第一話 その魔名ソルキュート その4
森林公園を中心に魔法使いたちによって張りめぐらされた
『三重に偉大なる結界』
と呼ばれる異空間の中では
魔法使い連合と大精霊団の戦いが繰り広げられていた。
魔法使い達が目指すのは、大精霊団の背後に鎮座し、
空いっぱいに悠然と広がる巨大なる大精霊王『王冠持ち』
そこへ至らんとする魔法使い達を遮るかのように
嵐が吹き荒び雷が襲う。
大精霊団の先頭に位置し
無数の精霊を引き連れて進撃してくるのは巨大なる龍。
黄金の輝きに身を固め、うねりながら迫り来る。
怒涛の如き勢いで黄金龍が目指すのは
魔法使い連合の中心に位置するユニベルサリス。
だがその黄金龍を迎え撃つ為に立ちふさがったのは
魔法使い連合の先陣を切って進むグレン・フィーネ。
「おうおうおうおう!お前の相手は私だ!かかって来な!」
グレン・フィーネは黄金龍を見据えたまま呟く。
「ユニ!先に行きな!」
ユニは無言で頷くと邪魔をする精霊たちのあいだを縫うように
『王冠持ち』に向かって突進していった。
他の精霊達が散り散りになり、各個で魔法使いとの戦闘を開始する中
黄金龍は、ユニとのあいだに割って入ったグレン・フィーネに向かって怒りの咆哮を上げ、
鎌首を持ち上げたかと思うと一気に長大な炎を吹き出す。
魔法使い達に向けて放たれたその炎は
周囲に散らばる精霊達をも巻き込んで襲いかかる。
グレン・フィーネは迫り来る業火を片手でいとも簡単に受け止めた後
両手をぐるりと回す。
すると炎は彼女の周囲にまとわりつき
彼女を焼き尽くすどころか逆に彼女達を守る炎の盾と化した。
炎の女神たるグレン・フィーネには、
たとえ地獄の業火といえども、焦げ跡一つ付ける事は不可能なのだ。
手の内に効果無しとみるや、
黄金龍は一気に間合いを詰め、グレン・フィーネに襲いかかる。
丸太のような尻尾を高々と振り上げ一気に打ち下ろすが
グレン・フィーネはそれを腕で受け止める。
強力な一撃に腕がミシリと音を立て軋む。
だがグレン・フィーネはそれを意に返さず、力任せに払い除けた。
「おお!肉弾戦か!?上等だ!ゴゥラァァァ!!」
にやりと笑ったグレン・フィーネは雄叫びを上げながら黄金龍のしっぽを掴み、
力の限りふりまわすと、地面に向けて投げつけた。
ズドオオオオオオオオオオン!!
凄まじい勢いで大地に叩きつけられ、もがく黄金龍。
体制を立て直す暇も与えず、
急降下し、ドリルのように強烈なキックの一撃を食らわすグレン・フィーネ。
さらにそこから炎が黄金龍に流れ込む!
