第九話 胎動
「は?」
ルードから間抜けな声が聞こえる。殺し合いをしているというのに棒立ちをしている。
俺があいつの頸を狙える体勢ではないがそれでも殺し合いの場でしていい行動ではない。
ただ、こればかりは仕方ない。自分の上司がいきなり死んだのだから。しかも、様子を見るにかなりルードはウィルズに懐いているように感じられた。
そんな相手が急に死ねばこんな反応にもなるのだろう。
べちゃり、と生々しく不快な音を立てて生首が落下する。体の方も一通り血を吹き出し終わると倒れる。手には人を殺した感覚が残っている。肉を切り裂き骨を断った、明確で誤魔化し様のない感覚が。
でも、そこまで何かを感じたわけでも無い。思っていたほど重みを感じたとか不快感を感じたとかは無い。ただ、ただ、人の命を奪ったという事実だけが脳に入ってきた。無論、楽しいものではないが特段、忌避するような感覚ではない。
「地球じゃ、こんなこと思ったことなかったんだけどな」
中学生の時、クラスの悪ガキと喧嘩をした。ガキ大将のようなことを中学にもなってやっているような奴だ。そいつが物を盗っただかで喧嘩になった。その時、俺は相手が失神するまで殴り続けた。どうでもいいことだから今まで忘れていたがそん時はあまりいい気持では無かった。吐くほどのモノでもないが慣れない感覚と気持ちの悪い肉の感触が嫌だった。
今は、感じない。肉を抉っても人を殴っても千切っても切り裂いても。何でだろうか。そんな状態であって尚、俺はこの状況に高揚している。人殺しに何も感じなかったことにショックを受けるでもなく純粋にこの状況を楽しみ始めている。
殺し合い、そんな場にあって俺の心は嗤っていた。
嗚呼、何て楽しいんだ。
アドレナリンの効果もあってか気分は高まり殺る気も上がってきた。
「でも、そろそろ終わりにしないとね」
もっと楽しみたいがそうもいかない。一人は減ったがこの二人も紛れもない脅威なのだ。さっさと終わらせて異世界観光したいのだ。
ルードを見やれば親の仇を見るかのような形相で睨んできている。少女の方は相変わらず無表情だ。眼だった動揺は見られない。
早速、ルードが仕掛けてくる。明らかに攻撃の精度が落ちている。隙を狙うでもなくただがむしゃらに剣を振るい力任せに叩きつける。魔力操作も荒く効率は落ちている。
しかし、それを埋めるように数倍の魔力が込められる。威力は下手すれば以前の数倍~十倍程度にまで上がっているだろう。何処からそんな魔力が出てきているのだろう。
ここまで大量の魔力を消費しては命に係わるのではないか。
まあ、今から殺そうとしている相手が勝手に命を削ってくれているならばありがたい話だが。
「単調だな。怒り過ぎなんじゃないか?」
一撃を弾き一転して攻勢を掛ける。
鍔迫り合いの状態に持っていき顔を見合わせる。互いに頭があたりそうな程、顔を近づけ睨み合う。
拮抗し少女が加勢に入ろうとする。押し切ろうとして相手が力を強く込めた瞬間に力を抜く。変に力んだせいでルードは前につんのめる。
大剣の刃に相手の剣を滑らせるようにして懐に入る。
少女が駆けつける前に両手を斬り飛ばす。
痛みによるものかルードは大きく顔を歪め腕に魔力を流す。
回復するつもりだ。
させない。ここが好機ともう一つ、大剣を振るう。今度は急所を狙って。
同時にこちらにも刃が迫る。しかし、それを無視して殺りに行く。
最後の瞬間、何か叫ぼうとしていたがそれよりも先に口ごと頭を捥ぎ取ったことによってそれが発せられることは無かった。
「チッ」
ただ、こっちも無傷ではない。左腕を取られ右眼も潰された。回復自体は出来るが少し時間がかかる。特に頭と言う急所に近い目は時間がかかる。
それでも相手は後、この少女だけだ。
とは言うが、どうしたものか。殺す訳にもいかないだろう。さっきの二人と違ってこの子からは殺気が感じられない。敵意もない。自分の意思で動いているのかさえ怪しい。それに加え首輪から延びる魔法による鎖。
一回、気絶でもさせて調べたい。この子一人くらいなら気絶させるくらいできるだろう。それからどうするかは決めればいい。本心から殺しに来ているなら処分すればいいしそうじゃないなら事情を聴くかする。
「なぁ、君」
「……」
「君は何でこんなところに居るんだ?まだ小さいだろう」
だんまりか。だが、少し反応したぞ。俺が声を掛ければ僅かに反応を示した。それに、何故か二人が死んでから少女の動きが鈍い。
こっちとしてはありがたいのだがそれはそれとして殺さないようにさっきよりも気を付けないといけない。
俺は武器を仕舞って素手になる。万が一にでも殺してしまってはいけない。流石に三対一だったらこんなことはしないがこの状況であれば問題ない。素手で少女を制圧する。
