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男なんていらない

私とあなたの出会い

作者: 柚子胡椒

私が生まれたところは、一軒の民家でした。

私の周りには、私と同じような見た目のものがたくさんいて、とても賑やかでした。


私の父と母は共に温厚で、《いいですか、人の迷惑になってはいけませんよ》と常日頃から私や他のものたちに言って聞かせていました。

人の迷惑、というものがどのようなものかイマイチ分かりませんでしたが、私は幼いながらに清く正しく生きようと両親に誓ったのです。



私が生まれ落ちてから数日が経ち、私の見た目も大分様になってきました。

拙いですが、礼儀作法も身に付けつつあります。

まだまだ出来ないことの方が多いですが、人の迷惑にならないためです、向上心を持って日々精進します。

そんな私を見て、父も母も《これなら大丈夫でしょう》と微笑んでくれました。



ある日、私の家に一人の若い女性が訪れました。

美しく、物腰が柔らかで、とても優しい香りのする女性でした。

彼女は家の者と挨拶と交わすと、腰を下ろすこともなく真っ直ぐ私の元へ歩いてきます。

私の小さな体はゆっくりと持ち上げられ、彼女の温かな腕に抱かれました。

なんて心地よいことか。

私の背中を撫でる細い指は滑らかで、時たま喉の辺りを擽ります。

例えようの無い幸福感に包まれ、体の力が自然と抜けてしまいます。

今の私はきっと、なんとも情けない、恍惚とした笑みを浮かべていることでしょう。


ふと彼女を見上げると、彼女も私にとろけた様な微笑を投げかけていました。

あまりの美しさに一瞬、息をすることを忘れてしまっていました。

私の小さな心臓は胸を突き破らんばかりに暴れ、興奮によって喉が痙攣を起こします。

今なら分かります。私はこの時、彼女に恋をしたのです。

チープな表現をすれば、雷に打たれたような衝撃…とでも言うのでしょうか。

私の内なる何かが、彼女を欲し、その身を捧げろと叫んでいました。



「決めた。この子にするわ」



鈴の音のような澄んだ声で、彼女ははっきりそう言いました。

私は生まれたその日、自分の置かれた環境や自分の運命を悟りました。

いずれ、遠くない未来に両親と絶縁となり、見知らぬ土地で長くない生を全うするのだと。

しかし、これは誤算です。嬉しい誤算です。

彼女の言葉を聞いた私は、感動に打ち震えました。


私は、今日、この時から、彼女の子となったのです。



「私の名前はこのみ。これからよろしくね」


彼女…このみさんは本当に素晴らしい人でした。

私は彼女から『拓』という名前を与えられました。

なんとも人間的で、はじめは違和感を覚えましたが、今となっては自分だけの特別な響きのように感じられます。

嬉しそうに私の名前を呼ぶこのみさんを見るたびに、私はそれ以上に嬉しさが込み上げました。

このみさんはきっと、私のようなものを育てることが初めてだったのでしょう。

四苦八苦しながらも優しく、慈しみをもって育てられた私は、当然のことながら、彼女への愛情を深めていきました。



このみさんは働いていて、毎日たくさんの資料を抱えて帰ってきます。

私を独りにしないよう、片付かない仕事を家に持ち帰ってきているのだと容易に窺えました。

私が、彼女の負担になっているのでしょうか。

私の存在が、彼女をこんなにも苦しめているのでしょうか。

ここに、この幸せに、このまま縋っていてもいいものか、真剣に悩んだこともありました。

しかし、このみさんはいつだって私に美しい笑顔を向けてくれます。


「拓がいるから、私頑張れるよ。うちに来てくれてありがとう」


この方は…どれだけ私の心を捕らえたら気が済むのでしょうか。

私の頭を撫でる手は、いつだって優しい。

私の名前を呼ぶ声は、いつだって澄んでいる。

私を抱き上げる腕、いつだって温かい。

私はもう二度と、彼女から離れるなど愚かな考えすら出来ないのだろうと悟りました。



長い間、私とこのみさんは共に生きました。

私の体も立派な大人となり、このみさんは一段と艶っぽくなりました。

子供の頃に自覚した彼女への恋心。

消えるどころかどんどん溢れてきます。


好きです。

このみさんが、好きです。

何より、誰より、愛しています。

この声があなたに届くことはないけれど、それでも私はあなたを想っています。



ある日、私とこのみさんの家に、私のようなものが増えました。

黒くて無愛想でツンとして、自己主張が強いものでした。

それからしばらくしたまたある日、私とこのみさんと黒いものの家にまた私のようなものが増えました。

今度は白くて怯えてて挙動不審で、それはそれは小さなものでした。

私はこのみさんの負担にならないよう、率先してそれらの世話を買ってでました。