「ギャオオオオオオオオ!!」
炎に包まれ断末魔の叫びをあげ、崩折れる黄金龍。
その最後を確認するとグレン・フィーネは再び『王冠持ち』目指して飛び立った。
上空では、すでに魔法使いと精霊の大乱闘が始まっている。
翼を持った象のような精霊が蹴りをみまえば
プロレスラーのような魔法使い、最高の筋肉『マッスル・ワン』が蹴り返し、
稲妻を孕んだ黒雲のような精霊が掴みかかれば
天女のような姿をした魔法使い、暴風天女『モンストロム・ディーヴァ』がそれを吹き飛ばす。
イソギンチャク状のくだを無数に背負ったトカゲのような精霊が
周囲に無数の針を飛ばせば、
拳銃を持った魔法使い『ドレッド・ファング』と
侍の刀を持った魔法少女姉妹『ヤミヨ』と『キリコ』がそれらを全て打ち落とす。
精霊団を圧倒し徐々に『王冠持ち』へと接近していく魔法使い達。
いち早く『王冠持ち』のもとへ到達したユニが攻撃を仕掛けようとした時、
『王冠持ち』の波のように蠢く巨大な触手の群れがユニへと躍りかかる。
次々と襲い来る触手の群れを華麗な動きと俊敏さでかわしていくユニが
手にした杖を持ち替えると、杖は光とともに巨大な槍に変化する。
ユニは槍を大きく振りかぶり、渾身の力をもって『王冠持ち』へと投げつける。
「だあああああああああああ!!」
槍は『王冠持ち』の触手をも弾き返しながら一直線に飛んでいき
そしてついに『王冠持ち』へと突き刺さる。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
重い衝撃音と共に刺さった槍の柄は芯より割れ、
放射状に広がったかと思うと魔法陣のような図形を描き出す。
それを中心として『王冠持ち』の表面に波紋が広がり、
波紋の下には無数の光が蠢く。
光は流れながらいくつかの塊となり、奇妙な文字の形を浮かび上がらせる。
そして文字が『王冠持ち』の体表を埋め尽くすと
ユニに変わって、肩の上の猫『クロシロウ』が叫ぶ。
「よし!成功!魔法文字よ~!」
次々と襲いかかってくる精霊達から
ユニを援護し、守っていたグレン・フィーネも、両手に持った精霊を軽くあしらい、
ちぎっては投げ、ちぎっては投げしながら叫ぶ。
「おっしゃー!次の一撃!私が決めてやらぁー!」
飛んできたグレン・フィーネが拳を高々と突き上げると
炎のエネルギーが拳へと流れ込み、みるみると巨大な炎の拳と化す。
「らっしゃおらーーー!!」
グレン・フィーネは『王冠持ち』の顔めがけて殴りつける!
ズドオオオオオオオオオオオオオン!!
拳が当たった場所からは再び波紋が広がり
既に浮かび上がっていた魔法文字の一部が、さらに浮き上がり強烈な光を放つ。
ひとつ、ふたつ、みっつ!
三つの文字は、フッと『王冠持ち』の体表から消え去ったかと思うと
グレン・フィーネの手元に出現する。
その文字をサッと手で撫でるグレン・フィーネ。
「よっしゃー!『真名』のうち3っつ!ゲットしたぜ!!」
グレン・フィーネの叫びに周囲の魔法使い達が沸き立つ。
通常の精霊なら一撃でケリが付いたであろうその衝撃は
大精霊王たる『王冠持ち』に対しては小さな刺激でしかない。
だが
魔法使いたちの目的は『王冠持ち』を退治することではない。
魔法使いの戦いは力だけでは決まらないのだ。
その目的とは、大精霊王『王冠持ち』の管理。
その方法とは、大精霊王『王冠持ち』の真なる名『真名』を手に入れる事!
のこりの『真名』の一部を手に入れる為、魔法使い達の戦いは更に熾烈を極めてゆく。
遅れて参戦したジーナ・マカラ
彼女が変身した『すぷりんぐ♡すまいる』も多くの精霊を蹴散らし
魔法使いの集団について行く。
だが、その表情には焦りの色が濃くなっていく。
「覚悟はしてたけど・・・多過ぎる・・・きりがない・・・」
ほんの一瞬気を抜いた時、背後に気配を感じ振り向くと、
そこには、今まさに必殺の一撃を食らわさんと、
大きく前足を振り上げた翼の生えた天馬の姿が!
