第五話 トリックスター その6 あやしい欠片
空間に生じた異空間と現界を繋ぐ亀裂から、日笠薫とマギナ・デンタータが歩み出てくると、
亀裂は徐々に閉じ、消えていった。
人気のない路地裏から明るい通りへ歩いていくと、薫が意識を失った自動販売機のある場所に出る。
無事、現界に出てこれた安心感に日笠薫は大きく息をつく。
その後ろではマギナ・デンタータの姿が光り輝き、戦闘形態であるエレメンタル・スタイルが解かれると、
普段の、牧野安留葉の姿へと戻っていった。
「はぁ~、なんかもぉ、いろんなことがありすぎて、ドッと疲れたよぉ」
独りごちる薫をよそに、牧野安留葉が一人で立ち去ろうとするのを
薫は慌てて呼び止める。
「っと、どこ行くの?」
「あン?帰るのサ、用事はすんだからナ」
「え~!待って待って!お礼がしたい!」
「いらねーヨ、大したことは、やっちゃいなイ」
「大したことだって!このままじゃ私の気も済まないし、それに、ちょっとお話もしたいし」
「アタシはしたくなイ」
「まぁまぁ、そう言わず……」
日笠薫は何気なく安留葉の腕を握る。
が、その途端、安留葉は逆に薫の腕を取ると、後ろ手にひねり上げた。
「イタタタタ!!何で?!」
「気安く触るナ、潰すゾ」
「ご、ごめ、ギブギブ!!」
安留葉が手を離すと薫は前のめりのなって膝をついた。
「じゃあナ」
冷めた目で一瞥しながら安留葉は立ち去ろうとするが
薫はうずくまったまま動く気配がない。
「……」
その様子を不審に思った安留葉は、薫を振り返り声をかける。
「どうしタ?」
覗き込むと薫の足首が赤く晴れ上がっているのが見て取れる。
「その足……」
「ん?ああ、今やっちゃたんじゃないよ
さっき捻っちゃったのが今になって晴れてきたみたい」
薫は事実を述べただけであったが、安留葉にはそう思えなかった。
本当にそうだろうカ?
もしかしたら、本当は、今倒れた時に怪我をしたのに
アタシを気遣って言ってるんじゃないだろうカ?
牧野安留葉がそう考えた時、ふとジーナ・マカラとの出来事が思い出される。
脳裏に浮かぶジーナとの様々な思い出。
ジーナならこんな時どうしろというかナ?
ジーナなら……
考えた末、牧野安留葉は薫に手を差し伸べる。
「ほらヨ」
「あ、ありがと」
安留葉の手を借り、起き上がった薫だったが、
勢い余ってバランスを崩し、その体に寄りかかってしまう。
「ご、ごめ……!」
また怒られると思い、慌てて身を離す薫であったが、
意外にも安留葉は逆に薫をひきよせた。
「ふぁ?!」
ジーナなら、こうするカ。ジーナは優しいからナ。
とつぜんの安留葉の行動、その直後の体を包む浮遊感に戸惑う薫であったが
次の瞬間、自分が安留葉に抱きかかえられているのに気づいた。
「え?!」
体の小さい牧野安留葉が、一瞬のあいだに自分の体を持ち上げ両手に抱えている。
その現状に驚く薫。
「えええええ?!」
薫を『お姫様抱っこ』した安留葉はゆっくりと歩き出した。
またもや予想の斜め上を行く安留葉の行動に、
薫は目を白黒させ、されるがままキョトンとするばかり。
「え?え?」
だが、2、3歩歩いた後、安留葉の足がピタリと止まった。
「オイ」
「はい!」
薫が安留葉の声にすかさず答えると、安留葉は続けて問い掛ける。
「お前の家……どっちダ?」
その頃、名神学園の虹乃なないろの教室では
休みの時間にも、やはり転校生『明詞ミコト』のことでもちきりであった。
なないろの席の隣に立ち、会話をしていたミコトの周りに集まった女子達は、
それぞれが自己紹介すると矢継ぎ早に質問攻めにする。
「前はどこに住んでいたの?」
「どこに越してきたの?」
「校内を案内してあげる」
「好きな女の子のタイプは?」
等々の質問に、ミコトは律儀に一つ一つ答えを返していく。
「以前は家の都合で海外を転々としていました。
今の住居は千樹ヶ丘の方に……校内は昨日、転校の手続きをしに来た時に一通り見て回りましたので」
「あぁ、そっか、その時ななが溺れてるとこに鉢合わせしたって訳だぁ」
徳田リンの発した言葉をきっかけに
みんなの視線が集中し、バツが悪そうにするなないろ。
「好きな女の子のタイプは……秘密、ということで」
ミコトが唇に指を当て、なないろと視線を合わせ、ニコっと微笑むとウインクをする。
たちまち顔を赤く染めたなないろはもじもじとうつむいた。
い、今のウインクはどういう意味なのかな?
