気に飲み干した。
ズゾゾゾゾッゾゾッゾ~!
響く音に薫が驚き声を上げる。
「はやッ!」
飲み干し、カラとなった紙コップをテーブルに置いた安留葉が問い掛ける。
「・・・で?話ってなんダ?」
「え?」
「話があるんだろウ?」
「あ~、いや、なんかっつーかフツーに?いろいろとお話をして
親睦を深められたらな~とか思ったりなんかしちゃたりして・・・」
「・・・・・・」
「まあ、実はさ、ちょっと聞きたいことことがあってさ・・・」
「・・・・・・」
「あの・・・王冠持ち事件での事なんだけどさ・・・」
「・・・・・・」
「その、ドクター・ダーク・ドーンに寄生されちゃってた子って安留葉の友達だったの?」
その途端、安留葉の表情が険しくなり、
二人のあいだに緊張が走る。
「いや!好奇心で聞いてるわけじゃないの!
じつは、さ・・・今、私の友達が似たような状況になってて・・・」
「なないろの事カ?」
「・・・うん」
薫がためらいがちに言う。
「見たの・・・ななが、人を・・・何度も何度も叩きつけて・・・まるで、ゴム人形みたいに」
「・・・・・・」
「冷たい顔で・・・血みどろになった人を何度も何度も・・・!」
深刻さを増す薫の表情。
「私、怖くなって・・・今朝もそれでギクシャクしちゃって・・・
・・・安留葉!あなたならどうした?私はどうしたらいいと思う?」
だが安留葉は表情を変えず言い放った。
「自分で考えロ」
「え・・・?」
「アタシは人に意見できる程、頭も良くないシ、無責任でもなイ
悪いが言うことは何もなイ・・・
第一、アタシには何の関係もない話だしナ」
「そんな・・・」
「ごちそうさン」
安留葉はそう言うと立ち上がり、包箱や空の紙コップをゴミ箱に放り込みトレーを片付ける。
「足も大丈夫そうだかラ、アタシは帰ル・・・じゃあナ」
薫の横を抜け、立ち去ろうとした安留葉が立ち止まると、振り返らずに言った。
「『ジーナ』は『ジーナ』ダ。
どんな姿になっても『ジーナ』は『ジーナ』ダ。
どんなことになっても『ジーナ』は『ジーナ』ダ。
アタシはどんなことがあってもジーナヲ・・・」
少しばかりの沈黙の後、安留葉はそのままゆっくりと歩み去る。
薫はそれを無言で見送るのだった。
「・・・東条さん、具合はどう?」
名神学園保健室のベッドに横たわる東条メイに、女医 真壁ジェーンが語りかける。
メイは、上体を起こし答える。
「だいぶ楽になってきました」
「熱もないし、軽い貧血だとは思うけど無理をしてはダメよ」
「はい・・・で、あの、私を連れてきてくれた二人にお礼に行きたいんですけど・・・」
「ああ、彼女らの学年、クラスはちゃんとメモってますから大丈夫よ?
でも、今はダメ!きちんと回復してからにしなさい」
「はい・・・授業中ですしね」
メイがクスッと笑いながら言うとジェーンも笑いながら答える。
「ふふ、そうよ~、だから今はゆっくり休んで・・・
あ、鉄分の補給もしといたほうがいいかな?
東条さん、ドリンクとサプリどっちがいい?」
「東条さん?」
「あ!すいません、ドリンクの方でお願いします」
「は~い」
ジェーンはメイの寝ているベッドにやってくると
小瓶のキャップをひねり、開けてからメイに渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ちょうど喉が渇いていたこともあり
一気にあおり飲み干すメイ。
だが、
なに・・・これ?
飲んだはいいものの、その恐ろしいまでの不味さに戸惑う。
「不っ味!」
小声でつぶやくメイ。
不味い、という範囲で収まらない程の違和感が舌に広がっていき、メイを不快にさせる。
だが、それはドリンク本来の味ではなく、
体質の激変がそうさせている事にメイが気づくはずもなかった。
その原因は、そう、あの怪しい欠片・・・
なにこれ?いくら不味いとはいっても、これは不味すぎない?
