第三話 穢れた魔法 その2
『魔女の家』の応接間では
ミス・ストーン・ラヴァーとユニベルサリスこと命ミコト、そして魔法猫のクロシロウが
テーブルを挟み会談を続けていた。
「5人共、ですか……」
「ええ、消息を断ちました・・・・・・彼らが最後に残した情報から、
驚くべき事ですが、どうやら単独犯のようです」
驚きを隠せないミコトを前に、重々しく答えるミス・ストーン・ラヴァー。
ミコトはしばし考え込んだあと徐ろに口を開く。
「もし全員が『真名支配』されたとなると、マズイですね」
「そうだと仮定して……」
二人の会話に割って入ったクロシロウがひと呼吸おいてさらに続ける。
「『真名支配』された者は他の者を『真名支配』は出来ない、ということは」
クロシロウの言葉にミコトが説明をつなげる。
「そう、ということは、その者はこの短時間に、一人で魔法使い5人の真名を書き換えた、という事」
「……あまり考えたくないことですけれど……
単純に…倒された…ということはないのでしょうか?」
言葉を選んでいるがミス・ストーン・ラヴァーが言う『倒された』とは
『殺された』を意味するだろうことは読み取れる。
「いえ、この状況下で事を起こそうとするなら
倒すより『支配』することのほうがメリットがある・・・・・
単独犯なら尚更『手駒』が欲しいでしょうし」
「ミルイとは今朝、会ったわ。その時は何の変わりもないように見えたけど…でも、
あの時点で既に『支配』されていた可能性もあるわね……」
ため息混じりのクロシロウの補足に、コクリと頷くミコト。
「しかも、彼女達を容易く『支配』したとなると魔力だけでなく相当の技術を持つ者の仕業ですね。
そして、それ程の魔力、技術を持つ者といえば、容疑対象は自ずと限られてくる……」
「ジーナなら出来るわね」
「!」
無慈悲にも言い放たれたクロシロウの言葉に
ミス・ストーン・ラヴァーは驚き、息を呑む。
覚悟はしていた、だが正直考えたくはなかった事態に動揺を隠せない。
だが、さらにミコトは畳み掛けるようにいった。
「そう、そしてジーナなら五人の手の内も熟知している、ということは、
これは、『暗い日曜日』のドクター・ダーク・ドーンの仕業である、
という事で、ほぼ間違いないでしょう」
ミス・ストーン・ラヴァーはソファーの背もたれに体を沈めると
空を仰ぎ、まぶたの上に腕を載せ、深い溜息をついた。
「……コノハ、ミルイ、ワトク、マトイ、アンジェリカ……
迂闊でした……何かあったらすぐに駆けつけるつもりでしたが…」
その瞳は涙で潤んでいるようにも見える。
「もっと慎重になるべきでした…」
ミコトは気を遣いながらも淡々とした口調で言った。
「気にやんでも仕方ありません。
いずれにせよ、今は世界中に散った『王冠持ち』の破片探索に手いっぱいの状況で
こちらが割ける人員は少なかったのですから……」
、
「でも正直、手練の魔法使い5人が敵に回る、とすると……厄介ね」
クロシロウが思案していると
コンコン
とドアをノックする音が響き渡り
ミス・ストーン・ラヴァーが姿勢を正しながらそれに応える。
「どうぞ」
「しつれいしま~す」
ガチャリ、とドアを開けて部屋に入ってきたのは雨宮静流。
部屋を見回してミコトと目が合うと少したじろぎ、
愛想笑いをしながら軽く会釈をする。
「ミス・ストーン・ラヴァー、よろしいですか?」
ミス・ストーン・ラヴァーは静流の問いに静かに立ち上がり近寄る。
静流は小声で今までの経緯を簡潔に説明すると
ミス・ストーン・ラヴァーは頬に手を当て
残念そうな顔をする。
「そうですか……できればここに留まって欲しかったのですが……
ですが彼女たちの意見は何よりも尊重しなくてはなりません。
とりあえず、今日は私がなないろさんの警護にあたるとしましょう」
「いえ、此処への襲撃もありえますので、あなたはここにいてください」
ミス・ストーン・ラヴァーの意見を遮りミコトが言った。
「ですが……」
二人の会話に割って入る静流。
「それなんですが、今夜は憩とキズナがユニベルサリスのサポートに付きたいそうです」
「それは心強い。彼女達が力を貸してくれるのなら千人力です
よろしいですか?ミス・ストーン・ラヴァー?」
「……解りました」
提案を受け入れたミス・ストーン・ラヴァーは、
ひと呼吸つくと、パンっと手を叩き、気持ちを切り替えると
いつもの調子に戻ってにこやかに振り向く。
「では、そうと決まれば、早速準備しましょう~」
種苗田実里によって玄関先へと案内された
虹乃なないろと日笠薫に
小走りで寄って来た恋華憩が手を合わせながら話しかける。
「今日は色々と振り回しちゃってごめんね~」
「いえ、そんなことは…あの、操ちゃんは?」
「まだちょっと拗ねてる」
