第五話 トリックスター その5 夜魔の名
開けた異形達の輪を抜け、ゆっくりと歩いてくるマギナ・デンタータ。
その手には道路標識の付いたポールが握られていて、一歩進む度に地面を突く。
周囲に鈍い音が響く度に異形達の輪が波打つように揺れた。
呆然と見守る日笠薫のもとへ達したマギナ・デンタータは
薫の耳元に唇を近づけ囁く。
「無事に帰りたいんなら、これから私の言う通りにしロ・・・いいナ?」
だが薫は警戒心を隠さず反論した。
「な、なに?ってゆーか、そもそもあなた誰?
ホントはこれ全部、あなたが仕組んだ事なんじゃないの!?」
気だるそうな目をしながら、マギナ・デンタータが答える。
「・・・めんどくさい奴だナ・・・信用できないってんなら、このまま見捨てていってもいいんだゾ」
「ん?ああー!」
目を細め、怪訝な表情で安留葉を見ていた薫が何かに気づき声を上げた。
「アンタあの時、ドクター・ダーク・ドーンに捕まってた・・・」
突然、耳元で上げられた大声に驚き、ビクッと反応したマギナ・デンタータが、
片手で乱暴に薫の口を覆い、押し殺した声で言った。
「馬鹿か!お前は!静かにしロ!」
「もご・・もごご・・・」
何か言いたそうにしている薫の口から、ゆっくりと手を離すマギナ・デンタータ。
「ゴ、ゴメン・・・たしかデンタータさん?魔女会の人だったよね?」
薫は謝罪の言葉の後に声を潜めて付け足す。
「あと、ビクってさせてごめん」
だが、マギナ・デンタータはなんの反応も返さない。
薫は
聞こえなかったのかな?
と思い、もう一度、今度は声を少し大きくして言う。
「ビクってさせて・・・」
「しつこい!!」
マギナ・デンタータの発した怒声に周囲の異形達がざわめく。
その様子に慌てた薫が身振り手振りを加え、
小声でマギナ・デンタータに謝罪する。
「ごめん、いや、ほんとごめん、言うとうりにするから・・・」
耳を少し赤くしたマギナ・デンタータは不機嫌そうな顔で薫を睨むと
異形達のほうを向く。
「でも、こいつらって一体なんなの?魔法使いじゃないよね?精霊?
それに此処は?結界?ってやつ?」
矢継ぎ早に繰り出される薫の質問に安留葉が淡々と答える。
「こいつらは『夜魔』此処は『この街の記憶』の中ダ」
「ヤマ?この街の記憶?」
「詳しいことは長なる魔法使いのじいさんにでも聞きナ。
さあ、ここから出るゾ、準備しロ」
「う、うん」
「よし、まずは胸を張レ」
「へ?胸を張れって、ほ?胸を張るの?」
予想の斜め上をいく指示にわけのわからない返しをしてしまう薫。
「尊大にナ」
「偉そうにってこと?よくわからんけど・・・こう?」
疑問を感じつつも指示に従う薫に
「もっとだ、自身にあふれた風を装エ」
と、マギナ・デンタータがダメ出しをする。
「お、おう!」
言われた通り胸を張った薫をまじまじと見ていたマギナ・デンタータが呟いた。
「・・・結構おっぱいでかいんだナ」
「そこ!?」
薫はツッコミを入れつつ、先程から感じている疑問をぶつける。
「でも何故今こんなことを?」
「王じゃないとばれないようにする為ダ、
今は戦うのは避けたいからナ」
「え?」
そういえばさっきから『バレる』とか言ってるけど『王じゃないと』とか
どういう意味なんだろう?
薫の胸中に答えるようにマギナ・デンタータが続けて言った。
「お前、虹乃なないろと長時間接触してたろウ?
