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第二話 魔法使いの世界 その4

 水の中からなないろを助け出した少年は

なないろをゆっくりと、しかし迅速に床へ下ろす。


そのすぐ後にプールから上がってきた薫は急いで走り寄ってくると

膝をつき、意識を失っているなないろを覗き込み、

必死の形相でその名を叫んだ。


「なな!なな!」


「虹乃さん!?早くAEDを!」


「大丈夫です。みなさん、落ち着いて」


両手に浮き袋を持った気の弱そうな女教師が慌てて自動体外式除細動器を取りに行こうとするが

少年が冷静にそれを制止する。


少年は手馴れた速さで、仰向けに寝かされたなないろの状態を確認し、

呼吸の止まったなないろに対し人口呼吸を開始した。


気道を確保し、鼻をつまみながら自らの唇をなないろの唇に重ね息を吹き込む。

そして唇を離すと、なないろは口から多量の水を吐き出だす。

少年はなないろの顔を横に向け、口の中の水を出させ、呼吸の有無を確認、

二度、三度と人工呼吸を繰り返すと

なないろは激しく咳き込みながら意識を取り戻し、

ゆっくりと目を開き、ぼんやりと目の前の少年の顔をみつめる。


「あ・・・ユニ・・・ベルサリス・・・さん・・・」


まだ判然としない意識の中、周りに目を向けると、

日笠薫が顔を歪め、目に涙を貯めながら自分を見ているのが目に入る。


「かおるちゃん・・・」


「なな!よかったぁ!」


感極まった薫が、崩れるようになないろに抱きつく。

その傍らで、目に涙を貯め震えながら見守っていた東条メイが

緊張の糸が切れたように、へなへなと腰を抜かし倒れそうになったが

雷堂願刃がそれを支えて、ゆっくりと座らせる。


なないろはボーっとしたまま薫に問いかけた。


「薫ちゃん?どうしたの?」


「どうしたのじゃないよ!なな!溺れたんだよ!もう、一時はどうなることかと・・・」


「溺れた・・・」


意識がはっきりしてくるに従って水中での出来事が、じわじわとなないろの脳裏に蘇ってくる。


「わ・・・わたし・・・!」


「怖かった!怖かったよね!なな、もう大丈夫だから!」


再び湧き上がってきた恐怖の感情に体をこわばらせ

ガタガタと震えるなないろを抱き寄せながら

日笠薫が優しく言い聞かせる。


確かに恐ろしい目にはあった・・・

だが、それよりも恐ろしかったのは

あの時、自らの心に湧いた、今までの人生で感じた事などなかった

激しい、いや、激しすぎる感情の爆発・・・まるで自分ではないかのような尊大な感情・・・

それが、なないろをどうしようもなく怯えさせる。


「大丈夫だとは思うけど、一応保健室に連れて行きましょう」


女教師の助言に

制服の少年ユニベルサリスは、光明院蘭が差し出したタオルをなないろに掛け、

手早く両手で抱えて持ち上げる。

いわゆる『お姫様だっこ』という抱え方だ。


歩き出すユニベルサリスの後ろに女教師が続く。


その脇では、床に座り込んだメイを支えながら願刃が優しく問いかける。


「さあ、メイも・・・」


「私は大丈夫です・・・それよりも、ななを・・・」