気持ち悪い・・・口直ししたい・・・
その途端メイの鼓動が早くなり、体が熱を帯び始める。
気持ち悪い口直ししたい気持ち悪い口直ししたい・・・
朦朧とし始める意識、そして湧き上がる欲求・・・
そう・・・そうだ・・・私が飲みたいのは・・・もっと・・・
メイの瞳が妖しくひかり、体から暗いモヤのような物がにじみ出す。
もっと・・・甘く・・・甘美な・・・
にじみ出たモヤはどんどん広がっていき、
その中から太い、刺の生えたイバラが無数に伸びていき
机に向かって作業しているジェーンへと向かっていく・・・
カツン
「?東条さん?」
背後の物音に、なにか違和感を感じたジェーンが振り向いた途端、
黒い影がその身に覆いかぶさった。
「とう・・・キャァァァァァァァァァ!!」
だが黒い影はジェーンの叫び声をも飲み込み、
イバラは部屋中を覆い、モヤは保健室から溢れるほどに広がっていく・・・
授業終了のチャイムが鳴り響き、教師が教室を出て行った後、
虹乃なないろは教科書やノートをしまう手ももどかしく、急いで教室を出ようとする。
「なな、僕も行きます」
「ミコトさん」
頷くなないろとともに教室を出て行ったミコトを、雷堂願刃がジっと目で追う。
ななが保健室にいるメイを見舞いに行くのはわかる。
でも、なんでわざわざミコトがついて行くんだ?
ってか、あいつ、朝からななにベッタリすぎないか?
なないろに語りかけるタイミングを失った願刃が、その後を追おうと立ち上がりかけると、
聞きなれたいつもの、あのけたたましい声が教室中に響いた。
「雷堂くぅ~~~ん!!」
と叫びながら光明院蘭が教室になだれ込んできのだ。
雷堂願刃の姿を確認した蘭は、巨乳をぶるんぶるんと揺さぶりながら一目散に駆け寄る。
それを羨ましげに見る男子諸君の目、目、目・・・
とはいえここまではいつもの見慣れた光景。
ところがこの日はいつもとは少し様子が違う。
「雷堂君!助けて!」
願刃の元へと駆け寄った蘭は、その後ろに隠れるように身をかがめる。
「な、なに?どうしたの?光明院?」
戸惑う願刃にすがり、哀願する蘭。
「ああ~、来た!!蘭はいないと、いないと言ってくださいまし!」
光明院蘭がさらに身を屈め、隠れるのと
ほぼ同時に教室に入ってきたのは、一人の大柄な少女。
身長180cmは超えているだろうその少女は、
教室中に響き渡る声で叫んだ。
「光明院蘭さん!!」
少女は教室を見回すが、光明院蘭の姿を見つける事は出来なかった。
その代わりに雷堂願刃の姿を確認した少女は、背筋を伸ばし軽く礼をしながら挨拶をする。
「あ!願刃兄!おひさしぶりです!」
「おお!ちかるか!オッス!」
腕を上げて答える願刃に対し、ちかるが唐突な質問を投げかける。
「突然ですが、今こちらに光明院蘭さんが来ませんでした?」
ちかるの質問に嘘で返すのは嫌だったが、
光明院蘭のただならぬ様子を鑑み、願刃は言葉を濁すように答えた。
「ん?ああ、光明院なら、なんか慌てて向こうへ走っていったような、そうでないような・・・」
「そうですか・・・お騒がせして申し訳ありませんでした!!」
ちかるはそう言うと走り出したが、急に立ち止まり、
慌てて引き返して来て改めて言う。
「っと・・・お教えいただき、ありがとうございます!ではでは!ごめんして!」
そして再び走り去っていく。
その様子をポカーンと見つめるクラスメート達。
ちかるが走り去ったのを確認した願刃が蘭に声をかける。
「行ったみたいだよ」
