第十五話 初めてだから、優しくしてね
「――傷が、治る!?」
バイトが休みだったその日。学校からの帰り道、結花が放った何気ない一言に、私は文字通り飛び上がった。
「うん。完璧に元通り、ってわけにはいかないんだけどね」
そう言いながら、結花は前髪のヴェールの下にある自分の傷跡をそっとなぞる。
「『組織拡張法』っていう治療法があるの。元々は乳がんの患者さんの乳房を再建するための方法なんだけど。私の耳の後ろとか首筋とか、綺麗な皮膚の下にシリコンバッグを埋め込んで、そこに少しずつ生理食塩水を注入して皮膚を拡張するの。そうして伸びて余った皮膚を使って、あたしの顔を再建するんだって」
「そんなことができるんだ……。じゃあ、なんで今までしなかったの?」
「しなかったっていうより、できなかった、かな。顔の骨格が成長しきってないうちにやっちゃうと、皮膚が引きつれを起こして再手術になっちゃったりするから。それに――」
結花は前髪をさらりとめくって、私に見せてくる。
「この傷は、あたしが綾乃を守った勲章みたいなものだったから。それなりに思い入れもあるんだよ?」
「そう、だったんだ……」
結花の傷。これまで「冷たい」「怖い」「醜い」と、マイナスな方向にしか捉えることができなかったけれど、結花にとってそれは、大切な誇りでもあったのだ。
私を守ってくれた傷。そう考えたら、その傷跡がなんだかとても愛おしく思えてきて、私は気づけば結花の左頬にそっと触れていた。
「結花が、私を守ってくれた証……」
「うん。でも、そろそろお別れしなくちゃ。あたしだって、もっといろんな髪型とか、おしゃれもしたいもん。綾乃と一緒に、可愛い格好して歩きたいし」
「そうだね……。どれくらいで治るの?」
「夏休みに入ったら一週間入院して、その後は定期的に通院。冬休みに再建手術をして、包帯が取れるのは年明け頃かなあ」
「長い……。気が遠くなりそうだね」
「うん。それでね、その間はどうしても痛みが出てきたり、シリコンを入れたところが醜く膨らんでいっちゃったりするから……」
結花が言い終わる前に、私は彼女の手を強く握った。
「大丈夫。今度は私が結花を守るよ」
「――うん。ありがとう、綾乃」
ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべる結花。この笑顔を守るためなら、私には何だってできる。
そうして話しながら歩いているうちに、私の住んでいるマンションにたどり着いた。二人でエレベーターに乗り、廊下を歩いて、私の家へ。
部屋に入ると、結花は遠慮なく私のベッドの上に腰掛けた。
「お茶、淹れてくるよ」
「うん。待ってる」
台所でグラスを二つ用意し、氷と麦茶を注ぐ。今日はお菓子もある。結花との「お家デート」も、もうすっかり慣れたものだ。
「お待たせ――って」
お盆を手に部屋に戻ると、結花は私のベッドの上に横たわっていた。
「な、なに? 結花」
「なにじゃないわよ。早くこっち来て」
お盆をちゃぶ台に置いてベッドに近づくと、結花はまるで食虫植物のように私を捕まえ、そのままベッドの上へと引きずり込んだ。
「結花――?」
「あのね。エキスパンダーの治療が始まったら、激しい運動とか、いろいろ制限されちゃうの」
結花は顔を赤らめながら、もじもじと私の胸元に手を這わせる。
「あたしたち、もう二回くらい初夜に失敗してるでしょ? 今日は綾乃のお母様が帰ってくるまで時間があるし。その、だから――」
「――わかった」
私は結花の手を捕まえ、指を絡めて恋人繋ぎを交わすと、じっと視線を合わせた。
「結花の全部、私にちょうだい」
「ん。嬉しい……。綾乃、あたしと、ひとつになろ?」