か細いメイの言葉に、願刃は頷くと薫に告げる。


「メイのことは任せて、薫はななについててやって」


「うん、お願いね願刃・・・蘭子も、協力してやって?」


「判りましたわ。あとのことはお任せ下さいな!」


薫は友人達にその場を任せ、なないろを抱きかかえたユニベルサリスを追う。


その時、はずみでなないろの左手から何かがこぼれ落ちた。

こぼれ落ちたそれは小さく丸い、500円硬貨程の大きさの

煌めくマリンブルーの結晶プレート。

薫はそれを拾い上げると


ななが溺れたのと何か関係があるものかもしれない・・・


そう思い、結晶プレートを握り締めながらユニベルサリスの後ろについて保健室に向かって歩き出した。


だが、その騒ぎの中、一匹の蜘蛛が静かに糸を垂らし、

じっとなないろ達を見つめていた事には誰も気づかない・・・

それはまるで監視カメラのように、

今起こった光景を目に焼き付けると何処へともなく歩き去っていくのだった。



 同じ頃、室内プールから少し離れた校舎の廊下では

怪しげな二人の少女が何やら密談をしていた。


髪をツインテールにまとめ上げた屈託のない笑顔の少女。

小柄な体型に、だぶついた制服、派手な模様のニーソックスが、

幼さをさらに強調している、その少女の脚を蜘蛛が伝い

スカートの中に潜り込む。

蜘蛛は服の下を通り抜け、少女の手に達すると

少女は手のひらの上の蜘蛛をコロコロとあやしながら口を開く。


 「いや、スゴイっすね~、予想以上ッスよ~。『水娘』捕られちゃいましたね。一瞬で」


濡れたようにしっとりと光る黒い長髪が目を引く、すこし大人びた細身の少女がそれに応えた。


「別にいいわよ。雑魚だし。でも様子を見てみて正解だったでしょ?」


「そッスね、あれが昨日までド素人だったなんて思えないッス。

 『王冠持ち』に見初められただけの事はあるって事ッスね!師匠!」


「ユニベルサリスが出てくる前に決められれば良かったんだけど、流石に素早いわね・・・

 これからはもっと慎重にいかないと・・・」


師匠と呼ばれた少女が腕組みをしながら答え、ツインテールの少女をジロリと睨む。


「ところで・・・

 あなた、なに?その格好、サイズが合ってないんじゃないの?!特に胸!」


ツインテールの少女は自分の体型にあっていない制服を引っ張りながら愚痴をこぼす。


「だって師匠、私の制服、用意してくれなかったじゃないッスか

 だからさっき更衣室で失敬してきたんッスよ」


「ルカ!?あんた、あいつらに気づかれたらどうすんのよ!?何の為にこうしてるか、

 理解してる!?」


「ごごご、ごめんなさい!で、でも、あいつらの物には手を付けてないッスよ!

 ほ、ほら!!」


ルカと呼ばれた少女は、ポケットから布を取り出すと両手を使ってパッと広げた。


「見てください!コレ!」


広げられたその布はとても女子中学生が穿く物とは思えない

やたらにセクシーさを強調した下着であった。


「?・・・うわぁ・・・なにそのエッロいパンツ・・・あんたの?」


ドン引きしてる師匠の言葉に、ルカは首を激しく振って力強く否定した。


「違うっス!この制服の持ち主の物ッス!

