第二話 魔法使いの世界 その3
私立名真学園、
豊富な校内施設の整った学校としても有名な、虹乃なないろとその友人達が通う学校。
その中でも、学園が誇るこの室内プールは学校のプールとしては不釣合なほどの大きさと
様々な設備が整えられていることで知られている。
飛び込み台は勿論、水温の調整や水流を起こす機能もあり、
ここでは名真水泳部が毎日のように練習に励み全国大会でも好成績を残している。
その名真水泳部の期待のホープ、光明院蘭。
そして蘭との水泳勝負で勝利したことのある日笠薫。
二人のクラスは違うのだが
今回は体育の合同授業、水泳の時間とあって、こうして共に授業を受けているのだった。
「蘭子が魔法使い候補ねぇ・・・」
虹乃なないろが説明を終えると日笠薫が腕組しながらしみじみと言った。
ちなみに『蘭子』とは薫が蘭を呼ぶときのあだ名のような物で
ラン・コウミョウイン
略してラン・コ=蘭子、らしい。
噂の本人、光明院蘭は少し離れた場所で雷堂願刃に熱心に話しかけている。
対する願刃は、蘭の猛アピールにタジタジとなっている。
これもいつもの光景ではあるが・・・
「まぁ、あのエキセントリックさは、確かに魔法使いっぽいっちゃ、ぽいですけど・・・」
二人は同時に、魔法使いとなった蘭の姿を想像する。
想像の中の蘭は胸の大きさを強調したフリフリのエプロンドレスを身にまとい
先端にハートのエンブレムが付いたバトンをかざし、セクシーにお尻を振り叫ぶ。
「魔法少女!エキセントリック・ラン!」
その想像に思わず赤面する二人。
「まぁ、その、あれだねぇ・・・」
「あれだねぇ・・・」
「いっそのこと蘭子に打ち明けて、見えても気づかないふりしてもらう?」
薫が提案するが、なないろはブンブンと首を振り強く反対する。
「ダメだよ!もしドクター・ダーク・ドーンに知られたら
蘭ちゃんも狙われちゃうかもしれないよ!?」
「・・・だよねぇ・・・蘭子にしろメイにしろ・・・まきこめないよねぇ・・・」
考え込む二人のもとに東条メイが歩み寄り、告げる。
「薫さん!準備完了ですよ!」
「おっし!今回も勝たせていただきますか!」
「薫ちゃん!頑張って!」
なないろは手を振りながら薫を見送るが
ふと左手の薬指に違和感を感じ、見てみる。
が、特に変わったことはない。
指輪の隙間に何か挟まりでもしたのかな?
そう思ったなないろは指輪をクリッと軽くひねる。
すると指輪はスルリと指を抜けてしまう。
「あっ!!」
途端になないろの左手に『王冠持ち』によって刻まれた文様が浮かび上がる。
そこへ、雷堂願刃が声をかけてきた。
「なな!どうかした?」
「ひゃ!?」
驚いた拍子に指輪を手から落としてしまうなないろ。
床に落ちた指輪はコロコロと転がっていき、
そのままプールの中へ落ちると、吸い込まれるように沈んでいった。
「ああっ!?」
指輪の心配をしつつも
ガンバに見えないように、急いで腕の文様をかばうように隠すなないろ。
「?腕、どうかした?ひねっちゃったとか?」
「いや。この文様はなんというか、なんていうか・・・」
(どう言い訳すればいいの~!?)
腕の文様の言い訳を考えるがどうしても思いつかないでいると
願刃が続けて言う。
「痛いか?大丈夫か?ちょっと見せてみ?」
そう言うとなないろの腕を軽く掴み確認する。
「あっ!」
見られた!
なないろはそう思ったが、
「一応、保健室行くか?」
続く願刃の言葉に、あれ?もしかして・・・そう思ったなないろは
文様の浮かび上がった腕を願刃の目の前にパッとかざし動かしててみせる。
「な、なんでもないから!ほら!全然!なんともないでしょ!?」
「そう?ならいいけど・・・」
文様のことなど一切触れない願刃。
やはり、思った通り『王冠持ち』の文様は見えていないらしい。
訝しがる願刃に蘭がスタート地点付近から蘭が声をかけた。
「雷堂く~ん♡!そろそろスタートの合図、お願いします~」
「おおー!今行くわー!」
「と、言う訳でちょっくら行ってくるわ。」
「あ、うん、気をつけて」
あわてている為、変な受け答えをしてしまうなないろ。
「?気をつけるのは、ななだよ。ボーっとしてるとプールに落ちちゃうぞ!」
願刃はそういうと蘭のもとへと歩いていく。
「指輪自体が普通の人には見えない事は聞いていたけど、コレも普通の人には見えないんだ・・・」
なないろは自身の左腕に刻まれた文様を見ながら呟く。
でも、落とした指輪はどうしよう・・・?
指輪の位置を確認するためにプールを覗き込むが
ゆらゆらと揺れる水面は光を乱反射させ
水上から確認することは到底無理であろう事が解っただけ。
もう薫ちゃんと蘭ちゃんの水泳勝負が始まるし、後で拾おう。
そう思ったなないろは、もう一度プールに目をやる。
水面は先程と変わらずに、ゆらゆらと蠢いている。
が、先ほどとは違う『何か』をなないろは感じ取った。
水中の色が所々違って見える・・・
水中に何かが混じっている?
