第四話 出立
「面を上げよ」
そう言うのは壮年の男性。少し高い位置に置かれている玉座から睥睨する。
「はっ」
短く返事を返し跪いている初老の男は顔を上げる。
同じく初老の男の少し後ろにいる青年も顔を上げた。
「ここ数日、かの森にて大きな魔力反応が散見された。王宮魔術師の言によれば出力だけならばランクSに匹敵するらしい」
そこで一つ、区切る。ふう、と息を吐き書類を手に取った。
「ランクS…英雄級や王級程ではなくとも最低で厄災級以上の脅威だ」
再び溜息を吐く。本来、臣下を前に王のとる態度ではないがそれも致し方ない。
ここ近年、周辺の国家の動きが激しくその対応に苦慮していた。そこにこれだ。魔物であれ人であれ放置することはできないが数字だけを見れば国家級の脅威である。
調査のためには生半可な人員は送り込めずだからと言ってそれなりの戦力を動かすのは不安が大きい。
「…して、我々はそれの調査ですか」
「うむ…本来ならば貴様らを動かすのは得策ではないが…大臣共に早くしろとせっつかれてな」
本当に頭が痛い、と王は頭を押さえる。
「文官の仕事に立ち入るべきではありませんが…そこまで重要なのですか?今回の事案は」
「うむ」
合図とともに二人には一枚の書類が手渡される。
内容は今回の事案の報告書であった。
この国、ロヴァーリア王国は大陸中央部の国家だ。
行商の中心地でありかなりの大国である。それと同時に敵性国家に囲まれ続けている。歴代国王はこれの対応に苦慮している。
そして、もう一つ、この国を苦しめるのはライトグランドだ。世界最大の森林地帯であり同時に強力な魔物の多く住む危険地帯だ。
ロヴァーリアは立地上、この森に対する防波堤の役割も果たしており国境防衛以上に戦力と予算を喰われている。
そんな中、かの森での魔物の活動が一時的に落ち着き近年では戦力を国境防衛に回していた。だが、今になって新たな脅威が誕生した。森の近くには直ぐに動かせる戦力もなくさりとて動かない訳にはいかない。
正体不明の相手に何時までも警戒し続ける意味も余力もないのだ。
「だからこそ、私達ですか」
「そうだ。近衛は儂の直轄である故、動かしても誰からも文句は出ない」
「…私としては周辺の弱小国を先に叩き潰すべきと考えるのですが」
「政治だよ、ウィルズ」
王は初老の男性を諭すように言った。
長い間の周辺国による対ロヴァーリア包囲によって鬱屈とした感情を持つ軍人も少なくない。しかも、その同盟網を作っているのは弱小国家だらけ。総力を持って戦えば打破も容易い。
だが、そうすれば必ず大国の干渉を招く。ロヴァーリアだけの繁栄を他国は許さないだろう。
結局は政治で解決するしかないのだ。
「まあ、そんなことはよい。今回は調査がメインだが排除できるのであればそれも頼みたい」
「難しい場合は?」
「撤退せよ。後日、正式に対応する」
会話に一区切りついたところで文官が入ってきた。そのまま玉座に近づくと王に何やら耳打ちをした。
「ふむ?思ったよりも早いな」
驚いたように眉を上げた王は文官を労い下がらせる。そして、侍従に何かを言いつけ出て行かせると二人に向き直る。
「たった今、アレの使用許可が出た。調査に連れて行くといい」
「アレを!?正気ですか…」
「それだけ焦っておるんじゃ。適切に使え。暴走した場合は其方らの判断で適宜、処分せよ」
二人は深々と頭を下げる。
「王の寛大なるお心遣いに感謝いたします」
「よい。では、支度をせよ」
「はっ」
再び頭を下げるとゆっくりと立ち上がり玉座の間を退出する。