やはり大剣が無いと身軽だ。威力のある攻撃は出せないが動きが単純に速くなるから逃げるも追うも行動が速くなる。
ただ、これ、あんまり好みではない。連撃や軽い攻撃を繰り返すような戦い方は得意ではない。そこまで色々試したわけではないが合わない。でも、好みの問題だがそれも併せて相性だろう。
ともかく、飛んで跳ねて時には弾いていなして少女へと近づいて行く。紙一重で攻撃を捌き間合いに捉える。こうなってしまうと逆に鎌は扱いにくい。
柄が長く刃が横についている鎌の為、間合いの内側に入られると刃が届かなくなる。
「まあ、そりゃやるよな」
それでも一切の抵抗が出来ないかと言われればそんなことは無い。持ち手の部分を使って攻撃してくる。棒術の要領でこっちを殴りつけてくる。
魔法も貫通術式を使って自爆しないように戦ってくる。
ただし、それにも限界はある。隙は多いし動きもカウンターが主体の防戦一方だ。戦っている分にはこっちが死ぬ心配はそこまでないだろう。
さて、なら、どうやってこの子を落ち着かせるか、だ。何であれ一回、話が聞ける状況にしなければいけない。話し合いは現状じゃ無理そうだしやっぱ一旦、気絶させた方がいいだろう。
起きてから話を聞けばいいし寝ている間に首輪の解析も出来る。
決まったなら直ぐに行動だ。
拳を固め横腹目掛けて放つ。少女は柄で受け止めそのまま絡めて腕を折りに来る。一歩引いて間合いを外し再度、近づく。
大振りに殴り掛かる。当然、避けられお返しとばかりにカウンターが飛んでくる。
当たる直前、少女が吹っ飛んだ。
「いッ……」
エルリアの蹴りが少女に直撃したのだ。
大振りに攻撃を繰り出すことによってそっちに視線を誘導する、さっきもルードにやったことだ。
痛みに呻く少女を追いかけ地面に組み伏せる。
傍から見ると少女が少女を取り押さえているように見えてどこかまずいような気がする。
それはともかく、組み伏せられた少女は何とか逃れようとジタバタと暴れる。魔法も飛んでくるが全て相殺。
どうやって気絶させよう。この状態で殴るのはかわいそうだし……絵面的にも宜しくない。だからと言ってどうする。
そう言えば、これまでにあった魔物の中に麻痺の効果を持った毒を吐き出す奴がいたよな。そいつ、魔法で毒を作ってたみたいだけど、もしかしてそんなことが出来るのか?
相手を眠りに誘うイメージで魔法を発動させる。
『麻痺毒』
毒、もとい、睡眠薬とでも言えるものを作り少女の口に持っていく。が、飲まない。当たり前だが明らかに毒々しい色をしている物を飲みたいわけがない。殺し合いの相手から出された物なら尚更だ。
一応、想定内だ。他の方法を試そう。
睡眠薬(仮)を霧状にして吸引させる。
一回、睡眠薬を飲ませるのを止めるふりをして見えない場所で霧にして散布する。
自分は大丈夫なのか、だって?
顔の辺りを結界で隔離して霧が入り込まないようにすればいい。
「お……随分即効性だな」
霧を一息吸ったかどうか分からない程度の時間で少女は眠りについた。すやすやと年相応の寝顔をしながら地面での寝心地が悪いのかどこか不満そうだ。
その後、少しの間、起きてこないか観察していたが問題なさそうだったため地面が草むらの寝ても痛くない場所に移す。
周囲の安全を確保して首輪の解析に入る。
やったことは無いが大丈夫だろうか。
少しの不安はあるまま、異能の権能に含まれている解析能力を発動させる。同時に大量の情報が脳内にあふれてくる。
思考加速を発動させ全てを処理していく。不要な情報は破棄し必要な情報だけを読み解いていく。こうやっていけば効果は分からなくても解除はできるだろう。
後は作業だ。ひたすらに流れてくる情報を解析し処理し続ける。思考加速を使っているから体感時間は途轍もなく長く感じるが現実時間じゃ数秒から数十秒程度の事だ。
演算能力が前世よりも格段に上がったおかげで一瞬で作業が終わる。
そう言えばだが、演算能力、と言っても1+1を一秒間に何千何万回と出来るだけで難しい問題が出来るようになるわけじゃない。そこらへんは解析能力との併用でどうにか出来そうだがまだ慣れていないので今度試してみようと思う。
なんてことを考えながら作業をしていればもう終わった。術の解析は終わり機構の解体にも成功した。俺が魔力を流して「解除」と言えばカチンと音を立てて首輪が外れる。
外れた瞬間、少女の顔色が若干良くなったような気がした。不満そうな寝顔も今は満足そうな顔に変わりすやすやと気持ちよさそうに寝ている。
にしても、この子を殺さなくてよかったかもしれない。俺はこの世界について何も知らない。この少女を案内役に据えて異世界を観光するのもアリだな。無論、家族が居たりするのなら返すが……まあ、多分いないんだろうな。
さて、後は目が覚めるのを待つだけだな。




