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第十一話 実は今、お付き合いしている子がいて

『あんたのせいよ!』


 大人の女性が、泣き叫ぶ幼い結花を抱きしめながら、私を睨みつけている。


『あんたのせいで、私の結花が……!』


 わかってる。あの日の事故は、私が原因だ。


『許さない、絶対に許さないから!』


 私のせいで、結花には一生消えない傷が残った。

 私のせいで、結花は自分の顔を隠して生きなきゃいけなくなった。

 私のせいで、結花の人生はめちゃくちゃになった。


 私のせいで。

 ちゃんと、わかってる。

 わかってるから。だから――。


 ――そんなに、睨まないでよ。


◆◆◆


「綾乃、寝不足?」


 机に突っ伏している私を、結花が心配そうに覗き込んでくる。


「あー、うん。ちょっと悪夢見て夜中に起きちゃって……そのあと眠れなかったんだよね」

「わかるわ。私も最近、怖い夢ばっかり見るの。たぶん、リンネ先生のホラー小説を読みまくったせいだと思うんだけど」


 腕を組んで、うんうんと頷く結花。

 ……私のは、そういう意味での「怖い夢」じゃなかったんだけどな。

 結花に本を貸してから一週間。彼女はすっかりリンネ先生の著作にハマってしまったらしく、今日までに既刊をすべて読み切ってしまったという。


「それより綾乃! そのリンネ先生の話なんだけど!」

「わっ、な、なに?」


 結花がさらにぐいぐいと顔を近づけてくる。


「あのね、あたし気づいちゃったんだけど。綾乃のバイト先でいつもパソコン使ってお仕事してる人って……」

「あ。ついにバレちゃったか」


 そう。結花が私のバイト先にやって来て、私のシフトが終わるまでの時間をリンネ先生の本を読んでつぶしていた間も、ちょうどその背後で作者本人が黙々と執筆活動をしていたのだ。黙っているつもりはなかったけれど、先生にだってプライベートがあるし、積極的に明かす理由もなかった。

 ……いや、ごめん、半分嘘。ネットで顔出ししている作家さんなので、名前を検索すればすぐわかることだったし、本当はいつ気づくか、ちょっと楽しんでました。


「どうして教えてくれなかったのよー! あたし、あの人の目の前でずっとあの人の本を読んでたのよ!?」

「いやあ、そのうち紹介して結花をびっくりさせようかなって」

「じゃあ、今日紹介して! サインもらいに行く!」

「わ、わかった。わかったから」


 かくして、結花の圧に負けた私は、先生に彼女のことを紹介することになった。

 今日の放課後も彼女と一緒に、私のバイト先である喫茶点『ふーでぃえ』に向かう。

 結花にも、こんなミーハーなところがあったんだな。彼女の知らない一面を知れて、なんだか少し得した気分になってしまった。


 ……なんて、この時は思っていたのだけれど。


◆◆◆


「実際、どんな感じなんですか? 女性同士で同棲するのって」

「私の感覚だけど、たぶん男女の同棲とそう変わらないわよ。むしろ性差がない分、やりやすいところはあるかも。男性が使わない日用品も共有できるしね」


 結花とリンネ先生が対面してからそれほどの時間は経っていないが、二人はなぜかレズビアントークに花を咲かせていた。結花はサインを書いてもらっている最中、リンネ先生が店長と同じ指輪をしていることに気がつき、恐る恐る確認したところ、先生の方から嬉しそうに話を振ってきたのだ。

 私はと言えば一応バイト中なので紹介した後は二人に任せてカウンターの中に引っ込んで、店長と一緒に彼女らのトークにこっそり聞き耳を立てていた。


「最近はご近所付き合いが減ったなんて言うけれど、私たちにとってはプラスに働いているわね。女同士で住んでいるからって変に干渉されることはないし」

「なるほど。やっぱり、周りの目が気になっちゃうこともあるんですか?」

「まあね、LGBTフレンドリーな物件を探すのはちょっと手間だったし……。でも、それで言うなら最近の『女の子同士の距離が近い』風潮はありがたいわ。ただの女友達でも手をつないだり腕を組んで歩いたりするのが普通でしょう? 言うほど世間の人は私たちのことなんて見ていないと思うけど、『仲がいい女の子はみんなやってますよ』って顔で堂々と嫁とイチャイチャできるのは素晴らしいことね」