 ね?あいつらとはサイズとか合わないでしょう?」


「確かに、あいつらがこんなエッロイ下着付けるタマとは思えないけど・・・

 ってかこんな『The・パンティー』って感じの下着、学校に履いてくる奴いるの!?」


「・・・いたんッス・・・『The・パンティー』・・・」


「・・・いたんだ・・・『The・パンティー』・・・」


その内容から魔法使いであろう事が伺い知れる二人の少女が会話していると、

そこへ通りがかった女教師がそれに気づき近づいて来た。


「あなた達!何をやっているの!?授業中でしょう?」


タイトなスカートのオフィス・スーツをピシッと着こなした、

美人ではあるが性格のきつそうな顔をした女教師は

少し怒気を含んだ言葉で二人に声をかける。


「二人とも、名前と学年、クラスを言いなさい!」


師匠と呼ばれている少女は腕を組んだまま気だるそうに毒づく。


「・・・うっざいなぁ・・・」


女教師は、思いもよらぬその言葉に、

今度は明確に怒りを込めて少女の腕をつかもうとする。


「!?ちょと!何ですか!その口の聞き方は!ご両親にも連絡しますからね!さあ!いらっしゃ・・・」


腕を掴まれかかった少女は素早い動きで、

逆に女教師の口に手のひらを押し当てると、指にグっと力を込めて掴む。


「ッ!?」


「う・ざ・い・ん・だ・って!」


少女の行動に、一瞬、驚きの表情を見せた女教師だったが

すぐに気を取り直すと、さらに怒りを顕に少女の手を払おうとする。


「ちょっと!いいかげんに・・・」


「ちょっと!黙ってくださいます?」


少女が女教師の口調を真似しながら、冷笑を含んだ冷たい声で言い放つと

顔を掴んだ腕から黒い靄のような物がジワジワと滲み出してきた。


染み出した黒い靄は、あっという間に黒雲と化し、女教師の口の中へ流れ込むと口を大きく開かせる。

大きく開かれた口は、そのまま閉じることが出来ず、涎が滴り落ちる。

黒雲はさらに頭部周辺にもまとわりつき、理解を超えた現象に女教師は焦り、戸惑うばかり・・・


「ン!?・・・ンン~~~!!」


女教師が雲の猿轡(さるぐつわ)に成す術もなく藻掻(もが)いていると

さらに黒雲から一匹の大きな蜘蛛が這い出し、顔へと近づいてきた。

黒い体に真っ赤な目が恐ろしげな、不気味な印象を醸し出す蜘蛛。


迫り来る不気味な蜘蛛への嫌悪に、女教師は目を見開いて凝視する。

そして、ふと顔の周りの黒雲が微妙に振動している事に気づく。


振動する黒雲、その正体に気づいた時、女教師は戦慄した。


先程までは黒雲だった筈のそれは、いつの間にか

無数に蠢く小さな蜘蛛の大群と化していたのだった。


「~~~!!?」


女教師は声にならない悲鳴を上げると

なりふり構わず、激しく藻掻いて少女の手を振りほどこうとするが

少女の手はガッチリと固定されたかのように微動だにしない。

その間にも、大きな蜘蛛はさらに近づく。


ジワジワと顔に近づく蜘蛛の姿に涙を流しながら怯える女教師。

蜘蛛が顔に触れた瞬間、力いっぱい身をくねらせ、バタバタと足をふるが

無情にも、蜘蛛はその鼻の穴の中に潜り込んでいく・・・


穴の奥にその身をねじ込み侵入していく蜘蛛の感触に

女教師の嫌悪と恐怖は頂点に達っした。


途端に、びくんと大きく仰け反り体を硬直させる女教師。


涙を流し、見開かれた目がグリっと白目を剥くと

女教師のスカートにじわりとシミが浮かび上がり

続いて一筋の水の様な物が太ももを伝い小腿へと流れていく。


恐怖のあまり失禁し意識を失った女教師を片手で持ち上げたまま

少女は、片手で女教師の服を(まさぐ)り、ポケットからパスケースを取り出すと

指で器用に開き身分証明書を確認する。


倉持良子(くらもちよいこ)・・・ふふ、可愛い名前・・・」


それを見ていた、もうひとりの少女、ルカが無邪気に問いかける。


「師匠?コイツ、『支配』しちゃわないんです?」


「ユニベルサリスがいる・・・痕跡はあまり残したくないわ。

 少々記憶を弄ったから、なんとかなるでしょう・・・まあ、少し離れて、見ていなさい」


そう言うと、失禁して失神した女教師を床に座らせ

寄り添うように上体を支えると

少女は耳元で優しくつぶやく。


「先生・・・倉持先生・・・」


「・・・う・・・ん・・・あ、あなたは・・・」


意識を取り戻した女教師に満面の笑顔で答える少女。


「毎度お馴染み、八雲ナルミでぇす!忘れちゃったんですかぁ?」


女教師、倉持良子は、うつろな表情で答える。


「ああ、そうだったわね・・・八雲、さん・・・?」


だが、それを無視するかのように、

ナルミと名乗った少女は目線を倉持良子の下半身に向けて、

呆れるような口調で言った。


「あ~あ、倉持先生、やっちゃいましたね」


「?」


なにか違和感を感じる股間に倉持良子が視線を向けると

自分のスカートに濡れたシミがあるのに気づく。


「え!?こ、これは・・・ち・・・違うの!!」


「何が違うんですぅ?私見ていたんですからぁ・・・

 倉持先生がぁ、みっともなく『お・漏・ら・し』しちゃうとこぉ」


ナルミは倉持良子のスカートのシミを指でなぞると

濡れた指先を自らの鼻先に持っていき匂いを嗅ぐ仕草をした後、

良子の鼻先に突きつけて呟く。


「ほら、これ・・・どう考えても『おしっこ』ですよねぇ・・・」


意地悪そうにニヤニヤと笑みを浮かべるナルミに戸惑う良子。

するとナルミは突然、険しい表情に豹変し声を荒げる。


「大の大人が!教師が!阿呆面こいて!ションベン漏らすなんて!

