第三話 穢れた魔法 その5
月の光も届かぬ薄暗い路地裏を歩く、ひとつの人影があった。
それは幼児のごとき大きさで、体には金属的な光沢を放つ鎧をまとい
手には小さな戦棍を握っていて
頭部はアンバランスな大きさの、鉄の兜で覆われている。
規則正しい様で歩くその姿を目撃した者は、鎧を着た小さな子供だと思うかもしれない。
だが、その姿を見る者はいない。
いや、見えないのだ。
普通の人間には見ることの出来ない、この小さな騎士こそ
魔法集団『魔女会』所属の魔法少女、愛染キズナ=リボル・リボーンの使い魔
『リボンの歩兵』であった。
キズナの命令により周囲を巡回していたポーンの耳に、
人のうめき声のような物音がかすかに聞こえると
ポーンは踵を返し物音がしたと思われる方へと走っていく。
そしてたどり着いた場所、
そこは先程、ポーンが二人の『はぐれ』魔法使いを確認した場所であった。
彼らは気づかれたとは思っていなかったようだが
ポーンは既に『はぐれ』の魔法使い『スター・トラップ』と『ブービー・トラップ』の魔名や
『トラップ一家』の詳細まで把握し、キズナに報告も終えていたのだった。
彼等の実力や背景から、なないろに危害を加えることはないと判断し放置していたのだが、
何やら様子がおかしい・・・
ポーンは物音ひとつ立てず、慎重に彼らが潜む物陰に近づく。
忍び寄るポーンの目に、うめき声を上げるふたつの奇妙な箱が飛び込んできたその時、
傍らでカツンと音が響た。
ピクっとそれに反応したポーンが音のした方向を見た途端、
目の前に長身で手足の長い、細身の女が現れる。
女は一瞬の間にポーンの額に指を当てると
「ニャ~」
と一声上げた。
その声を聞いたポーンは一瞬考えた後、
「・・・・・・ネコ・・・・・・」
と呟き動きを止め、右に左にとフラフラ揺れる。
女はポーンの頭頂部を掴むとグイと捻った。
するとポーンはそのままコマのようにクルクルと回転する。
女は回り続けるポーンの頭を軽くポコンと叩くと、
ポーンは女に背を向けた状態でピタリと止まり、
「・・・・・・以上ナシ・・・・・・」
と呟き、
再び歩き始め、そのまま闇の中へと消えていった。
それを見届けたように太った肥満体型の女が、細身の女に語りかける。
「終ワッタ?」
「ぬかりなく・・・そっちは?」
肥満女は、
うめき声を上げる奇妙な箱、
それは魔法によって肉の箱ヒューマン・キューブにされた魔法使い『スター・トラップ』と『ブービー・トラップ』なのだが
それにドスンと腰掛けると、箱はみるみると縮み始め
大きな尻の下敷きとなり隠れてしまう。
肥満女がゆっくりと立ち上がると
そこには手のひらに乗るほどに小さく圧縮されたひとつの箱があった。
「アレレ?」
肥満女が不思議そうに、もう一つあるはずの箱を探しキョロキョロと辺りを見回す。
ふと違和感に気づいた肥満女が、スカートの下のお尻に手を伸ばすと
尻肉に挟まれた、もうひとつの箱を発見する。
「ン~?」
すっとぼけた様子で箱を手にする肥満女。
痩せ女がその様を少しあきれた顔で眺め、ため息をつく。
「ハイ、終了」
手にした小さな箱を弄びながら答える肥満女。
それを見届けたかのように別の方角から少女の声が響き渡った。
「準備は整ったようだな?」
突然、暗闇から響き渡った声に、痩せ女と肥満女がスっと体を引くと
闇を割り、中からひとりの美少女が現れる。
つばのひろいトンガリ帽子をかぶり、
肩からは、豪華な金の刺繍の施されたローブを纏った、
『魔女会』の正装に似た出で立ちの美少女。
それは、暗黒魔術結社『暗い日曜日』の錬金術師『ドクター・ダーク・ドーン』に寄生され
行方をくらましていた魔法少女『スプリング・スマイル』ことジーナ・マカラその人であった。
以前とは打って変わって大きくなった胸の中央には、
小さな不気味な男の顔のレリーフがついている。
肥満女が進み出てジーナ・マカラに『ヒューマン・キューブ』を手渡しながら言った。
「ココハ片付イタケド、周囲ニマダ『はぐれ』ガ二人ホド残ッテルヨ~?」
「問題無い、捨てておけ。逆にいい目くらましになるだろう」
キューブを受け取ったジーナは、それをひっくり返したり上にかざしたり
値踏みするように眺める。
「『トラップ一家』とかいったか・・・ゴミめ!」
吐き捨てるように言うジーナ。
「だがまあ、いいだろう」
ジーナが手を軽く前に差し出すと、その手のひらに小さな穴が生じ