私のようなものが増えたことにより、あなたからの愛を独り占めできなくなってしまったのは残念ですが、あなたが笑ってくれるのならば、私は甘んじて受け入れましょう。


「拓、ありがとう。本当にあなたっていい子ね」


このみさんに誉められる度に、お尻の辺りがムズムズして何でもしたくなります。

このみさんのために私に出来ることは何でもやります。いえ、させてください。

私にあなたへの恩を返させてください。



その日のこのみさんは、いつもに増して美しかったです。

いつもと違う服にいつもと違う髪形。

いつもと同じ優しい香りなのに、手を伸ばすことも躊躇うほど美しく着飾ったこのみさん。


「友達の結婚式なの。私がこんなにめかしこんでもしょうがないってわかってるけどね」


このみさんは何故か憂いを帯びた表情で出かけていきました。

何を不安になるのでしょう。

こんなにも美しいあなたにそんな表情をさせる要因は何なのか。

私にも、黒いものにも白いものにも分かりませんでした。

私たちはただ、ただただ、このみさんに悪い虫がつきませんようにと、祈ることしか出来なかったのです。


そんな私たちの祈りを打ち破って、このみさんは駆け足で帰宅しました。

美しく外出した彼女は、ボロボロに涙を流しながら私の元へ帰ってきました。

私たちは揃って言葉を失いました。

何が起きたのか。

彼女の身に何があったのか。

私はうろたえました。


今まで一緒に暮らしてきた中で、このみさんの静かな涙は何度か見たことがあります。

感動的な映画を見たとき、尊敬していた会社の上司の方が退職されたとき、仕事で失敗してしまったとき…。

このみさんはいつも、静かに涙を流しながら私を抱きしめるのです。

しかし、今日のように崩れるように泣く彼女を私は初めて見ました。

このみさんは、涙が零れる瞳をそのままに私と黒と白を掻き抱くように引き寄せ声を上げました。


「もういい!私にはいらない!男なんていらないの!私には…あなたたちがいてくれたらそれでいいの」


彼女の悲痛な叫びに私まで心を締め付けられ、涙が出てしまいます。

誰に、何を、言われたの。

誰が、何を、言ったの。

私のこのみさんを、泣かせたのは、誰。


このみさんの大きな瞳から溢れ出た涙が私の頭に落ちてきました。

その雫はゆっくりと私の毛を伝い、私の涙と重なります。

ぺろりと舐め取ると、それはしょっぱくて、そのしょっぱさが更に涙を誘いました。


黒と白も、このみさんに抱かれながらどうしようもない不甲斐無さに唇を噛みしめていました。

ぎゅうっと苦しいくらいに抱きしめられながらじっと自分の手を見つめます。



何故、このみさんはこんなにも悲しんでいるのか。



何故、私はその涙を拭うことが出来ないのか。




何故…






何故、私は、猫なのか。




私が人間なら、このみさんを抱きしめることが出来るのに。

私が人間なら、このみさんの涙を拭ってあげることが出来るのに。

私が人間なら、このみさんにありったけの愛を伝えることが出来るのに。

私が人間なら、このみさんに降りかかる全ての悲しみから彼女を守ることが出来るのに。



何故、私は、猫なのか。




私を、人間に。

私を、人間にしてください。

どんな対価だって払います。どんな罰だって受けます。彼女を、このみさんを抱きしめることが出来るのなら、何だって受け入れます。




「あなたが…あなたたちが、人間だったら、いいのに…!!」

「私を…人間に…人間にしてくれ…!!」





ーー

ーーー

ーーーーーーー




「…く…たく…拓ってば」


…ん…。

いけない、私としたことがうたた寝をしてしまっていたみたいです。

なんでしょう。随分昔の夢を見ていましたね。


私の隣で最愛の女性であるこのみさんは、今も出会った時と変わらぬ、いや、それ以上の美しさで私に笑いかけてくれます。

変わらぬ日常に、変わらぬ幸せ。

私はググッと背筋を伸ばしながらソファから起き上がり、ニコニコと微笑むこのみさんに手を差し出します。



この日常で、変わったことが一つだけ。



私の手に重ねられるこのみさんの白く細い手。

そのままふわりと引き寄せれば、彼女は簡単に私の胸に飛び込んできます。

ぎゅっと抱きしめると感じられる彼女の体温は、どんな陽だまりよりも優しくて温かい。



それは…

私が、人間になったということ。




「愛しています、このみさん」


「私とあなたの出会い」をお読みいただき、ありがとうございます。

初投稿にして初シリーズの第一巻です。

後の長編に繋がる一歩として、き…緊張しております……。

猫好きによる猫好きのための猫妄想あるあるを、欲望に忠実に形にしていこうと思うので、、今後ともどうぞよろしゅうお願いいたします。

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