第二十三話 王宮
「二人とも、こっちだ」
あれから約三日。
シェルの口利きの甲斐あって王宮への登城が許可された。名目はジェンヌ公爵家現当主、クロード・フォン・ジェンヌに謁見するため。本来、Dランクというのは冒険者では上の方になるが一国家の中枢に入ることが出来るほどではない。
幾ら昇級間近で新進気鋭と言えど俺単体では謁見など叶わなかっただろう。
こうして登城が許可されたのひとえにシェルの口利きのお陰である。
しかも、三日程度で入れるとは言っていたがそれは最短の場合だ。場合によっては一か月近く待たされる可能性もあったのだからかなり無理をしてくれたのだろう。
「……しかし、本当に謁見が叶ってしまうとは」
現在、権力闘争の真っ只中のため、暗殺を恐れて会える人間は極度に制限されている。そんな状態での謁見が叶ったとなれば相当、凄い事だろう。
ただ、一つ、問題もあった。
登城が許可されたのは一人だけなのだ。いや、当然と言えば当然だがシェリアとフィルは登城を許可されなかった。冒険者でもなく俺の連れというだけで身分を証明できるものは何もないのだから当たり前である。それでも、二人がついて来てくれれば色々と出来ることもあったのだが、残念だ。
「そこの衛兵さーん」
「ん?何だい、嬢ちゃん」
「このお手紙をクロード卿に渡してほしいんだけど……」
そう言って俺は先日、届いた招待状を見せる。
封筒にはジェンヌ家の家紋が刻印されそれが正式な招待状であることを物語っている。
「ッ……ちょ、っと待ってて」
衛兵はそれだけ言うと俺から手紙を受け取って建物の中へと入っていった。よくよく考えてみれば来客用の入り口とかあるのかな?
近かったから正面玄関に来てしまったけど。
「……」
数分、待てば中からどたどたと鎧の擦れる音と規則正しい靴の音が響いてくる。
「大変お待たせいたしました。グレイシス様」
中から出てきたのはさっきの衛兵とピシッとした燕尾服に身を包んだ青年。衛兵の方は肩で息をしておりかなり急いでくれたことが分かる。
何というかドタバタしているな。
アポアリとは言えかなり急な事だったからもしかしたら王宮の方も準備が整っていなかったのかもしれない。色々と問題を抱えている様だし来客の対応にまで手が回っていないのかもな。
「公爵閣下から許可が出ました。我々はグレイシス様を歓迎いたします。さあ、どうぞこちらへ」
燕尾服の青年に案内されたのは公式に使われる謁見の間ではなく王宮に併設されている小部屋(と言っても十分広いが)だった。廊下や王宮の外見に比べて豪奢さは無いが品はある。何というか落ち着いた雰囲気の部屋だ。
部屋に入り「しばらくお待ちください」とだけ言われていたのでソファーに座って紅茶を飲む。
「ふむ……これは……」
流石、王宮で出されるだけあって美味い。茶葉もいいのだろうが何より淹れている人間の腕が素晴らしいのだろう。苦味は無く香りが程よく立っている。
お茶請けに出された菓子類も上物だ。外聞が無ければがっつきたいところだがここは王宮だ。そこら辺の礼節は弁えねばならない。
後でこっそりこのお菓子貰えないか聞いてみようかな……
「失礼する」
暫くして部屋に一人の男が入ってきた。
低くよく通る声で入室を宣言し俺の対面にあるソファーに腰掛ける。
エルフ、しかも、かなりの実力者だな。もしかしたらハイエルフかもしれない。
上背は高く見る者によっては威圧的と感じるかもしれない。ガタイは良いが柄の悪さは感じない。
「グレイシス君、であっているね?」
眼光は鋭くこちらを見据えている。
これが、ジェンヌ公爵家現当主にしてメルドルン王国軍務大臣クロード・ジェンヌ卿……
甘い相手ではないな。
「はい。閣下におかれましては恐れ多くも謁見の機会を得られたこと、嬉しく思います」
「堅苦しいのはよしてくれ。私は公爵家の出だがそれ以前に軍人なのだ。形式ばかりのやり取りよりも実のある話をしよう」
「は?と、言いますと……」
「エルリア・グレイシス、この名に覚えはあるか?」
ッ?!
