花売りと悪魔
むかしむかし、あるところに、目の見えない女の子がいました。
生まれた時から目の見えなかった女の子でしたが、優しいお父さんと、お母さんに大切に育てられ、生活に困ることはありませんでした。
女の子が杖を持って一人でも歩けるようになった頃、女の子に弟が生まれました。お父さんも、お母さんも、女の子もとても喜び、みんな、みんな、幸せでした。
しかし、その幸せは長くは続きませんでした。
けっして裕福ではないその家では、目の見えない女の子と弟の二人を育てるほどのお金は無かったのです。
お父さんは泣きながら女の子にいいました。
「家ではもうおまえを育ててやることはできない、お前ももうこの町でなら一人で生活していけるだろう」
「ええ大丈夫ですわお父様。私は一人でも生きていけますから、どうかお泣きにならないで」
そうは言ったものの、女の子は一人になって途方にくれました。
なにせ目が見えないのですから、一人で生活していくのはとても難しいことでした。
幸い、町外れの誰も住んでいないぼろ小屋のお陰で住む場所には困りませんでしたが、家を出て数日でお父さんから貰った僅かばかりのお金はパンにかわり、そのパンを食べてしまえば女の子はもう何も食べられないのでした。
困り果てた女の子は悩んで悩んで名案を思いつきました。
目が見えない女の子はかわりによく鼻が利きましたので、いいにおいのする花を売ろうと思いついたのです。
さっそく女の子はお花畑へ向かい、いいにおいのする花をたくさん、たくさん摘みました。そうしてその花を小さな籠に詰めて売り始めました。
女の子の選んだ花はどれも、とてもいいにおいがしたので、そのにおいに惹かれたくさんの人が女の子の前にあつまりました。でも女の子の花は一つも売れません。皆女の子の売っている花を見るとすぐさま通り過ぎてしまうのでした。
女の子の売っている花は確かにいいにおいはするものの、その見た目はあまりよくないものばかりだったのです。
目の見えない女の子にはそれが分からなかったので、なぜ花が売れないのか毎日途方にくれるばかりでした。
そんな日が続いたある夜のことでした。とんとんと小屋の扉を叩く音に女の子は目を覚ましました。
「こんな夜遅くに、いったいどなたでしょうか?」
女の子が問いかけても返事はありません。不思議に思い女の子が扉を開けると何かが小屋の中へと入ってきました。
「挨拶もなく人の家へ上がるなんて、礼儀がなってない人」
女の子がそういってもやはり返事はありません。
「貴方は誰?」
「私はとてもとても恐ろしい悪魔だ」
三度目の質問にようやく悪魔がゆっくり答えました。
「悪魔だなんて、貴方私をからかっているのでしょう?」
「からかってなどおらぬよ。見るがいいこの私の恐ろしい姿を」
悪魔の言うとおり、悪魔の姿は一目見れば誰もが悪魔と認める恐ろしい姿をしていました。頭に生えた立派なとぐろを巻いた角、背中に生えたコウモリのような翼、蛇みたいにしなやかな尻尾、そして一目でそれと分かる全身真っ黒な肌。
しかし目の見えない女の子には、その恐ろしさはまったく伝わりません。
「私は目が見えぬもので、貴方が恐ろしいなどとは到底思えないのです」
悪魔は自分の姿を恐れない女の子に、とてもとても驚いていました。
「……お前は私が恐ろしくないのか?」
「ええ、失礼ですがお顔に触れてもよろしいですか?」
「……ああ」
触れやすいようにと、腰をかがめた悪魔の頭を、女の子の手がゆっくりと這って行きます。
「まぁまぁ! なんて立派な角でしょう! 貴方は本当に悪魔なのですね!」
「そうだ、私は悪魔だ。怖いだろう?」
「いいえ、怖くはありませんわ」
「なぜだ?」
「見えないものを怖がっていては、私は生活できないんですもの」
女の子の、何者も恐れぬその姿に悪魔は深く感心しました。
「なるほど。私を恐れなかった人間はお前が始めてだ。その勇気に免じてお前の寿命と引き換えにどんな願いでも叶えてやろう」