その声に蘭は安心して一息つくと、胸を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「は~・・・よかった、危うく雷堂君とすごす時間がなくなってしまうところでしたわ」
その騒ぎに、周囲にクラスメートが集まり始める。
「どうしたの?一体?」
「ええ、それが今の彼女・・・宝田ちかるさんに、朝からそれはもうしつこく
女子レスリング部に入部してくれ、と頼まれてしまいまして・・・」
「女子レスリング部ぅ?そんな部あったっけ?」
話に割り込んできた三神さなえの疑問に願刃が答える。
「うん、あったよ
部員が一人しかいないみたいだけれどね」
それを聞いていた周囲の全員が声を上げて驚いた。
「「「「「一人?!」」」」」
「それもう部じゃないじゃん!個人じゃん!」
「一人で一体どういう部活動してんの?」
「彼女の言うには男子に混じって練習していたらしいんですけれど・・」
「混じってって、まさか男子とくみあったりしてるの!?」
「みたいですわね・・・以前から少しめんどくさがられていたらしいのですが、
最近は男子達の調子が悪いのも合わさって、誰も相手をしてくれない~、
とかで部のピンチなんだそうです・・・
で、私に入部してくれ、と・・・ほんと、困りましたわ」
徳田リンが言う。
「いや・・・それ多分調子が悪いんじゃなくて、
一部分が絶好調になっちゃうからだと思う」
ズバリ指摘してきたリンを、さなえが軽く叩き咎めるが
周囲の男子はうんうんと頷く。
「うちの学校、部活動の掛け持ち禁止されてないし、
いっそのこと入部してあげれば万事解決じゃない?
結構合ってるとおもうよ、光明院」
「え、似合っている?・・・
まあ、雷堂くんがそう言うなら考えてみてもいいかもしれませんわね」
願刃の言葉をどう捉えたのか、蘭はくねくねと体をしならせ照れ始める。
「でも、それは一旦置いておくとして・・・雷堂くん?」
と、突然、表情がこわばった蘭の言葉から発せられるプレッシャーに戸惑う願刃。
「な、なに?」
「今、宝田さんから『願刃にぃ』ってかなり随分馴れ馴れしく親しげに呼ばれていたようですけれど?」
グイっと身を乗り出し願刃に顔を突きつける蘭の表情は
微笑んでいるが、明らかに不満げな雰囲気をにじませている。
「お知り合いですの?」
「うん?ちかるなら昔うちの道場に通ってたし、今でもよく遊びに来るけど?」
願刃の言葉に、大げさに反応した蘭が、これまた大げさに驚く。
「な!なななな、なんですって!?お家にご挨拶にいく仲ですって!?」
案の定、想像力の逞しい蘭の妄想が炸裂し
ギリギリと歯噛みする。
それを沈めようと、さなえが割ってはいった。
「光明院さん!?落ち着こう!?一旦落ち着こう!?」
だが、願刃も願刃でしれっと続ける。
「いや、挨拶とかじゃなくって、ただ練習につきあったりするだけだよ?」
「「「「「なんですと!?」」」」」
驚愕するクラスメート達。
「す・・・すると、道場でくんずほぐれつ!?」
「?どうしたの?光明院?」
だが、蘭の意識はすでに妄想モードに入り込み願刃の言葉も届かない。
雷堂家の道場で向かい合う願刃とちかる・・・
合図とともに組み合う二人・・・
くんずほぐれつする二人の姿・・・
絡み合う男女の肉体・・・
苦悶の表情・・・
そして飛び散る汗・・・
と、突然、蘭が笑をこぼす。
「フ・・フフ・・・フフフフフフフフフフフ」
「光明院?」
「宝田ちかる・・・いずれ私と戦うことになるやもしれませんわね・・・」
「こ、光明院??」
願刃の問いかけも聞きこぼし、
光明院蘭は何やら意味不明の闘争心を燃え上がらせるのであった。




