第一話 その魔名ソルキュート その2
これは、ひょんなことから魔法使いたちの女王候補となってしまった少女『虹乃なないろ』が
様々な魔法使いと出会い成長していく物語。
不思議な少年、ユニベルサリスとの出会い、親友たちとの変わらぬ日常。
でも、
なないろの窺い知らぬところで彼女を取り巻く世界は何やら少しづつ変わり始めているようで・・・
私立名真学園
虹乃なないろとその友人たちが通う、
広い敷地内に豊かな運動施設を誇る
自由な校風と育成方針をモットーとする学校。
初等部、中等部、高等部に分かれており
なないろは中等部に通っている。
そして現時刻は生徒たちの憩いの時間、昼休み。
生徒で賑わう校舎屋上
そこに設置されたベンチの一角に腰掛け、食事をする三人の女生徒。
虹乃なないろ、日笠薫と、もう一人
薫とともになないろの親友の東条メイ。
昼休みにはこうして三人で座を囲み食事をする、いつもの光景。
なないろと薫の話を興味深く聞いていた
物腰静かなお嬢様タイプの東条メイが
二人の会話から導き出した答えを切り出した。
「つまり、その王子さまに一目惚れしちゃったワケですね?ななは?」
サラリとした長い髪を、くるくると指で巻きながら
東条メイがズバリと指摘すると
顔を真っ赤にしたなないろが、
ぱっと広げた両手をワタワタと動かし言い訳をする。
「一目ぼれって、そんなんじゃないし!王子様とか…」
照れるなないろをニヤニヤと見ていた日笠薫も続いて指摘する。
「でも朝からず~っとその美少年の話ばっかりだよねぇ。そりゃ王子様って呼びたくもなるわさ」
図星を突かれたたなないろが答えられずオタオタしている。
真っ赤になって困っているなないろは可愛くて
ずっと見ていたいぐらいだけれども
これ以上弄るのもかわいそうだ、と思った薫が違う話題を切り出した
「ところで、ななちゃん?今日はお弁当を食べる手が進まないようだけどダイエットでも?」
ちょっとホッとするなないろ。
「ううん、さっき説明した今朝のにゃんこと約束したの。ヒナと交換って。にゃんこも食べなきゃだし…」
その答えに満面の笑みを浮かべる薫。
「ん~、猫との約束守るって、いい子!この子はいい子だよ~!ほんとに~」
なないろをぐいっと抱きしめて
「よ~しよしよしよしよしよし!この子はねぇ、とっても、いい子なんですねぇ~」
と奇妙な口調で頭をグリグリと撫で回した。
すかさず、メイがツッコミを入れる。
「おやおや、薫さんがムトゥゴロウさんに~」
どうやら何かのモノマネらしい日笠薫の独特のノリにもついていける東条メイ。
目鼻立ちの整った文字通りの美少女で、男子に人気があるメイだが
お笑い好きという意外性も、その理由のひとつかもしれない。
そんなやり取りの中、ふと疑問をもらすメイ。
「でも~人間のお弁当の塩加減だと、猫の体にはよくないんじゃないでしょうか~?」
「あ、聞いたことある!人間の食べ物の塩加減だと猫には濃すぎて良くないって話」
「ほんとに!?でも、そっか、考えてみれば人間よりちっちゃいんだもん、そうだよね……」
二人の話に感心しつつ納得する、なないろ
すると薫が、なないろのお弁当箱に手を伸ばし
ヒョイっと中のタコさんウィンナーをつまむと
「どれ、塩加減を見てしんぜよう」
と口の中へ放り込む。
真剣な表情でそれを見るなないろ。
「ど、どう?」
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」
薫は腕を組みながら真剣な表情で考え込んでしまう。
「それでは私も……」
難しい表情の薫に続いて
メイもなないろのお弁当箱からウィンナーをつまみ
口の中に放り込んだ。
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」
同じように難しい表情で唸り始めるメイに視線を移し問いかけるなないろ。