憩が苦笑いで答える。
「あの子、せっかちだから、常に最短距離を突っ走ろうとするのよねぇ」
「操ちゃん、今日は私を守る為に怪我までしちゃって…
本当にありがとうと、なないろが言っていたと、そう伝えておいてください」
「ええ!つたえておくわ……それと」
憩いはふたつの小さなリボンを取り出す。
「これ、御守り。今日一日だけでもいいから身につけておいて?」
差し出されたリボンを見てなないろは思う。
これは多分、ユニベルサリスの指輪のように、
普通のリボンではなく、何らかの魔法が込められた物なのであろう、と。
なないろと薫が礼を言いながらリボンを受け取ると、案の定
リボンはまるで生きているかのように蠢きだし
スルスルとそれぞれの手首に巻きついた。
「おおう!?なんか、ウネウネと、芋虫みたい……」
「薫ちゃん、想像しちゃうから、その例えはやめて」
「だはは、ごめんごめん」
ニコニコと二人を見つめながら、憩がミコトに念話で語りかける。
(私達も準備出来次第そちらに向かい周辺の警備にあたりますので)
ミコトは憩を見ながらコクリと頷く。
「では、そろそろいきましょうか?」
「あ、はい」
ミコトに促され、なないろと薫がリムジンに乗り込み
それに続いたクマルマルとクロシロウがそれぞれ二人の膝の上に座り込む。
「それでは発車致します」
運転手のセバスチャンは一言かけると、ゆっくりとリムジンを発進させる。
「ななちゃん!かおるちゃん!またね~!」
「うん!またね!みのりちゃん!」
実里が元気いっぱいに手を振ると
なないろと薫も笑顔で手を振り返す。
リムジンは静かに門をくぐると次第に速度を上げ走り続けた。
静かに走るリムジン。
ゆったりとしたその車内で薫が徐ろに口を開く。
「……まあ実際、操の言ってることの方が正しいんだろうけどさ」
「私達は魔法使いのことなんて、まだ全然解っちゃいないし、
操の言うとおりにしてた方がいいんだろうとは思う、けど……」
「ただ流されるままじゃダメだと思うんだよね」
「私達は私達なりに考えて、決めて、行動しないと後悔することになるかもしれない……」
「うん……」
静かに答えるなないろをチラリと見て薫が続ける。
「それに、あそこからだとメイと一緒だった通学路、変わっちゃうでしょ?」
「私も、実はそれが一番気になってた」
「今日の下校時だってななの事すごく心配して、
習い事放り出してでもななと一緒にいるって言ってたのを説得して別行動をとったわけだし……」
「これ以上、メイちゃんに寂しい思い、させたくないよね……」
ブーッ、ブーッ、
なないろのポケットに入っているスマホが振動し着信を告げる。
それを取り出し着信履歴を確認すると、それはなないろの父親からのメールだった。
「あ、パパからメール・・・・・・」
スマホを取り出し操作しているなないろに薫が話しかける。
「そういや、ななのパパさんにはプールでの事、連絡してないんだよね?」
「うん、余計な心配かけたくなかったから・・・」
答えながらメールを確認したなないろの顔色が不安げに変わる。
「・・・パパ、今日残業で帰れないって」
「ありゃりゃ・・・」
なないろの話を聞きながらミコトは何やら考えを巡らす。
「ふむ?すると今夜は、なな一人で家に?」
そして、ふと思いつく。
「いや、これは逆に都合がいいかも・・・」
「「?」」
ミコトが漏らした言葉の意味を考えあぐねた二人が
キョトンとした表情で見守るなか、
そんな二人の表情に気づいたミコトが表情を変えずに言った。
「今夜は僕となな、ふたりっきりなら、つまり人目を気にせずに
つきっきりで警護出来る、ということですから」
一瞬固まるなないろと薫。
「え?え?ちょっと待って、何言ってるかわからないんだけど・・・・・・
ふたりっきり?え?つきっきり??」
「ええ、家族の方がお留守ならば、部屋に泊まり込み
食事の時も、入浴時も、睡眠時も、隙なく、より密接に守りにつけます。
そう言う意味で都合がいいと」
「泊まり込み!?」
「入浴時も!?」
「睡眠時も!?」
「「つきっきり!?」」
驚き声を上げるふたり。
「!?」
そして、なないろは何やら妄想を始めてしまう。
夕食時、なないろがミコトに口を「あ~ん♡」と開けさせ自らの箸で食事を差し込む姿・・・
入浴時、ミコトがなないろの背中を優しく流す姿・・・
そして就寝時、なないろとミコトが仲睦まじくベットに横になる姿・・・
その様子を想像してしまったなないろは顔を真っ赤にして絶句する。
「ちょとまて~~~い!!」
たまらず薫が声を張り上げツッコミを入れると
こんどはミコトがキョトンとした表情をした。
「?何か、問題ですか?」
「いやいやいや、問題ですか?とか、しれっといってるしこの人!