「どんな願いでも叶うのですか?」
「お前の寿命と釣り合うだけの願いなら」
「では、私の目を見えるようにしてください」
女の子の願いに悪魔は困ってしまいました。
「その願いは、お前の寿命では叶える事はできない」
「どんな願いでも叶えて下さるのではなかったの?」
「それ以外の願いなら。どんな願いでも叶えてやろう」
「では、私の売る花がなぜ売れないのかを教えてくださいな」
またまた悪魔は困ってしまいました。こんな簡単な願いでは寿命が貰えないからです。しかしどんな願いでも叶えると言ってしまったので悪魔は仕方なく答えました。
「お前の売る花はにおいはいいが、見た目が悪いのだ」
「花とは見た目も重要なのですね。私はてっきり花とはにおいを楽しむものだと思っていました!」
驚いた女の子は売れ残った花を丁寧に確かめていきますが、目の見えない女の子にはどれが綺麗な花で、どれが見た目の悪い花か判断することができません。
そこで女の子はもうひとつお願いを思いつきました。
「悪魔さん、悪魔さん。明日から私が選んだ花の中から綺麗なお花だけを選んで私の手伝いをしてくださいな」
またもや簡単すぎる願いに悪魔は困ってしまいましたが、やはりどんな願いも叶えると言ってしまったので、悪魔は断ることができませんでした。
「よかろう、私がとびきり綺麗な心奪われるような花を選んでみせよう」
次の日から二人は早速お花畑へと向かいました
女の子がにおいで花を選び、悪魔がその中から綺麗なものだけを選び籠に詰めていきます。そうして暫くすると綺麗でいいにおいのする花で籠は一杯になりました。
「悪魔さん。このお花、全部売り切って見せるから、お家で待っていてください」
「それも、願いか?」
「はい、お願いです。待っていてくださいますか?」
願いとあっては断れない悪魔は、町外れの小屋で女の子が帰ってくるのをじっと待っていました。
そうして夕日が沈む頃に、満面の笑顔を浮かべて女の子が帰ってきました。
「見て悪魔さん、お花全部売れたのよ。お金も沢山だわ。ありがとう、貴方のお陰だわ」
人に初めてありがとう言われた悪魔は、とても不思議な暖かい気持ちになりました。
「さぁ悪魔さん、半分は貴方のものです」
女の子がお金を渡そうとすると悪魔はそれを断りました。
「この姿で金など使えるはずも無い」
そう言われてしまうと女の子も、何も言い返すことができません。
それでも女の子は次の日も、また次の日も、花を売ってはそのお金を悪魔に渡そうとしましたが、悪魔も受けとろうとはしませんでした。
女の子と悪魔の不思議な生活が始まって五日ほどたった頃。いつものように花を売り切って満面の笑顔で帰ってきた女の子を、温かい気持ちで迎えた悪魔は驚きました。
「さぁ悪魔さん、今日こそは受け取ってくださいな」
そういって女の子が差し出したお金の中に、硬貨と同じくらいの大きさの平べったい石ころや紙幣と同じ大きさの紙が何個も、何枚も紛れていたのです。
悪魔はそれがどういうことなのかすぐに分かりました。女の子の目が見えないのをいいことに花を買った客が偽物のお金を渡したのです。
悪魔はとても怒りましたが、自分がなぜ怒っているのか分かりませんでした。
ただ悪魔に分かるのは、この偽物のお金で女の子が買い物をしようとすれば酷い目にあってしまうということだけでしたので、
「欲しいものができた、だからこれだけ貰う」
そういって女の子の手の中から偽物のお金だけを貰いました。
女の子は受け取ってもらえないと思っていたので凄く驚いた後、とてもとても喜びました。
「ようやく受け取ってくださいましたね。もしそのお姿で買い物にいけないようでしたら、私が変わりに行って来ましょう」
「いや、構わん」
その夜悪魔は女の子に見つからないように偽物のお金を小屋の外へと埋めてしまいました。