 生徒達が知ったらどんな反応しますかねぇ!?

 多分、皆がこう噂しますよ!『お漏らし良子ちゃん』って!!」


大げさに、まるで責め立てるように問いかけるナルミに対し

良子は子供のように、今にも泣き出しそうな顔で困惑する。


「あ・・・い、いや・・・こ、これは・・・」


視線が泳ぐ目に涙を貯め、小動物のように怯える良子。

するとナルミは再び豹変、今までの対応とは一転して優しい口調で言い聞かせる。


「安心してください良子先生、私、誰にも言いませんから・・・」


そしてハンカチを取り出すと良子の口を優しく拭う。

コロコロ変わる態度に良子は戸惑い、ナルミを見つめる。


「さぁ、取り敢えず『お漏らしパンツ』を履き替えましょう?私、保健室付き添いますね」


「八雲さん・・・?」


「ナルミでいいですよぉ、よ・い・こ・先生。」


ナルミは立ち上がり、倉持良子の腕をつかみ少し強引に引っ張った。


その勢いで立ち上がった良子がふらつくと

すかさずナルミが体を支える。


「おっと、気をつけてね、良子先生」


「ナルミさん・・・あ、ありがとう・・・」


安堵の言葉を洩らす良子に再び不穏な言葉を投げかけるナルミ。


「でも、保険室に向かう途中で他の生徒に出会いでもしたら

 『お漏らし』がバレちゃって大変な事になりますね!」


「!?ナ、ナルミ・・・さん?」


「ふふ、大丈夫ですよぉ、その時は私が庇って、上手く誤魔化してあげますからぁ」


そう言うとナルミは、良子の腰へゆっくりと手を回し

グっと引き寄せ体を密着させる。

そしてもう片方の手で良い子の腕を取ると指を絡めて呟いた。


「私が守ってあげます・・・だから安心してくださいね!良子さん!」


「ナルミさん・・・ありがとう、ナルミさん!・・・」



二人の後ろから距離を持って着いて来ながら、ルカが『念話』でナルミに語りかけた。


(ほへ~、脅して言うこと聞かせたほうが早くないッスか?)


(馬鹿ね、弱みを握って脅迫して言う事を聞かせるなんて、

 頭の悪い三流ヤクザのやる事よ)


ルカの問いかけに念話で応えたナルミは、さらに説明を続ける。


(いい?ルカ?『脅迫』は脅された人間の中にいずれ反発を生むことになる・・・

 だから、弱みを握ったら、それを利用して自分を『信頼』させるように仕向けなさい。

 脅迫は反抗につながるけど、信頼は依存となる・・・

 利用するにはどちらがリスクが少なくて済むか、あなたにも解るでしょう?)


ナルミの説明に感心するルカ。


(ほへ~、師匠ってあれですね、『ヒモ』になれる才能があるっスね!蜘蛛使いだけに!)


(・・・なに、そのうまい事言った感丸出しのドヤっぷりは・・・まあいいわ、

 少しの間、そこらで時間潰ししていなさい)


(は~い)


ルカは明るく答え踵を返すと、ポケットからパックの豆乳を取り出しストローを差込んで口に含む。


さすが師匠、人を利用するのが上手いや!


そう思いながら、

ふと、こうも思う。


あれ・・・もしかしたら私も利用されてるだけだったりして・・・


でも、まあいっか!

師匠のこと大好きだし!

私がそれでいいんだから、

それでいいんだ!


難しいこと考えると不安になるからやめよう!


ルカは、そう結論づけると

鼻歌を歌い、軽くスキップを踏みながら何処へともなく去っていった。





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