矮小
過去を杜撰にしてきたせいで今というものが歪に見える。道すがらの三叉路に自分にしか見えない立入禁止のテープが張られているように、ただ外界に身を置くだけでも自分という人間が烏滸がましく、ちっぽけな存在だと辺鄙な畦道にすら定義づけられている気がする。そこで卑下に落ちて自分自身を嘲笑した所で変わらないことなど百万回知れたことだ。ただ己を律し変わろうと根差しても、変われないという残酷な事実が死のように待ち受けているだけである。最初にも言ったように自分は今までというものをないざりにして未来の自分の首を徐々に絞めるような生き方をしてきた。例えば学校に行かなくなったり、例えば人間関係の九割を磨滅させてしまい、孤独の玩具になってしまったり、それはもう凄絶極まりないことである。そして後年に至りその生き地獄たちは今も尚自分の息の根を止めるように苦しみを間断なく与え続けている。なかんずく心を苦悶にしてくるのが孤独である。学校に行かなくなったことは時間が経つごとに肯んずる事が出来たが、孤独というものは時間が経つにつれどんどんと複雑になっていき誰にも理解されないものになっていく。自分は今その只中で彷徨している。変わらないと理解しながら、空っぽの精神で無謀の海に溺れながら友を持ちたいと、気心の知れた仲間に囲まれたいと、半ば矛盾しているのにも関わらずそういった野望を心の片隅に閉まっている。つまりとうに孤独に窶れ摩耗しているのだ。孤独にすら呆れられる程に自分は独りなのだ!どうしたらいいのかの対処法は他の誰かにならそれは適切に効果を発揮するかもしれない。しかし自分には孤独を殺すような特効薬も、希望も手段も茫洋としていて、暗礁に乗り上げる他ない状況なのである。一応人間社会との繋がりはある。昼下がりに働きに出る為、最低限の生命活動はしている。しかしこの孤独という半永久的な懊悩は消えない!自分は、俺は今日を生きる選択を総てやった所で、何一つ変わらないような暗澹さに、また一つ疲労を重ねるだけなのか?誰に問をしているのかはどうだっていい。ただ一つ確かなのが、心の秩序は乱れ、暗く醜穢になっていき、自分という人間が矮小へと拍車をかけることだけが、この身で感じる不快で面妖な答である。