「ひっ!?」
すぷりんぐ♡すまいるが、やられる!と覚悟した時、
突如『ギザギザの牙が生えた大きな口』が現れ、
一瞬のうちに天馬を吸い込み、丸呑みしてしまう。
その『牙の生えた口』の持ち主は
くちゃくちゃと吸い込んだ天馬を咀嚼しながら縮んでいくと、
すぷりんぐすまいるにむかって語りかける。
「ぼけ~っとしてると、一緒に食っちまうヨ!」
「デンタータ!」
すぷりんぐ♡すまいるがデンタータと呼んだ少女、
魔法少女『マギナ・デンタータ』は
ゆったりした袖の先にある大きな手をブラブラさせると、
両の素足をポンポンっと軽く叩く。
すると『マギナ・デンタータ』の下半身が
みるみると、たった今喰らい尽くした天馬の物に変わっていく。
「乗んなヨ、タダじゃないけどネ」
「うう・・・高くつきそう・・・」
すぷりんぐ♡すまいるが人馬と化したマギナ・デンタータに飛び乗ると
マギナ・デンタータはポツリと呟く。
「ひひ~~~ン・・・」
人馬マギナ・デンタータは前足を大きく振り上げ空を蹴った。
「ふぁ!?お、落ちちゃう~!!」
咄嗟にしがみつく すぷりんぐ♡すまいるに
再びポツリと呟くマギナ・デンタータ。
「おっぱい、触ってル・・・」
「ひぁ!?ご、ごめんなさい!」
「別にいいけどネ。おっぱい当たってるシ。おあいコ」
マギナ・デンタータは少し考えたあとポツリと呟く。
「・・・おあいコじゃ、ないかモ・・・」
すぷりんぐ♡すまいるが言葉の意味を考えあぐねているのを無視して
人馬マギナ・デンタータは空を駆け抜け一気に先頭集団へと躍り出ていった。
最前線ではユニをはじめとする魔法使いたちと『王冠持ち』の激戦が繰り広げられている。
既に王手の一撃を食らわせたとはいえ
『王冠持ち』が相手ではさしもの魔法使い達も苦戦を強いられ
表情には疲労の色が濃く現れている。
対する『王冠持ち』も体の所々に魔法文字が浮かび
かなりの攻撃をくらっているのがわかる。
「やってル、やってル・・・フィーネ!手伝うヨ」
人馬と化したマギナ・デンタータの姿を確認したグレン・フィーネは嬉しそうに叫んだ。
「デンタータ!素敵なおみ足になったじゃあないか!」
「まあネ・・・状況ハ?」
「順調だ。みんな順調にゲットしてる。私は七文字ゲットしたけどね!!」
鼻息も荒く、ドヤ顔で自慢するグレン・フィーネ。
「こリャ、あたし達の出番ハ、ないかもネ・・・」
マギナ・デンタータがすぷりんぐ♡すまいるを振り返ると
すぷりんぐ♡すまいるは『王冠持ち』を見つめ、満面の笑顔を浮かべている。
それは年頃の少女のものとは思えない、不気味な、いやらしい表情・・・
「ジーナ!気をしっかり持たないト、持ってかれるヨ!」
名前を呼ばれ、ハッと気づいたすぷりんぐ♡すまいるは
頭をブンブンと振り、気を取り直して答える。
「だ、大丈夫!私はユニのサポートに回ります!デンタータはフィーネと!」
「ほんとニだいじょブ?」
マギナ・デンタータの問いかけに空元気で答えるすぷりん♡ぐすまいる。
「だいじょうぶ!すぷりんぐ♡すまいるは、みんなの期待に応えちゃいますよ!!」
小さくガッツポーズをしながら答えた後、
すぷりんぐすまいる はユニの下へと飛んでいった。
マギナ・デンタータは心配そうにそれを見守ると
グレン・フィーネに合図する。
「早いとコ決めちゃおうゼ・・・」
「応!」
それに応えバッと翻り、人馬マギナ・デンタータの背に飛び乗るグレン・フィーネ。
マギナ・デンタータはポツリと呟く。
「ひひ~~~ン・・・」
人馬マギナ・デンタータは前足を大きく振り上げ空を蹴った。
だがグレン・フィーネは足の力だけでガッチリと体を固定し微動だにしない。
「おっぱい、当てないのカ?・・・」
「・・・何の話?」
「なんでもなイ」
グレン・フィーネが両腕を広げると巨大な炎の槍が出現し、
それをブンブンと振り回してガシっと構える。
「さァて、馬も揃った、槍もある。お次は王子様を守るナイトの出番!