なないろがそう思っていると、三神さなえが視線をなないろにむけたまま、
「でも、ななも結構積極的だよね、いつの間にかミコトさんって呼んでるし。
ずっと前から知り合いだった、ってわけじゃないんでしょ?」
と軽く野次る。
突然振られた話題に慌てて言い訳をしようとするなないろ。
「へっ?!あ、いや、それはにゃんというか……」
「かんでるかんでる」
「ふにゃぁ」
突然、何かを思いついたリンが、会話の流れを無視して声を上げた。
「ねえねえ、ミコトさん!私もミコトさんって呼んでいいかな?」
「またお前はいきなり!ってかもう既にミコトさんって呼んでんじゃん!」
リンの図々しい提案に、さなえがすかさずツッコミを入れるも
ミコトは笑顔で答える。
「構わないですよ」
あっさりと帰ってきた言葉にさなえは一瞬驚きながら、
その答えにちゃっかり便乗して言った。
「マジで?!じゃ、じゃあ私も!」
途端に周囲の女子達も次々に便乗する。
「私も!!」
「私もいい?」
「ミコトさん!」
「ミコトさん♡」
「ミコト様」
「ミコト殿」
「「「「「殿はないわ」」」」」
誰となく、ポツリと呟いた声に
一斉にツッコミを入れた女子達の間が、賑やかな笑いに包まれていく。
賑わい、盛り上がる女子達を見ていたなないろだったが、
自分が一大決心をして飛び越えたハードル『ミコトさん』呼びを、やすやすと飛び越えてしまったクラスメート達に、
なんとなく胸がモヤモヤしてしまうのだった。
女子達がいる窓際の席とは反対の廊下側の席の一角では
男子生徒達が盛り上がっている女子達の壁を眺めながら、呆れた様子で愚痴をこぼす。
「すっげ~人気モンだな~」
「女子の壁で挨拶もできねーよ」
「無理もないっしょ、あの衝撃の登場じゃぁな。ま、昼休みにでもなればちょっとは落ち着くでしょ」
だが、会話の中にいる少年、雷堂願刃は、何やら上の空で、
話を聞いているのかいないのか。
その様子を疑問に思った阿久津勇太が問い掛ける。
「どしたん?」
ぼーっとなないろの方を見ていた願刃はハッとすると誤魔化すように言った。
「ん?いや、な~んも」
「大体察しはつくけどな」
何かを察した勇太は、それ以上追求することなく話題を変える。
「そういや、光明院さん来ないなぁ?」
「そーいやそーだな?いつもは休み時間になると必ず来てたのに」
「「なんかあったん?」」
阿久津勇太と凪沢健太郎が声を合わせて質問するが
願刃は不思議そうに答えた。
「なんで俺に聞く?」
「なんでってお前……」
「今朝もあったけど何も変わったことはなかったけどなぁ?なんか用事でもあるんじゃない?」
「はぁ~~~。余裕なんだか、鈍感なんだか」
願刃の友人達がため息をつく。
「え?え?なんで?俺へんなこと言った?」
「はあぁ~~~~~」
「まっ、お前らしいちゃお前らしいよ」
「なんだそりゃあ」
「しかし、あれだね、日笠も光明院さんもいないとなんだか調子が狂うよね」
健太郎が言った言葉に勇太が頷く。
願刃は今朝のことを思い出し、
薫……だいじょうぶかな。
と、改めて薫のことを心配するのだった。
そんな思いを知ってか知らずか、なないろが、ふと視線を日笠薫の席に移すが
そこには当然、日笠薫の姿はない。
なないろはそのまま視線を東条メイの席に移すが、メイの姿もそこにはなかった。
そんなクラスの喧騒から離れた場所の席に座っている、眼鏡をかけた少女がひとり。
ミコトを遠目にチラチラと見ながら、スケッチブックに向かって鉛筆を走らせている。
少女の名は『嘉喜子きい』
長い髪をふたつに結び、見るからに気が弱く大人しそうな雰囲気の少女であるが
メガネを怪しく輝かせ、夢中で鉛筆を走らせるその姿からは少々怪しい雰囲気も感じさせる。
後頭部の寝癖は、ずぼらな証か、うっかり整え忘れたのか・・・