いやいやいや、ダメっしょ!親が留守の女子のとこに男子が泊まり込むとか、
マズイっしょ!ねぇ、なないろさん!?」
焦りすぎて少し口調がおかしくなってしまう薫。
「へ?あ、う、うん、わわわ私たち、お互いのことまだよく知らないし、
どどど同棲とか、まだ早いと思うし、おおおお父さんに相談してみないと」
なないろはなないろで、こちらも慌てすぎではあるが。
「んな事、もし学校にでもバレたら大変なことになるわ!」
薫はさらにたたみかけるように言うが
ミコトは、さも当たり前のように答える。
「?バレなければ問題ないのでは?」
「食い下がるね~この人!
ダメです!問題あります!例え、ななが許したとしても私が許しません!
未成年者の不純異性交遊、ダメ!ゼッタイ!」
「??」
ますますきょとんとするミコト。
その時、薫はある事実に気づく。
ハッ!?ま・・・まさか、この人・・・
ゴゴゴゴゴ、と(薫の中で)不穏な空気が流れる。
この人、天然!!?
常識が!一般人と!ずれている!?
保険室でもななを着替えさせる手伝いをするとか言ってたし、
あの時は考えもしなかったけど・・・だけど今ならはっきりとわかる!
間違いない!この人は!『天然』タイプ!
「なな!」
薫は勢いよくなないろに振り返ると宣言する。
「こうなったら、ますます今日はわたしも、ななのとこ泊まらせてもらうから!!」
「う、うん」
もとより薫は、なないろを一人にはできないと思い、泊まりに行くつもりではあったが
今また新たに決意を確かなものにしたのであった。
そんなやりとりを見ていたクロシロウが言う。
「それなら、キズナと憩も誘ってみたら?
ななの警護に加えて、互の親睦を深めるにもうってつけだし、一石二鳥よ!」
ミコトの方に向き直りクロシロウが続ける。
「さしずめ、魔法少女の女子会といったところね。
そして男子は外でパトロール、と」
それにミコトが答える。
「しかし、大勢でいきなりお邪魔するのは迷惑では?」
先程とは打って変わり常識的な事を言うミコトにつっこむ薫。
「そこはそういう感覚なんだ・・・」
突拍子もないことを突然言ったり、
かと思えば妙に常識的だったりするミコトをまじまじと見つめながら
なんか、しっかりした見た目とは裏腹に、かなり一般的常識にズレがある人なんだなぁ
と薫はあらためて思うのだった。
「あ、でも女子会は結構嬉しいかも?
大勢だと楽しいし、お互いに仲良くなれるきっかけにもなるし!」
ぱぁっと笑顔を見せたなないろの意見にクロシロウが答える。
「憩もキズナも賛成だって!」
「?」
不思議がるなないろにクロシロウが窓の外をちょんちょんと指し示すと
リムジンの横には、いつも間にかバイクが並行して走っており
その後部に座った憩がフルフェイスヘルメットを被った顔をぐっと近づけながら
車内のなないろに柔かに手を振る。
そして、バイクを運転する女性、愛染キズナが前方を見たまま
なないろに向かって指でVサインをした。
バイクに向かって手を振り返すなないろの肩に飛び乗ったクロシロウが嬉しそうに呟く。
「では!これで、きまりね!」