なないろが、さらに凝視すると突然
水が、
水自体が、
なないろをギロリ!と見つめ返した。
「ひッ!」
息を呑むなないろの前で水がスルスルと伸び上がり
その先端をなないろの顔の前に突きつける。
驚愕の光景になないろは悲鳴も上げられずに硬直したままでいると
伸び上がった水がニヤリと笑った。
その途端、水の中から無数の腕が伸び、なないろの体に蛇の様に巻きつくと
一気に水の中へと引きずり込んだ。
「あ!ななが落ちた!」
なないろを遠くから見ていたクラスメートが声を上げる。
どうやらクラスメート達にはなないろの身に起こった怪異を見ることは出来ないらしい。
「おいおい、なにやってるかな~」
「おっちょこちょいすぎんだろ~」
なないろが引きずり込まれた事を知らないクラスメート達は
重大なことが起こっているとは気づかずに和気藹々となないろが水から出てくるの見守っていた。
一方、水中ではなないろが
懸命に、絡みつく水から逃れようとしているが
水はどんどん奥の方へとなないろを引きずっていく。
身をよじり、体をくねらせても、なお水に絡め取られるなないろ。
その時なないろは見た。
絡みついた水がその勢いを増すと
それはやがて無数の少女の姿へと変わり始めたのを。
「な、なに!?これ!?」
水の様に透明な、しかし確実に存在するその少女達は、皆笑いながらなないろの体に絡みついてくる。
途端に恐怖が全身を貫き、急いで水の中から這い出そうと必死にもがくなないろ。
だが、それらはまるでタンゴダンスでも踊るかの様に、容赦なく、なないろを振り回す。
恐怖に打ち震えるなないろが、あがいても、もがいても
少女らは、なないろから離れようとはしない。
苦しい!
もう息が続かない!
なないろがどんなに抵抗しようとも、彼女たちの体に触れることは出来ずに
無駄に水を掻くだけ。
だが、少女達は数を増し、確実になないろの体にしがみついてくるのだ。
絶望の最中、なないろは耐え切れずに、ついに水を大きく吸い込んでしまう。
息苦しさの中、喉から肺に流れ込む水の冷たさに脳裏に浮かぶ一つの言葉。
死。
死ぬ。
このままでは死ぬ!
いやだ!死にたくない!
思考のすべてが死への恐怖に包まれたその時、
七色の左手に刻まれた『王冠持ち』の文様が激しく発光した!
「お、おい!あれ、おぼれてるんじゃないのか!?」
やっと異変に気づいたクラスメート達が一斉に騒ぎ始める。
「なな!!」
東条メイが叫び声を上げる。
いつの間にか、プールの中央付近にまで引きづられてきたなないろの周囲に沸き立つ大量の泡と波を見た瞬間、
溺れるなないろを助けようと
日笠薫、光明院蘭、雷堂願刃の三人が、ほぼ同時にプールへと飛び込んだ。
超高校級の水泳選手である蘭と、それを上回る実力の持ち主である薫。
二人はあっという間に現場へと泳ぎ着く。
が、
なないろの周辺の、ある一定の距離へ達すると
水が重みを増し、ゼリーの塊のように行く手を阻み、どうしても近づくことができない。
水面から顔を出した薫が叫ぶ。
「ななーーー!!」
「なんなんですの?水の中に、なにかいますわよ!?」
同じように水面に顔を出した蘭の言葉に薫は、ハッと気づく。
蘭は天然の魔法使い候補。
いま、蘭子に、私には見えないモノが見えているとしたら・・・
「くそ!近づけない!?なんでだ!?」
遅れて到達した願刃も水面に顔を出し毒づく。
やはり!精霊!いや、もしかしたらドクター・ダーク・ドーンの仕業!?
「ななーーー!!」
己の無力さに歯噛みしながら日笠薫はなないろの名を叫んだ。
文様が発光した瞬間、なないろの脳裏に様々な感情が去来する。
恐怖。
怒り。
力。
怒り!
誇り。
怒り!!
今まで感じたことのない、抑えようのない怒りがなないろの心を支配する。
『王である私が何故この様な仕打ちを受ければいけないのか!!』
なないろは、怒りに任せ、左手を伸ばすと
水を、水の少女の首を掴んだ。
一転したなないろの様子とその力に、今度は水の少女の表情が恐怖に歪む。
『無礼者!!』
なないろは掴んだ腕に力を込め一気に捻る。
通常の肉体ならば骨も砕けていたであろうその衝撃に
水の少女の首がぐにゃりと潰れ、折れ曲がると
その体に光の亀裂が走る。
光の亀裂は周囲にも広がっていき、他の水の少女達にも伝染し膨れ上がったと思うと
一気に破裂した!
ドーーーーーーーーーーーーーン!
なないろの周囲の水がけたたましい破裂音を響かせ猛烈な水柱を上げる。
その際発生した水圧に押されプールの端へと押し戻される薫、蘭、願刃の三人。
突然の事態にパニックに陥るクラスメート達。
急速に力が抜けていく感覚に襲われ意識が朦朧となり
水の底へと沈んでいくなないろ。
なないろは完全に意識を失う前に
一人の制服姿の少年がプールへと飛び込むのを見た。
少年は、なないろの体を優しく抱きかかえると
そのまま水の中から助け出す。
なないろの意思は、自らを抱きかかえる少年の腕の感触に既視感を感じながら
深い闇の中へと落ちていった・・・