だが、腕の動きに合わせ寝癖がゆらゆらと動く様は少々滑稽でもあった。
きいは、しばらくすると鉛筆を置き、描きあがった絵を眺めると
「ふひっ……素敵な笑顔、いただきました」
と微かに呟き、スケッチブックを静かに閉じようとしたがクラスメートの北原ちさとが、きいの後ろから覗き込んできた。
「あれ~?カキコっち、何描いてるん~?」
驚き慌てるきぃ。
「え!?あ、え!?」
「およ?これってミコトさんじゃね?」
ちさとの上げた声に他のクラスメートの視線が集中する。
確かにそこにはミコトであろう人物の絵が描かれている。
しかし頭の大きさに対し、肩や腕のバランスがおかしなその絵は
お世辞にも上手いと言えるものではなかった。
「でも、この絵、なんか腕のつき方とか、おかしくね?」
無遠慮に絵をと手に取り、その批評を始めたちさとの声に、きいは戸惑い、萎縮してしまう。
「え……えと……それは……か、返して……」
顔を真っ赤にし、目に涙を貯め、小声でおどおどするきいを見たクラスメートがちさとを叱咤する。
「やめなよ~ちさと~、嘉喜子さん、嫌がってんじゃん!」
ちさとは皮肉な笑いを浮かべ反論した。
「あっれぇ~、もしかして私、悪役ですか~?」
多分冗談で言っているのだろうが、人見知りの激しいきいにはきつい言い回しに聞こえてしまったのだろう、さらにうつ向き、ますます黙り込んでしまった。
少し空気の悪くなったクラスの雰囲気の中、願刃が立ち上がり、きいの席に近づこうとする。
「ふむ、これは僕ですね?」
だが、いつの間にか、きいとちさとの傍らに立っていたミコトが、
ちさとから絵を受け取り、眺めながら言った。
「ふむ……確かに肩の辺りが少し歪ですね」
ミコトの言葉に驚いたきいは恥ずかしさのあまり泣き出しそうになってしまうが
その時、ミコトが突然上着を脱ぎだした。
驚き絶句するなないろ。
同様に驚き、あっけにとられながらミコトをただ見つめるきいとクラスメート達。
そして、ミコトは上半身裸になると言った 。
「絵を描く時にわからないところがあったら見て描けばいいですよ。
ほら、ここが鎖骨で、ここが上腕二頭筋」
「え!?え!?え!?」
ミコトを見つめ戸惑うきい。そしてざわつくクラスメート達。
特に女子たちは興奮し、軽くパニックをおこす者もいた。
「見てわかりづらい時は……ほら、触ってみて?」
ミコトは戸惑うきいの腕を取ると自らの筋肉に触れさせる。
「~~~~~~~~~~!!」
さらに紅潮するきいの顔は、今にも火が出そうに熱を帯びる。
ミコトはきいの指を自らの体に這わせ説明する。
「ここが鎖骨で……ここは?」
「じょ、じょう、わん、にとう……きん?」
声を震わせ答えるきいの鼓動は早打ち、心臓が喉から飛び出しそうだった。
「そう!そしてここが大胸筋で……」
きいの手を誘い、さらに解説するみこと。
きいの指は、ミコトの体を這い、滑っていく。
「そして、ここがちく……」
震えるきいの指がミコトの乳首に達しようとした時、
雷堂願刃が、みことを後ろから羽交い絞めにして止めにはいった。
「それいじょういけない!!」
「おおっとと……君は、雷堂くん?」
ミコトを羽交い絞めにしたまま頑刃が言う。
「お、おまえ、デンジャラスだな!周りを見ろって!」
「?」
ミコトが周りを見回すと教室のあちこちで女子が倒れたり鼻血を出したりしているのが見て取れた。
「みろ!女子達(一部男子も)が興奮してたいへんなことになっているだろがッ!」
「えっと、僕のせい?ですかね?」
ミコトの問いに大きく頷く願刃。
「うむ!詳しくは言わんが多分そう」
「申し訳ありません」
しゅん、と落ち込むみこと。
しかし、今の一件で険悪なムードになりそうだったクラスの雰囲気を一変させたミコトの真意をよみとり願刃が言った。