それからというもの、女の子が持ち帰るお金には毎日偽物のお金が混ざるようになりました。それどころか、その量は毎日、毎日増えていき、悪魔が女の子から貰う偽物のお金の量も増えていきました。
「今日はこれだけ貰うぞ」
そう言って悪魔が女の子からお金を受け取ると、女の子は手元に残ったお金の量に寂しそうな顔をしました。その顔を見て悪魔は胸がとても痛くなりました。何処も怪我をしていないのにとてもとても胸が痛むのです。
「文句があるのなら私はもうお前の手伝いをやめてもいいのだぞ」
悪魔が心にもないことをいうと、女の子は慌てて悪魔に頭を下げました。
「ごめんなさい。悪魔さんに不満があるわけではないのです。それどころか悪魔さんには毎日感謝しているのです。いくら感謝しても足りないくらいだと思っているのです」
悪魔の痛んでいた胸が、今度はまたあの不思議な暖かさに満たされました。
「悪魔に感謝するなど、お前は変わり者の人間だ」
「人間に感謝される悪魔さんも、変わった悪魔だと思います」
そう言って笑った女の子の顔をみて悪魔は、もっとその顔を見ていたいと思いました。
夜になって、いつものように小屋の外に偽物のお金を埋めながら、悪魔はどうすれば女の子がちゃんとしたお金を受け取れるかを考えていました。
自分が隣に居れば偽物のお金を支払った人間をすぐに懲らしめることが出来ると悪魔は考えましたが、すぐにそれは無理だと思いなおしました。
自分のことを恐れない女の子と一緒にいたせいで忘れていましたが、悪魔は恐ろしい姿をしているので普通の人は絶対に近づいてきません。
見張ってくれる人を探すよう女の子にすすめてみようかとも思いましたが、女の子の目が見えないのをいいことに、騙すような人間が沢山いることを思い出し、この考えも却下しました。
悪魔はたくさん、たくさん考えました。
女の子のためにたくさん考えました。
そうして、一つだけ、とてもいい案が思い浮かびました。
悪魔は自分の寿命を全て使って、女の子の目がなおるように願いました。
悪魔は自分のことを恐れない女の子のことを、好きになっていたのです。
だからその決断に、迷いはありませんでした。
次の日、女の子が目覚めると、そこには初めてみる世界が広がっていました。
最初こそ女の子は戸惑っていましたが、すぐにその世界に慣れると悪魔の姿を探しました。
「悪魔さん、悪魔さん! 私、目が見えるようになったわ!」
女の子の言葉に答える悪魔はいません。
「どうしたの悪魔さん? どこに行ってしまったの?」
女の子がいくら小屋の中を探しても悪魔の姿はどこにもありません。
不思議に思い、女の子は外に出たところで一枚の紙切れが落ちているのを見つけました。
文字など読んだことがあるはずもない女の子でしたが、なぜかその紙に書かれた文字をすんなりと読むことができました。
『金の支払いに不満があるようなので、手伝いを辞めさせてもらう』
紙にはたったそれだけのことが書いてありました。
女の子はその短い手紙を読んで、すぐに自分の目が見えるようになった理由に気付いてしまいました。
そうして悪魔がどうして消えてしまったのかも。
「ああ、貴方はなんて優しい悪魔だったのでしょう」
読めるはずのなかった手紙に、水滴がポタポタとあとをつけ、女の子はそれ以上手紙が濡れないようにと大事に抱きとめ、静かに涙を流しました。
女の子はそうして、いつまでもいつまでも泣いていました。
文字の見えないはずの女の子に嘘の手紙を残す、少し間の抜けた変わり者の優しい悪魔のためにいつまでも泣き続けました。
童話祭投稿用作品となります。
童話というジャンルには今回初めて挑みましたがなかなか貴重な体験をさせていただきました。
出来る限り子供に分かりやすい表現を使うように心がけるのがなかなか難しかったです。
途中まで漢字はなるべく使わないようにと書いていたのですが、読み直すと非常に読みづらかったので、最初から漢字を使って書き直しました。
短い作品ですが、読んだ人の心に何か残ればと思います。