第二十八話 魔人
「戦狂乙女……」
資料を見て俺はそう呟く。
かつて遥か北方の大陸にて猛威を振るった英雄にして厄災の戦乙女。現在では神話の一部とされているがベースは史実である。生まれながらに戦に愛され戰場を愛す神と戦の使者たる戦乙女の成れの果てとされている。戦に狂い狂気的に死を求める姿を見た神は失望し天使であったその身を魔物に堕としたという。
まあ、半分くらいは脚色されているだろうがもう半分は事実だ。
神は頂上へと降りたもしくは堕とされた天使などの動向など知ったこっちゃないのだ。狂ったからと天使から魔物へと堕としてやるほど神は優しくない。
しかし、実際、戦狂乙女が戦に狂っていたのは本当だろう。結果、周辺の国々を、その昔、自らが護っていた者たちを敵へと回しその身を滅ぼされた。
「と、思っていたんだがな」
戦狂乙女の名を冠した被検体がいる。
本物の戦狂乙女と酷似しているからこの名をつけられたのか、はたまた名付け親の気まぐれか、それとも、戦狂乙女の因子を持っているのか。
どれかは分からないが、もし、戦狂乙女の因子を持っているのだとすればその入手経路も気になるところだ。
「んで、こいつはどこで眠っているんだ……っ」
今更ながら培養カプセルの前にはおそらく、被験体の番号と名前が書かれた札が置かれていることに気づいた。
エディンとアッハ・イシューカは見つかったが戦狂乙女だけが見つからない。奥へ奥へと進んでいけばついに最後のカプセルへとたどり着いた。それは酷く損傷し硝子は割れ内容されている保護液が流れ出ている。
中に被検体はいない。
そして、名札にはこう書いてあった。
被検体番号 211 戦狂乙女
「ッ?!」
突然、全身が刺すような強烈な殺気に襲われる。同時に大きく後ろへと飛び退る。
さっきまで俺の立っていた場所には大きな霜雪の槍が突き刺さっていた。突き刺さった場所には大きく亀裂が入り深々と地面に穴を穿っている。こんなものが直撃すれば心臓が貫通していただろう。
それでも死にはしなかっただろうが危険な攻撃であることには変わりない。
「……随分と早いお目覚めだな。戦狂乙女」
「おっと、その声は……黒曜のボーイフレンドじゃないか」
「なんで居るんですかね。しかも、バッチリ記憶まで残ってる」
暗闇から槍を投げてきた犯人が現れる。
現れたの俺よりも少し背の高い美少女。いや、雰囲気からすれば美女といったほうがいいかもしれない。髪はワルキューレらしく白銀で最悪なことに俺と同じ色だ。
手には大型で無骨な幅広剣が握られている。華美な装飾はなく戦うことに特化している。霜のドレスを纏い周囲には極寒の冷気を発している。
戦闘服にドレスはどうなのかとは思うが昔からこうなので気にはしない。
かくいう俺もここにはめっちゃラフな格好で来ているためお世辞にも戦闘に向いているとは言えない。
「言っただろう?私は滅びない。何度だって蘇るさ、ってね」
「どっかで聞いたことのあるようなセリフだな」
眼の前にいるこの女性は、俺の記憶にある戦狂乙女をほぼ完璧に再現してた。記憶も武器も、使う魔法も、果ては姿形まで。強いて違いを挙げるなら背丈が若干、前見たときよりも縮んでいることだろう。
「おやおや、もしかして君、私を偽物だと思っているね。ウムウム、それはいただけない。せっかく二度目の生を得たんだ。それなのに誰も信じてくれないなんて悲しいからね」
「いや、疑うも何も本物の戦狂乙女は何千、否、何万年も前に死んだ。お前は実験の被検体だろう」
「なら、私が本物たる所以を見せてあげよう」
戦狂乙女は手を前へと突き出す。小さく口の中で反芻するように呟く。
『戦士の終』
全面には大きく三つの氷塊が生成され徐々に人の形を取っていく。最終的にヴァルキュリアを少し大人にしたような見た目になり落ち着いた。これは、あれだな。ワルキューレたちの姿を模しているのか。
「相変わらずだな。自分で殺しておいてそのくせ、形見は大事にしてんのかよ。趣味わりぃ」
「ハハハ、君にだけは言われたくないがね」
しかし、異能である『戦士の終』を使っているってことは本物ってことになるのか?
まあ、降霊術の一種だと考えればそこまで違和感は無いが……因子が触媒となってこいつが顕現したのか。
「さて、このまま雑談もいいけど私は死合いたいんだ。さっさと始めよう」
「まさか、勝てるつもりか?」
「じゃなかったら喧嘩吹っ掛けたりしないよ。君の恐ろしさはよーく知っているからね」
開戦の合図もなく魔法が打ち出される。それは、異能によって強化され俺の体を守る結界を十分に貫通できる威力を持っていた。
横に動き魔法を避ける。攻撃範囲の大きい魔法ではないから少しの移動で躱すことが出来る。
こっちは異能を使えない。あれは切り札であり自爆もしかねないから本当にヤバいと思った時以外には使いたくない。
ヴァルキュリアは本当ならランクSに匹敵する魔物なのだがどういう訳か今は魔力量は俺より少なく、魔法の威力も前見た時より格段に下がっている。弱体化しているんだろう。そうであれば十分に勝機はある。
『地獄の業火』
ヴァルキュリアの周辺には霜が降り極寒へとなっている。近づいたものは瞬く間に凍結させられる。筈だが今はそこまでの出力はないらしい。精々、魔法の威力を落とすくらいだろう。
さっき作っていた三人の氷像も動き始めた。直前に氷像を溶かすためにはなった魔法も魔力によって強化された像を溶かし切るには至らなかった。腕や頭の一部を溶かすことには成功したが守護像はそれでは止まらない。
核を破壊するまで動き続ける。しかも、素材が氷なこともあって既に再生を始めている。
「クソ、相変わらず面倒くさい」
「エルリア君、暫く見ない間に魔法上手になったね。あの時は私にボコボコにされてたのに」
挑発を無視して無詠唱で『焼獄旋風』を発動させる。広範囲で持続型の魔法だ。一定の範囲内に炎の旋風を巻き起こし対象を焼き殺す。踏み入った者は焼肉になるまで外に出ることは許されない。
魔法の範囲を部屋全体に広げ逃げ場を無くす。同時に自分も炎に吞まれるが無問題。
しかし、俺やヴァルキュリアはこの程度の炎であれば耐性で無効化できてしまう。だから、この攻撃の主目的はヴァルキュリアではない。
熱変動に弱い氷像だ。
幾ら魔力を流せば回復すると言っても俺ら二人ほど莫大な魔力がある訳でも無い。全身を魔法で溶かし続ければいずれは魔力が枯渇し倒せる。
広い場所だったら逃げ場もあっただろうがここは生憎、閉所。効果範囲が部屋全体に指定されている以上、逃げ場はない。
氷像は数十秒も待てば解けて核だけとなった。それでも尚、僅かに残った魔力で再生を試みていたが俺が核を砕いたため完全に沈黙した。
「さ、一対一だ」