「明詞、おまえ、おもしろいやつだな!」
頑張がミコトに上着を渡す。
「僕は雷堂願刃。願刃ってよんでくれ」
「ありがとう、願刃君」
ミコトは上着を受け取りながら笑顔で答える。
「では僕のこともミコトって呼んでもらえるかい?」
「ああ!わかったぜ!ミコト!」
がっちりと握手をする二人。
それを複雑な気持ちで見るなないろ。
「あの、えと……あ、ありがと……み……明詞くん」
嘉喜子きいが照れながらも輝く表情で呟くと
ミコトは満面の笑みを浮かべて頷くのであった。
休み時間が始まってすぐに教室を出た東条メイは、あてもなく校舎内をブラブラと歩いていた。
朝の出来事で混乱している今、なないろとあらためて顔を合わせるのも、なんだかためらわれたからだ。
だが気を紛らわそうと歩いていても、思い出すのは今朝の出来事ばかり。
なないろと薫、二人のただならぬ様子を改めて思い出していたメイは思う。
今朝のふたり・・・蘭さんが言うように、本当に喧嘩をしているだけなのでしょうか?
あのただならぬ様子、学校にも来ないなんて……
落ち込むメイ。
さらには自分がとった行動にも後悔し始める。
ふたりのあいだに何があったのかはわかりませんが、
もしかしたら、私がとった行動が事態をさらに悪化させてしまったのでは?
二人の間には時間が必要だったのに、私がお節介をして悪化させてしまったのでは?
わたしが……
わたしが……
鬱々とした考えに囚われてしまったメイは
そのまま屋上へ上がる階段を一人で登っていく。
昼休みになると生徒で賑わう屋上も、時間の短い中休みに訪れるものはなく
ひっそりと静まり返っていた。
「あれ?私、いつの間にこんな所に?」
屋上に出る扉の前で、
いつの間にか、何かに誘われたかのように人気のない場所へとやってきていたことに気づき、
少し薄気味悪さを感じたメイは、周囲を見回した後、
急いで階段を降りようと振り返った。
その時、
「?」
何かが肩に当たる気配を感じ、手で触れてみると、なにやら指に絡みつく感触があった。
恐る恐るそれをつまみ確認したメイは驚き声を上げる。
「キャッ!」
つまんだそれは不気味な蜘蛛の死骸。
咄嗟に手を払い蜘蛛の死骸を払いのけるメイ。
手に残る気味の悪い感触に軽いパニックに陥り、手を振り続けるメイの頭上から
再び蜘蛛の死骸が一つ、二つと落ちてくる。
「やだッ!?」
瞬間、焦ったメイが見上げると、そこには天井いっぱいに広がった蜘蛛の巣があった。
不気味に揺れる網のような糸には、無数の蜘蛛の死骸がぶら下がっている。
「ひっ!?」
あまりのおぞましさに驚き、息を飲むメイ。
すぐさまその場を立ち去ろうとするが、何故かそこから目を離すことができない。
何かに取り付かれたかのように、まじまじと蜘蛛の巣を見つめるメイ。
その目が、ある一点にすい寄せられていく。
「……?」
それは、蜘蛛の巣の中央で、蜘蛛の死骸に取り巻かれるようにしてぶら下がる、
怪しく輝く宝石のように美しい物体。
幾何学的な模様が蠢くように照り返す様は、生き物のようにも見えた。
「……」
途端に、魂が抜けたように虚ろな表情になったメイが、
ゆっくりと蜘蛛の巣へ手を伸ばすと、
輝く物体はするりと落ち、メイの手のひらに収まる。
今のメイが知る故もないことだが、
その物体は薫が夜魔から受け取った物体に酷似していた。
ひとつ違うのは、薫が手に入れた物より、ふた周りほど大きく、強く輝く事だろう。
うっとりとした表情でそれを見るメイは物体をかざし、
「綺麗……それに……」
愛おしそうに撫でると、
「それに……すごく……」
唇に物体を引き寄せ、
「美味しそう……」
舌を絡ませ、口に含むと
恍惚の表情を浮かべながら一気に飲み込んだ。