その時に『王冠持ちの香り』がお前にも移っタ・・・
だからコイツらはお前が王だと勘違いしてるって訳ダ」
「あ!」
薫は昨夜、なないろと一緒のベッドで寝ていたことを思い出す。
「こいつらは、お前が王だと思い込んだ挙句、
自らを祝福しに来てくれたものと勘違いをしてお前を招き入れ、貢ぎ物を差し出しタ
ところがお前はそれを叩き落としタ」
「あれは偶然手が当たっちゃって・・・」
「どちらにしろ、夜魔共は王のご機嫌を損ねたと思って焦っていル
ところが王じゃなかったとバレたラ・・・」
「ば、バレたら?どうなるの?」
「さあナ」
「さあなってアンタ、デンタータ・・・」
「ひどい目にあうかもしれン、何もないかもしれン、
人間じゃないものの真意など人間には解らんサ・・・」
マギナ・デンタータはひと呼吸おいてから思い出したように続ける。
「今のなないろなら解るかもしれんがナ」
「今のなないろ・・・」
昨夜のなないろの姿を思い出し戸惑う薫に、
マギナ・デンタータは顎で指示を出し、一歩下がらせると、
手にしたポールで地面を三度叩く。
その音に反応した夜魔達がそそくさと動き始め、
周囲に散らばった『貢物』を、リーダーと思われる個体のもとにを拾い集めると
再び恭しく差し出してきた。
「どうやら荒事は避けられそうダ・・・
どれでもいい、好きなものを取レ」
「私が?」
「そうダ」
「好きなものったって・・・虫はあんまり好きじゃないんだけども」
「気にするナ、正確には『虫の観た夢の結晶』で虫その物じゃあなイ」
「虫の・・・観た夢?」
「ああ、キラキラ光って綺麗だろウ?
コイツにとっちゃ自慢の宝物ってわけサ」
「綺麗っちゃ綺麗だけど・・・形状が・・・ビジュアルが」
今の説明で、ますますもってよくわからなくなってしまった薫だったが
これが本物の虫ではないという事は理解出来た。
かと言って気持ちのいいものではないけれど・・・
薫は意を決して、光る虫に手を伸ばす。
「ん?」
その中に一際強く輝く、小さな欠片が薫の目を惹きつける。
「なんだろ?これ?」
それをつまみ上げ、空にかざすように見つめる薫。
「虫の夢・・・じゃないよね?」
小さいが、ひときわ強く輝く『それ』は純粋に美しいと思わせるものであった。
「決まったナ・・・次はお前の持ち物を一つ、代わりに与えてやレ」
「へっ?代わりの物?」
「何でもいイ・・・例えば、そのカバンについているアクセサリーの人形とかナ」
マギナ・デンタータの言葉に薫が強く反発する。
「だ、ダメだよ!これは!とっても大事な物・・・って、ああ!?」
「どうしタ?」
慌ててカバンにぶら下げてあった小さなマスコット人形を手に取り確認する薫。
だが、そこに二つあったはずのマスコットの片方の紐が千切れてしまっていて、
一つのマスコットしかなかった。
「無い!無い!マスコットが無い!」
慌てて周囲を見回す薫。
だが周囲にそれらしき物は落ちてはいない。
オタオタと慌てる薫を見かねてマギナ・デンタータが言った。
「何してル、早くしロ!」
「ななのマスコット落としちゃった!」
「??もう一つついているだろウ?そっちを差し出せばいイ」
「だめ!コレもだめ!大事な物なの!メイのマスコット!」
「めんどくさいナ、ならなにか代わりになる物ヲ・・・
ん?ちょっと待テ」
マギナ・デンタータは薫を制しつつ、腰を屈め、夜魔に顔を突きつける。
「・・・なるほどナ」
そして振り返らず言った。
「オイ!もう物を渡す必要はないゾ、
代わりに欲しいのは物じゃないそうダ」
「物じゃない・・・って、まさか、タマシイ、とか!?」
「アホか・・・コイツは『名前』が欲しいんだそうダ」
マギナ・デンタータはゆっくりと上体を起こし振り返る。
「お前に『新たなる名前』をつけて欲しい、そう願ってル」
「名前?」
「ああ、悪い話じゃなイ、むしろ得したと言ってもイイ」
「イヤイヤイヤ、いきなり名前つけろとか言われても、そんなん思いつかないんですけど」
斜め上の要求が次々と飛び出し、薫はますます混乱する。
「思いつきでイイ、自分のインスピレーションに従エ」
「インスピレーション、ねぇ・・・」
「だが気をつけロ、調子こいて精霊にふざけた名前をつけテ
後で文字通り『死ぬほど後悔した』なんて事例もあるからナ」
「ちょ、」
涙目になりながら抗議する薫。
「ちょっと~~~プレッシャーかけないでよ~~~」
マギナ・デンタータがにやりと笑う。
それを見た薫は密かに
「この、腹黒おちゃめさんめ!」
と悪態を付いた。
取り敢えずなにか考えなきゃ・・・
懸命に名前を考える薫だったが焦れば焦るほど頭の中が真っ白になってしまう。
名前・・・名前・・・どうしよう、ホント何にも出てこない!