その穴を押し開き、真鍮のような光沢を放つ長い刺が伸びる。
伸びた刺をヒューマン・キューブに突き刺すジーナ。
粘液を滴らせ、穴からズルリと抜け落ちる刺。
すると刺の後部がガバッと開き、中から小さな虫の足のようなものが現れる。
刺はその足を使い、そのままヒューマンキューブに潜り込んでいくと
キューブと一体化し、表面に奇妙な文様を浮かび上がらせる。
「フフフフフヒ、これぞ我が新たなる能力『魔芯虫』だ!」
それを見ていた肥満女は、ジーナ、いやドクター・ダーク・ドーンに対し
軽蔑の表情を隠そうともせず、めんどくさそうに続ける。
「ダケド、コノ後『はぐれ』ガ、マタ増エナイトモ限ラナイト思ウンダケド~?」
「問題ないと言っている!!」
ジーナの胸のレリーフの顔が怒りに変わり怒鳴りつける。
そう、これはただのレリーフではない。
ドクター・ダーク・ドーンの顔そのものであったのだ。
イラついたドクター・ダーク・ドーンはさらにまくし立てる。
「それから、アンジェラ・・・
その口調、フレンドリーでいいかな?とも思って不問にしていたが
少々私に対する侮蔑を含んでいるように思える・・・
これからは私に対しては敬語を使え。
勿論、尊敬の念を込めてだ、いいな?我が真名において命令する!」
するとアンジェラの体に一瞬、光の文字列が走り
痙攣するかのような素振りを見せた。
ダーク・ドーン=ジーナは、手にしたキューブをアンジェラと呼ばれた女に投げ返す。
投げ返されたキューブを受け取ったアンジェラは打って変わった態度で恭しく姿勢を正し答えた。
「・・・御意ニゴザイマスデス」
改まったその態度ににニヤリ、とほくそ笑むドクター・ダーク・ドーン。
「そのキューブはゴミだが、貴様の手駒にでもしろ」
アンジェラはキューブを自分の豊満な胸の谷間に押し込める。
「だが準備は整った。
後は貴様ら、ユニベルサリスらに気づかれないように散開、待機しろ」
「はっ!」
途端に風のような速さで周囲に飛び去る魔法使い達。
そうして、全ての確認を終えたドクター・ダーク・ドーンは高らかに宣言する。
「決行は今夜!午前二時!その時より我が覇道の新たなる歴史が刻まれるのだッ!!」
虹乃家のリビングでは
一人残った魔法少女、恋華憩が雑誌をペラペラとめくり眺めている。
ぼーっとくつろぎ、リラックスしているように見えるが
その実、精神を研ぎ澄まし、この家の、なないろと薫を守っているのだ。
そして、なないろの部屋では
虹乃なないろと日笠薫が軽く一風呂浴びた後、
ひとつのベッドに横になり雑談を交わしていた。
「みんないい人達でよかったね」
「うん、すぐに仲良くなれたし、これからももっと仲良くなりたいな」
「ななの場合『特にミコトさん』と仲良くなりたい、じゃないの~?」
「もう!薫ちゃんったら!」
「なははは!ごめんごめん」
「薫ちゃんはキズナさんとすごく気が合うみたいだね」
「うん!キズナとはなんだか初めて会ったような気がしないし。
雑誌とかで知っていたからかな?」
「ふふ、二人共なんだか似てるし」
「おっ、それは私もモデル級の美少女ってことですかな?」
「そうじゃなくて、なんていうんだろ、雰囲気?みたいなのが・・・
あ、勿論、薫ちゃんは美少女だけどね!」
「ナハハ、面と向かって言われるとてれてしまいますなぁ~」
「フフフフ」
笑い合い見つめ合う二人。
「・・・・・・」
「?どしたん?」
急に押し黙ったなないろを不思議に思った薫が問いかけると
なないろは真剣な面持ちで話を切り出した。
「みんな、私達を守る為に頑張ってくれてるんだよね・・・」
「うん」
「クロシロウさんや操ちゃんはそのために怪我をしてまで・・・」
「・・・うん」
「やっぱり私、自分の身を自分で守れるようになれないかな?」
なないろが、先ほどの皆との雑談でも提案した話を再び持ち出す。
だがそれは既に否定されていた方法。
「それは簡単なことじゃないってクロシロウさんも言ってたじゃない、
『ななの場合は魔法使いになったとは言っても、魔力器官を強制的に開かれただけで
本当の意味での魔法使いになったわけじゃないから今はまだ自分の意志では魔法を使う事が出来ない』
って」
「今は、でしょう?私も魔法の使い方を覚えたら・・・」
「ダメ!絶対!」
薫は少し言葉を強めて言い聞かせる。
「自分の身は自分で守るって、それはななが悪い魔法使いと戦うってことでしょ?