「ど、どう?」
二人が同時にとぼけた顔で答える。
ようわからん」
「「正直、
よくわかりません」
息の合った二人の答えにズッこけるなないろ。
「んもぉ~~~二人ともぉ~」
「いやいや、ごめんごめん、でも私、重要なことに気づいたんだ……」
深刻な顔をした薫がつぶやき
すかさず鋭い目つきをしたメイが答える。
「私達は、猫にちょうどいい塩加減を知らない、ということですね」
「「たしかに」」
しみじみと納得するなないろと薫。
「これは、あれですよ、コンビニか何かでキャットフード買ってくとかしたほうがいいかも?」
薫が言いかけると、そこへやって来た少女が声をかけてきた。
「あなた達!野良猫にむやみに餌を与えるのはいけないんですのよ?!」
三人が驚いて見上げると
そこには長い金髪を巻き髪にした少女が立ちはだかっていた。
少女の名は光明院蘭。
自信に溢れ勝気そうだが
少しトロンとした目つきに少し厚めの唇が印象的な顔立ち。
そしてなにより人の目を引くのが豊かなバスト。
全体的にぽっちゃり型だが太っているというよりは
豊満といった体型の少女。
東条メイとは違ったタイプだが、
こちらもいかにもお嬢様、といった出で立ちをしている。
その傍らには、これまたいかにも、
といった取り巻きと思われる二人の少女を引き連れて。
日笠薫はあからさまにうんざりした表情を隠さず、
「小学生かよお前は!」
とつぶやき
それを耳にしたなないろが困った顔で薫を見る。
「薫ちゃんたら……」
そんななないろにかまわずに薫は背筋をぴしっと正し言い放つ。
「い~え~!餌ではありません~正当な取引です~ぅ」
ムッとして負けじと言い返す蘭。
「あら~薫さん?ああ言えばこう言う
相変わらずの屁理屈屋さんで・す・こ・と!」
「あ・な・た・の!おかけで鍛えられましたから~!」
一触即発の二人のやりとり。
そんな二人を見てなないろは思う。
「もう……薫ちゃんの方が小学生みたいだよ」
その空気を破りメイがとぼけた声で割って入った。
「ちょうど良かった~、お弁当の塩加減、蘭さんにもみて頂きましょうよ~」
「わ、わたくし!?」
思いもよらぬ提案に戸惑う蘭に考える暇も与えずに、
箸でつまんだウィンナーを差し出すメイ。
「はい、あ~~~ん♡」
実は時折見かけた三人の
こうしたやりとりに憧れてもいた蘭は、
頬をピンクに染めながら、まんざらでもない様子。
「そ、そこまで、言うなら、し、仕方ありませんわね……あ、あ~~~ん♡」
味覚に集中する為に目を閉じた蘭。
照れて顔を赤くしながら恥じらいつつ口を開ける。
ピンク色をしたキレイな舌が緊張からかピクピクと蠢く。
その中へゆっくりと差し込まれていくタコさんウィンナーの赤くテカった頭。
「んっ……ン……」
口腔の粘膜の中にそれを包み込むように、静かに閉じてゆく唇。
その縁にウィンナーの汁がつっと垂れる。
思わず舌でその汁を舐め取ると、
ちょっとはしたないその行為に顔を赤くしつつ
指で口元を隠し噛みしめる。
口の中いっぱいに広がる、濃厚な肉汁の味。
余談ではあるが、日笠薫は後に、この時の事をこう語る
「コイツ、エッッッロい表情しやがんな」と思った、と。
美味しい・・・だがこれが猫にとってちょうど良い塩加減なのか
正直わからない。
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」
目をつぶったまま、しばらく思案していると・・・
「あの……蘭さま?
あの、チャイムがなりましたけど……蘭さま?」
取り巻きに声をかけられ振り返る。
「あの子達、もう行っちゃいましたけど」
「えっ!?」
驚いて周りを見回すが周囲には薫達どころか、
自分たち以外の生徒もいなくなっていた。
唖然とする蘭は取り巻きの目を気にせずに叫ぶ。
「ななな、なんという策士!!