「ンも~!ど~すりゃい~のよ~!」
薫が思わず声を上げた時、夜魔の体が大きく揺れた。
「それダ」
「おお!?なに!?」
「どうやら、今の言葉の響きが入ったらしイ」
「マジすか!?」
「何度かゆっくり繰り返してみロ」
「えっと・・・んも~どーすりゃい~のよ~・・・?」
再び夜魔の体が揺れる。
「続けロ」
「んも~ど~すりゃい~のよ~
んも~ど~すりゃ・・・」
マギナ・デンタータは、夜魔の様子を見ながらポイントを絞り込み
夜魔が反応する『音』を特定する。
「んも~ど・・・」
「そこダ」
「え?『んも~ど』?『んも~ど』がいいの?」
さらに大きく体を揺らして夜魔が意思表示する。
「ええ~~~・・・それだと、なんだかあんまりにもあんまりな感じじゃない?・・・
待って、ちょっとひねって・・・
もんど・・・『モンド』でどう!?」
途端に夜魔の体が淡く点滅し始める。
「おっ!気に入ったみたい?」
「決まったナ・・・私がサポートする、まずは手を頭の上に置ケ」
「こう?」
自らの頭の上に手を置く薫。
何故か足までガニ股になってしまっているのがご愛嬌だ。
「そうきたカ・・・夜魔の頭の上に、ダ」
「え?あ、ああ、そうだよね、うん」
薫は少し照れつつ、
恐る恐る夜魔に手を伸ばす。
「・・・噛んだり、しないよね?ね?」
「ねーヨ、いいから早くしロ」
「ほんとね?信じてるからね!ね!」
念を押し、マギナ・デンタータを振り返りながら夜魔の頭の上に手を置く薫。
この時マギナ・デンタータは、ワッと声を発し薫を脅かしたい衝動に駆られたが
その思いをぐっとこらえて言った。
「今から言う事を繰り返セ」
薫がコクンと頷くと、次いでマギナ・デンタータが言葉を発し、
さらに薫がそれに続いた。
「『我が真名において命名する、汝の名は・・・』」
「我が真名において命名する、汝の名は・・・」
マギナ・デンタータが頷くのを見て察した薫が
最後に大きな声で叫ぶ。
「モンド!」
そのとたん、夜魔の体の表面が波打ち始め、
何も無く、目だけがらんらんと光っていた『顔』に真一文字に亀裂が走る。
亀裂はぬちゃっと糸を引きながら開くと、そこに綺麗に生えそろった歯が現れる。
「ひっ!?やっぱ、噛む!?」
驚き、手を引く薫。
その間にも夜魔の変化はとまらずに
鼻、耳等が次々に形成されていった。
「あれ?コレって・・・」
変化を終えた夜魔の顔、それは
「わ、私の顔!?」
それは、日笠薫に瓜二つの顔であった。
次に、夜魔の変化は体にも及んでいき
丸みのある少女の上半身を形作る。
やがて変化は収まり、
上半身は少女で下半身が蛇体となった夜魔『モンド』が
薫にニッコリと笑いかけた。
「この姿は・・・いったいぜんたい何故に?」
「ん?ああ、途中で手を離したからなナ、
足までは出来なかったんだろウ」
「な、なにがなんだか?」
「ひとまずは完了だナ、なにか命令してみロ」
「私が?」
「ああ、真名支配したわけじゃないから絶対命令は下せないガ、まず逆らうことは無イ」
「ん、んじゃあ、やってみる・・・コホン
え~っと、私達をこの空間から出して!」
夜魔モンドが命令に従い、周囲の異形に指示すると
異形たちは瞬時に整列し、二つの隊列を形成する。