なぜ、知っている。あの手紙には俺の名前は書いていない。
「不思議かね?」
「……何が目的だ」
「いや?これといった目的はないよ。ただ、気になっただけだ」
「本当に?」
こっちから言うつもりだったのだが……先を越された感じだ。
一応、万が一のこともあるので少し腰を浮かせ魔法をすぐに発動できるようにする。王宮内で刀傷沙汰を起こすほどクロード卿は浅慮ではないだろうが警戒はしておく。
「何故知っている」
「おや、案外、あっさり認めるのだな」
「いいからこっちの質問に答えろ」
「そうだな……いくつか理由はあるが、まあ一番大きな理由はその容姿と雰囲気だな」
クロード卿が言うにはもともと、俺のことは少し怪しんでいたらしい。高位の冒険者だったとして宰相や王ではなく自分を指名して謁見したいと言う辺りなにかあるのではと勘ぐっていたらしい。
そして、その話を王にしにいった時に手紙を見て何かを懐かしんでいたように見えたこと、王から聞いていたエルリア・グレイシスとの特徴と俺があまりに合致していたため、もしや、と思ったらしい。
「……まさか、ね。そんな情報だけでたどり着いてくるとは」
「フフフ、私も確証はなかったのだがね」
「まあいいさ。どのみち、これに関しては言うつもりだったしな」
悪意もなさそうだしこのまま本題に入ってしまっても問題ないだろう。
「自分で言っておいてなんだが本当に君が覇王なのか?」
「ああ。間違いなく本人だぜ?」
「そうだとしたら……こうあまりにも弱くないか?」
「本人に直接言うか?」
「それは――」
「まあ、俺が弱っているのは事実だからいいけど……理由は色々あってね」
適当に濁しておく。
弱体化しているのはそうだが、事情を全て話すことは無いだろう。
「とにかく、本題に入ろう」
「そうだな。んで、何を聞きたい?」
「ふむ……先ほども言ったが私は別に何かを聞きたいわけではないんだよ。これはただの好奇心だ。逆に君は何か聞きたいことはないか?」
本当にそれだけか?
だとしたらかなり、自由な人というか……恐れ知らずというべきか。
「俺は……まあ、いくつかあるな」
「ふむ、言ってみたまえ」
「この国の内情とリエールの情報……できれば居場所が知りたい。頼めるか?」
クロード卿はそれを聞き、一瞬、大きく目を見開いたが直ぐに元の表情に戻るとゆっくりと話し始めた。
「どこで知った?」
「どこでもねぇよ。リエールがいるならここしかなかったから消去法でな」
「……何故生きていると確信している」
「あいつが死んだら少なくとも教会が大々的に宣伝する筈だからな」
そう。リエールが死んだのであれば絶対に教会が放っておくはずがない。教会は至る所に情報網を持っている。例えこの国の王宮であっても全てを隠し通すのは不可能だ。少なくとも連邦を除くこの大陸の全ての国家は教会の監視下と言えよう。
その教会がなんのアクションもしていないのだ。ならば、まだ生きている。
「野垂れ死んでいるとは考えなかったのか?」
確かに、その可能性も大いにありうる。しかし、まあ、これは完全な妄想に過ぎないのだが、リエールが教会の目も届かない僻地で死んでいるのは考えられないんだ。
「ないな。あいつはそんなに弱くはない。で、教えてくれよ。リエールの情報」
「……いいだろう」
クロード卿は大きくため息を吐いて眉間を抑える。
そこから先程よりも少し低く数段真剣な声色で言った。
「リエールは現在、我が国で保護している」