 「わかります!」と、全力で同意する結花。ああ、今後デートに行くときは、街中でもっと堂々と引っ付いたりイチャイチャしたりしてくるつもりだなこいつ。

 っていうか、リンネ先生は店長のことを「嫁」って呼ぶんだ。私はいつも二人を遠巻きに見守っているだけで、あんなふうに踏み込んだ話を聞いたことはなかった。

 当の店長はといえば、平常心で淡々と仕事をこなしている……ように見えるが、自分の話題が出るたびにピクッと反応して、わずかに顔を赤らめていた。意外と可愛いな、この人。


「貴女にも、将来一緒に暮らしたい子がいるの?」

「はい! 実は今、お付き合いしている子がいて――」


 結花がチラチラとこちらを見てくる。

 うう、勘弁して……。私もつい顔が赤くなってしまう。っていうか、私とは復讐が終わるまでの関係でしょう? 憧れの作家の前でも、そんなに堂々と演技ができるんだな。すごいな、キミは。


「ふふ、いいことね。私、嫁とは幼馴染で付き合いも長くてね。その分、いろいろなことがあったんだけど」


 店長がまたピクリと反応して、さらに注意深く聞き耳を立て始めた。


「学生時代から同棲してたんだけど、卒業して就職してしばらくしたら、アイツがいきなり会社を辞めるなんて言い出してね。でも私は当時デビューして間もない頃で収入も不安定だったし、原稿はボツが続くし、とても受け入れられる状態じゃなかったから口論になっちゃって。そしたら、アイツ一人で実家に戻っちゃったのよ。それでも自分の仕事はちゃんとこなすしかなくて、一人で家に閉じこもって書き続けた結果、クソ病んだわ。……ねえ、マスターさん?」

「う、悪かったよ。あの時のことは……」


 店長がずっと聞いていたことに気づいていたのか、リンネ先生は私たちがいるカウンターに向かってウインクを飛ばしてきた。店長は気まずそうな表情でため息をつく。


「っていうか、二、三週間で戻ったでしょ?」

「その二週間毎日枕を涙で濡らしてたわよ私は……。まあ、その時の負の感情を全部ペンに込めて書いたのが『断罪のエントロピー』って話ね。主人公がお父さんを殺した相手にめちゃめちゃ復讐するやつ」

「あ、それも読みました! すごく怖かったです」


 結花の言葉に、今度は私の心臓が跳ねる番だった。

 『断罪のエントロピー』は、私が結花の復讐計画に気づくきっかけになった本だ。父を殺された娘が、復讐相手の男に近づいて誘惑し、やがてその妻になりながら凄惨な復讐を果たす復讐劇。結花も、あの本を読んだんだ。彼女は主人公に自分を重ねたりしただろうか。


「主人公の執念がすごかったですね。『復讐したい気持ちはわかるけど、もっと自分を大事にして』って、彼女を止めようとする主人公の親友の女の子に、すごく感情移入しちゃいました」

「ふふ、親友の子のモデル、店長なのよ。当時『お前の目の前で、私はどこまでも堕ちていってやるからな!』って気分で書いてたから」

「おお……。リンネ先生、店長さんへの愛が重いですね……」


 ……あ、あれ。結花が感情移入したのは、そっちなんだ。

 いや、でも、これもカウンターで店長と同じように聞き耳を立てている私向けの演技なんだろう。なんでもかんでも正直に言うわけがない。


 それでも、私の中に一つの疑問が浮かぶ。

 やっぱり、結花は最初から復讐するつもりなんてなくて、本当にただ単に私が好きで付き合いたかっただけなんじゃ……。


『あんたのせいよ!』

「――っ」


 不意にあの人の言葉が蘇って来て、足元がぐらつく。

 そうだ、違う。そんなわけがない。

 私が結花の顔に火傷を負わせたのは、紛れもない事実なんだから。

 私が許されるはずがないんだ。私のせいで結花の顔があんなことになって。

 私のせいで。私が全部悪くて……。


「いらっしゃいませ」


 ドアが開いて、チリンチリンとドアベルが鳴る。その音と店長の声に、一気に現実に引き戻された。


「あ、こ、こちらへどうぞ!」


 私は入ってきたお客さんを席に案内し、注文を取る。

 夕方なのに珍しく少しずつ客足が増えてきて、この日、私はそれ以上、結花とリンネ先生の話を横から聞くことはできなかった。

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