すると隊列の間の空間から光が漏れ出しやがて人が通れるほどの亀裂となった。
「ヨシ、いくゾ」
歩き出したマギナ・デンタータの後について薫が歩き出す。
だが、そのあとに着いて夜魔モンド達もぞろぞろと付いてくるのだった。
「え!?なんでついてくるの!?」
マギナ・デンタータが少し考えた後、口を開く。
「オマエ、『私達を』と命令したろウ、だから自分たち『眷属』も含むと思っているんダ」
「眷属?」
「『モンド』はオマエに名前をもらい、オマエの眷属となっタ、
さらにモンドはここいらの夜魔の長ダ。
つまり、ここいら一帯の夜魔は間接的にオマエの眷属になったと言えル」
「ええ?つまり私はこの子たちのボスになったってこと!?」
「そうダ」
「ええええええ!?そ、そういうことは先に言ってもらわないと!私困るし!」
「きにするナ、現界では普通の奴には見えんから問題なイ・・・
オマエは『眷属』となったから例外だがナ」」
「いやいやいや!気にするでしょ!」
「便利だゾ、魔力行使の際、力にもなってくれル」
「魔力行使とか言われても私魔法使いじゃないし、なる予定もないし!」
「そうなのか?てっきり、マギステル・マギウスのじいさんの弟子にでもなるものと思っていたガ・・・」
力いっぱい否定する薫。
「イヤイヤイヤ、ってかさっきも言ってたけどマギステル・マギウスって誰?」
「ン・・・?ああ、オマエがチンポ蹴り上げた相手、マグナ・マグスのじいさんの事ダ」
「ああ!いや、あれは私じゃなくってななが・・・って、チ・・・とか、
もっとオブラートに包んで言いなさいよ!」
「オブラート・・・?」
マギナ・デンタータの怪訝そうな表情を見てハッと何かに気づく薫。
「!いや!下ネタじゃないからね!包むとか、そういうんじゃないからね!」
ますます不思議そうになるマギナ・デンタータの表情を見た薫が誤魔化すように遮った。
「とにかく!私は魔法使いの弟子になるとか、そういうのないから!」
「どうでもいい、オマエのことだ、オマエの好きにしロ」
なにか言われるかと思ったが、案外ドライな反応に調子が狂う薫だったが
気を取り直し夜魔モンドに命令する。
「え~っと、取り敢えずモンド達はついてきちゃダメ!ここから出るのはデンタータと私だけ!OK?」
頷くモンドをおいて再び歩き出すマギナ・デンタータと薫。
「あ!」
突然、何かを思い出した薫が立ち止まり振り返ると言った。
「あと、おっぱ・・・胸は隠して!コレ最優先事項だかんね!」
薫の命令に頷いたモンドが両手のひらで二つの乳房を包むように隠した。
「手ブラ・・・いや、それもなんかやらしいっていうか・・・
ああ!もう!ちょっと待ってて・・・」
薫はゴソゴソと動くと自分が付けていたブラジャーを取り外し
服の裾から器用に取り出した。
「取り敢えずコレを付けて・・・」
自らに取り付けられたブラジャーをキョトンとした表情で見ていた夜魔モンドだったが
すぐに満面の笑みを浮かべて嬉しがる。
「ああ!なんだかこれもいけない気がする!」
打つ手無しとなった薫はヘタリこんでしまった。
それを見ていたマギナ・デンタータが呆れた声で言った。
「取り敢えずそれで我慢しロ、さあ!行くゾ!」