とくりゃあ、いよいよクライマックスだな!行くぞ!!」
「ハイヨー!!デンタータ!!」
相変わらず暑苦しい奴だナ、と思うマギナ・デンタータであったが
こういうノリは嫌いじゃないし
なによりクールぶって人を馬鹿にする奴より信頼できる、
そうも思いながらそのノリに合わせて強く嘶く真似をする。
「ひひ~~~~~~~~ン!!」
さらなる覇気に包まれた二人が雄叫びを上げる。
ぜ!!」
「「私たちが決めてやる
ゼ!!」
通常世界、森林公園の外周入口では、なないろと薫が並んで、呆然と立ち尽くしている。
いつになく真剣な表情で公園出入口に置かれた園内地図を見る二人。
しばらくして薫が重い口を開いた。
「私たちは公園の第三出入口から入った。そうだよね?」
「うん」
「で、気づいたら第六出入口の外、つまり私の家の近くの出入口から外に出ていた」
「うん」
「で公園内を通った記憶もなく、公園でしようと思っていたことも忘れちゃってた」
「・・・うん」
「どういうこと!?これ!?もしかしてアブハクションってやつ!?」
大げさなジェスチャーで驚く薫になないろがツッコミを入れる。
「アブダクション?」
「ああ・・・うん、それな・・・」
すこしバツが悪そうにする薫になないろが反論する。
「でも薫ちゃん、測ってないから正確にはわからないけど、そんなに時間たってないよ」
「じゃああれか?時空の歪みってやつ!ビミョーナ・トライアングル!」
ドヤ顔で薫が答えると、ふたたびなないろがツッコミを入れる。
「バミューダ・トライアングル?・・・薫ちゃん、ひょっとしてわざと言ってない?」
「いやいやいや・・・ってか なな、不思議系の話詳しいね・・・」
そして薫はしばらく思案したあと切り出した。
「よし!決めた!帰るよ!なな!今日は家泊まっていきな!」
「調べないの?」
不安げな なないろ を遮り薫が言う。
「なんかやな予感するんだよね・・・
例えばさ、記憶障害を起こすガスか何か発生してたらやばいじゃん」
「あ、警察にも知らせといたほうがいいのかな?・・・
いや、でもどうやって信じてもらえばいいんだ?・・・」
ブツブツと独り言を言う薫。
だが、なないろは薫の意見に反対する。
「私、違うと思う・・・だって二人同時に公園に関する記憶だけ抜け落ちるなんて変だよ!
それに、経過時間も変!」
「他の人も同じような目にあうかもしれないし、にゃんこも心配だし・・・
私、ちょっとだけ調べてみる!薫ちゃんは先に帰ってて」
いつになく真剣ななないろの剣幕にタジタジとなる薫。
「なななな、なな を一人にしておける訳ないじゃん!・・・あ~もう!私も行く!」
言いながら薫はバッグからペンを取り出し自分の手のひらに何かを書きだした。
「よし!時刻と出入口の番号と目的!
手に書いときゃ、また忘れたとしてもすぐに思い出せるでしょ!」
薫は手のひらをバッと突きつけてメモ書きを見せる。
「いい!?、なんか変だと思ったらすぐに逃げるからね!」
「うん!ありがとう!薫ちゃん!」
薫 と なないろ は二人で手をつなぎ合って森林公園の入口に立つと、
「よし!いくよ!レッツら・・・」
「「ゴー!!」」
合図とともに足を踏み出した。
この時、なないろはふと、あの少年のことを思い出していた。
何かあってもあの少年がきっとまた助けに来てくれる、
そんな気がして。
二人が入口に足を踏み入れた時、先程とは違い
今度は一瞬、景色がぐにゃりと歪んだ。
なないろが周囲を見回す。
「こ・・・公園の・・・中?」
どうやら公園内に入る事が出来たらしい。
しかし、何かが変だ・・・何かがおかしい・・・
そこに広がる景色を凝視した薫がオドオドと問いかける。
「なな・・・ねえ、なな・・・何が見える・・ねえ!?なな!?何が見える!?」
目の前の空に広がる恐ろしい光景に恐怖した薫は
自分と同じように恐怖の表情で空を見上げるなないろを
横目でチラリと見て確信した。
『なないろも同じものが見えている!』と。
薫となないろが今見ているもの、それは空いっぱいに広がる巨大な顔。
魔法使い達が大精霊王『王冠持ち』と呼ぶ者の姿。
「なな!!逃げるよ!!なな!!」
薫はなないろの手を引っ張り振り返るが、
そこには、あけた土地が広がるだけ。
恐怖と絶望に包まれた二人が叫ぶ。
「・・・ない・・・出入口が・・・」
「出入口が!?消えてる!!」