潤んだ瞳と見つめ合いながら、私たちは唇を交わす。
舌を突き入れ、結花の唇を割り、お互いの舌を絡め合う。唾液と呼吸が混ざり合い、甘くて、熱い。
結花のブラウスを脱がし、ブラジャーの隙間から手を滑り込ませる。柔らかな胸はじんわりと汗で濡れていて、そこには確かな鼓動があった。
ブラを外した後、私は自分のブラウスとスポーツブラを脱ぎ捨て、お互い上半身裸のまま抱き合った。じかに伝わる体温と心臓の音。
「結花、あったかい……」
「綾乃も。ふふ、すごくドキドキしてる」
「そりゃあ、するよ。私だって本当は、ずっと結花とセックスしたかったんだもん」
「嬉しいな。あたしも、ずっとこの日を夢見てた」
私は結花の胸に顔を埋める。温かくて、心地よい香りで溢れている。
胸を優しく愛撫しながら、その側面に強く口づけを落とした。
「んっ……あやの……」
「結花、大好きだよ」
先端を口に含んで転がすと、結花が切なく甘い声を漏らす。
そんな彼女が愛おしくて、私は愛撫を繰り返しながら、スカートを外してショーツの中に手を滑り込ませた。
結花のそこは、以前のときよりもずっと、期待で濡れそぼっていた。
「脱がすよ、結花」
「ん……」
私は結花のショーツを下ろした。
それから、枕元に置いてあった小さな箱に手を伸ばす。
「綾乃、それ……」
「ん。指って、雑菌とかついてるって言うし。結花のこと、ちゃんと大事にしたいから」
箱を開け、内袋を破る。中から出てきた薄い指サックを、右手の人差し指と中指に装着した。フィンドム、というやつだ。
「あやの……」
結花は柔らかく微笑んで、両足から力を抜いた。
「初めてだから、優しくしてね」
「うん。私も初めてだから。痛かったら言ってね」
私は結花のお腹に優しく口づけをして、そして――。
――初めて、結花とひとつになった。
◆◆◆
「……あの、結花さん?」
「なあに?」
「てっきり私、結花のほうがその、されたい側だと思っていたんですけども」
「綾乃からして欲しいとは言ったけど、あたしからしないとは言ってないわよ」
いけしゃあしゃあと、指からフィンドムを引っ張って外す結花。
結花との初めてを経験したと思ったら、いつの間にか私たちの立場は逆転して、気が付いたら私は結花にひたすらよがり狂わされてしまっていた。
「どっちかは、試しに両方やってみてから決めたいなって。あたしやっぱり綾乃を可愛がる方が性に合ってるみたい」
「くぅ……」
なんとなく、悔しい。せっかくカッコつけてゴムまで用意していたのに、結花の方が長く使うことになってしまった。
正直言うと結花にされるのは死ぬほど気持ちよくて飛んじゃうかと思ったんだけど、でも今後も、三回に一回くらいは絶対私から結花を抱いてやりたいと思う。
ベッドに沈みながら心の中で復讐を誓っていると、玄関の方からガチャリとカギを回す音が鳴った。
「へっ――!? 今何時? 六時!?」
どうやら私たちはセックスに夢中になりすぎていたらしい。気が付けば、お母さんの帰宅時間になっていた。
「ただいまー。綾乃? また結花ちゃん来てるの~?」
買い物袋のがさがさという音を鳴らしながら、お母さんが玄関にあがってくる音がする。
「やばいやばい、早く片付けないと」
「あ、おばさまが帰ってきたのならご挨拶しないと」
「ちょっ、せめて服を着て――!」
こうして、私たちの初体験は慌ただしい中で終わった。
爆速で服を着た私達だったけど、上気した肌と慌てて着なおしたために若干乱れた服を見て、お母さんは何を思っただろうか……。
その日も結花はうちでご飯を食べる流れになったけど、その間お母さんの目がずっと生暖かったのは、気のせいだと思いたい。