私は、ななにそんな危険なことさせたくない」
薫はためらいがちに続ける。
「あと・・・こういう言い方はひどいかもしれないけど・・・
私らは彼等の争いに巻き込まれただけなんだよ・・・」
薫の言葉の後に重苦しい沈黙が訪れる。
寝返りをうち、なないろに背中を向けながら薫が言った。
「ごめん、そろそろ寝よう?・・・・・・おやすみ」
「うん・・・おやすみ・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・薫ちゃん?」
「ん?」
「明日、操ちゃんと仲直りしてね」
「・・・・・・うん」
虹乃なないろと日笠薫、
それぞれの思いを胸に夜は更けていく・・・
深夜の公園に設置された時計の針が午前2時を指し示す。
その時、夜の街を警戒するミコトは微かに空気が変わったのを捉えた。
地面を蹴り、魔法使いの能力で手近かなビルに飛び上がると
声を殺し、じっと周囲に目を凝らす。
眠りについた街の、だが微かに灯る明かりを一瞬遮り何かが動き出す。
「動いた!!」
街のいたるところで、静かに、確実に、迅速に、虹乃家に向かって高速で移動する物体がある!
「五人!一気に攻めるつもりか!!」
それは、なないろ確保のため、眠る夜の街を進撃する『暗い日曜日』の五人の魔法使い達。
ミコトがひときわ高く跳躍し、すぐにその後を追い始めると、
呼応するかのようにキズナとクロシロウも
宙を舞い、地を駆けながら魔法使い追跡に動き出す。
さらに街に展開していた愛染キズナ=リボル・リボーンの使い魔
『リボンの歩兵」が4体、
なないろを狙う魔法使い追撃に加わった。
ミコト達は、魔法使い達を追いつつ、その範囲を徐々に狭め『暗い日曜日』を追いこむ。
闇の小道を駆け抜け、そびえ立つビルを飛び越し
ミコトがついに『暗い日曜日』を静かな路地裏へと追い詰めた。
地面に着地する影とミコト。
ミコトの前に立つ影はゆっくりと振り返る。
振り返ったその少女は
学校の制服だと思われるブレザーにミニスカート、
足にはダブついたいたソックスに黒のローファーを履いていた。
髪を金髪に染め、薄く化粧をしたその少女は
綺麗に磨き整えられカラフルに彩られた指の爪を眺めながら口を開く。
「や~っぱ、あなたが最初に追いついたねぇ、ユニ?」
振り向いた者はミコトも見覚えがある『魔女会』所属の魔法少女
灯祭マトイであった。
そしてキズナにおわれていた肥満体の女がその場に現れ
クロシロウに追われていた、細身の女、
ポーン達に追われていた、フードを深く被ったふたりの女も同様にそこに現れた。
彼女らもまた『魔女会』所属の魔法少女
アンジェラ、ワトク、フードを被った二人はミルイとコノハであろう。
いずれも今やドクター・ダーク・ドーンに支配されてしまった少女たちであった。
「これは・・・」
追いついて現れたキズナが息を呑む。
同様に追いついたクロシロウが鋭い視線で周囲を見渡す。
「追い詰めた、というより私達がおびき寄せられたってところかしら?」
静寂の中、間合いを図りながら対峙する魔法少女達。
キズナの意思を感じ取り、ポーン達もじりじりと皆を取り囲むように展開する。
すると突然、周囲に怪しげな陽炎が立ち込め、景色が揺らいだかと思うと
魔法使い達を中心に周りの空間が異様な景色に一変した。
空は灰色に染まり、絵画のような幾何学的な模様が踊り
荒涼とした大地にはモザイクタイルが奇怪な図形が描き出す。
立ち並ぶ捻くれたオブジェが不気味に笑う・・・
これこそ、通常空間を塗り替える力。
使用者の心象風景に彩られた魔法使いのテリトリー、
力の及ぶ絶対的空間にして魔法使いの戦闘空間
空間を支配する力、魔法使いの『世界』
『結界』が空間を切り取る技だとしたら
魔法使いの『世界』はまさに世界を塗り替える力なのだ。
『世界』を展開させたのは『暗い日曜日』の魔法使い達。
だがミコトもキズナもこの『世界』の異質さに確信する。
この『世界』からは本来のミルイもマトイもアンジェラもワトクもコノハも感じられない・・・
歪で異様で異常な『世界』これは『自己』を失った『真名支配』された者の特徴だと。
彼女らがさらに力を振るおうとする中
ユニベルサリスとリボル・リボーンが意識を集中する。
すると今度は二人を中心に、光に満ち溢れた清浄な空間が広がっていった。
『暗い日曜日』達に対抗しユニベルサリス達も『世界』を展開させたのだ。
広がり続ける両陣営の『世界』は溶けた飴のように混じり合い
さらに様相を変えていく。
拮抗する力は周囲を覆い尽くし、その場に新たな異空間を形成する。
そうして混じりあい固定された両陣営の『世界』
そこを舞台に、ついに魔法使い同士の戦いが始まろうとしていた。