は、はかられましたわ~~~!!」
取り巻きの少女がおずおずと小声でツッコミを入れる。
「い、いやぁ~、どうかなぁ~」
そんな蘭達に突然
一際大きな突風が吹き付ける。
「きゃ~~~!?」
派手に翻った髪とスカートを懸命におさえる蘭と取り巻き達。
乱れた髪を抑えながら悪態をつく蘭。
「もうっ!散っ々ですわっ!」
森林公園を突風が吹き抜けてゆく。
木の上に立つサクーラはその風を体に受け確信したように呟いた。
「風が変わった……!」
再び吹き付ける風の中に、今度は光の粒子のようなものが混じり始める。
その中にかすかに聞こえる規則正しい音。
それはまるで音楽のよう。
「いよいよだな……第一結界は?」
緊張した面持ちのサクーラの問いに答えるジーナ
「問題なしです。既に機能してます」
今、森林公園にいる様々な生き物達は淡い光に包まれスヤスヤとと寝息を立てている。
これがジーナの言う第一結界が機能している証。
「第二結界も順調、いい感じです」
今、この森林公園にはユニ達以外の『一般人』は一人もいない。
これが第二結界の成果。
「でも、驚きです。火山の噴火でもなければ嵐でもない、
こんな穏やかな天気なのに王級が……」
ジーナの問いかけにサクーラがしみじみといった様子で答える。
「まーな。前例もないことだし、信じない奴がいるのも無理ないさ。
だが答えはすぐに出る。いや、『もう出てる』かな?」
空を仰ぐサクーラ。
そしてジーナはコクリと頷いた。
森林公園の中心あたりで
ひとり、ユニが集中し意識を広げると
かすかに空気が振動し始めている事に気づく。
呼応して不思議な音色も大きくなり始める。
ほんの微弱な、常人ならば気づかないであろう振動は
徐々に強さを増していく。
それはまるで鼓動のようにゆらぎ
やがて大地を震わすまでに大きくなっていった。
その振動がサクーラの立つ木々も揺らし始め
木の葉が舞い落ち始めたかと思うと
突如としてピタリとやんだ。
ピシャーーーーーーーーーーーン!!
静けさを破るように鋭い金属音が鳴り響く。
あたりは一瞬にして夕闇の如き暗さに包まれ
空には流星が降り注ぎ周囲を不可思議な色が染め上げていく。
すると風の中に舞っていた光の粒子が寄り固まって
小さな人のような姿をとり始める。
再び鳴り始める音色。
今度はさらにはっきりとした旋律で不思議な音楽を奏でていた。
一体、二体と数を増していく光の人型はやがて無数の集団となり
規則正しく舞い踊るかのように動き回る。
「繋がった!!」
ユニが叫ぶと同時に周囲の木々から、
花から、大地から、池から、
そして空からも無数の光が飛び出してきた。
それらはあるものは人のような形を、
あるものは馬のような形を、
あるものはコウモリのような形を
象の、虎の、三葉虫の、
ありとあらゆる存在の形をとる。
が、そのどれもが現実とは違う特徴を見せていた。
それは色、
それは牙、
それは翼で、
何一つ現実と全く同じというものはなかった。
そして一部の者は
龍の、
人魚の、
幽鬼の、
人類が見たこともない形状をしている。
「精霊たちが騒ぎ出したな!」
サクーラが呟く。
今や見渡す限りに広がったそれら。
それらは魔法使い達が『精霊』とよぶ神秘の存在であった。
ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
低く重い怪音が鳴り響くと
周囲に点在する精霊達が一斉に規則正しい動きを開始する。
あるものたちは隊列を組み、
あるものたちは幾何学的な陣形を組み、
あるものたちはさらに踊り狂う。
ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
再び怪音が鳴り響くと精霊たちが一斉にその動きを止めた。
空中で規則正しく静止する精霊たちは
まるでクリスマスツリーの飾り付けのようにも見える。
そして辺りを静寂が包む。
ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
静寂を破り三度、怪音が響き渡る。
ピシーン!!
乾いた金属音が続き、
まるでガラス細工かのように空に光の『亀裂』が生じる。
その時、世界が、ずれた。
光の亀裂は神秘的な図形を描き出しながら周囲に広がっていく。
亀裂は一瞬膨らんだかと思うと、その内側から外に向かい
まるで機械仕掛けの箱の様な動きで展開していった。
空が、空間が、開いた。
開いた空の向こう側に広がる未知の空間、
そこから巨大な筒状の物体が何本も顔を出す。
幾重にも連なるその『筒』はまるで指の様に亀裂に這うと
空間を押し広げ始める。
ゴゴゴゴっと押し広げられた空の向こう側、
様々な色を混ぜ合わせたかのようなその空間から、
何かがヌルリと覗き込んできた。
それは顔、恐ろしく巨大で、恐ろしく美しい顔。
男性のようでもあり女性のようでもある。
雲のような、触手のような、髪の毛ようなものをなびかせ
無音の稲妻と激しい雷光を背負い
風と光と炎を纏い
一点を見つめながら、全てを見渡していた。
圧倒的な存在を前にしたユニが身震いしながら叫ぶ。
「出た!!『王冠持ち』だ!」
ユニの肩に乗る白黒猫の毛がブワっと逆立つ。
ユニの前に広がる異空間。
サクーラの前に広がる空。
ジーナの前に広がる光。
これこそが王、王の中の王。
二千年の眠りから目覚め
新たなる時代の訪れを告げる者。
『王冠持ち』と呼ばれる精霊王の、
神秘の存在の姿であった。