第十八話 出発
一夜明け、日の出始めた頃。
俺達は少数に見送られながら静かに飛び立った。二人の従者を連れて龍の背に乗り大空を翔る。荷物は遠征を行うとは思えないほどに軽装だ。
「さて、二人とも!!問題はないか?」
地上より遥か上空。
地面が霞んで見え周囲は一面の青空。快晴だ。
「問題ありません」
「こっちも大丈夫です!!」
急激な上昇によって気分を悪くしていないか心配だったが二人とも無事なようだ。ひとまず、旅立ちは何事もなく成功した。
ここからは里から向かって東に約四日進む。
時速100キロで大空を翔る。無理をすればもっと出せるのだろうが今は特段、急いでいる訳でも無いのでこれくらいの速度での移動だ。半日ごと位に食事や休憩のために降りるが基本それ以外は飛びっぱなしである。
本来、徒歩で行けば一か月はかかるだろう道のりをたったの四日で走破できるのはやはり、レクレールのお陰だろう。巨大化したレクレールの背中は三人と物資を乗せても余りある場所があった。流石に寝転がることはできないがもう二、三人なら乗せられるだろう。
まあ、でかすぎてこの状態じゃ人里に近づけないんだけどな。
近づこうもんなら直ぐにでも撃墜しに大量の矢と魔法が飛んでくるだろう。
「しかし、これだけの糧食を良く用意したものだ」
「そうですね……これを作っているルフェア様を想像したらちょっと笑えますね」
「私はちょっと想像がつきませんね……」
雑談をしながら空の旅路を進んで行く。
話していて分かったことだが、フィルはあの里だとかなりの古参のようだ。300年は既に生きているようであの里じゃルフェアに次ぐ年長なのだと。
逆にシェリアはかなり若いらしく100年生きていない。
平均的に150年は生きる魔族ではまだまだ若い方である。
「人は見かけによらないな」
「そうですね。それを言うのであればエルリア様もそうですが」
「傍から見たら子供だもんな」
「まあ、私、人ではありませんが」
冗談を交わし時間を潰す。時々、レクレールもヤジのように鳴き声を上げている。まだまだ、疲労の色は見えないが陽を見る限りもうすぐでお昼ごろだろう。
一度、地面に降りて休憩をしよう。
「レクレール、一旦、降りるぞ!」
「きゅい!!」
俺が声を掛ければ勢いよく、地面に向かって急降下をする。さながらジェットコースターのような勢いで気を抜けば体が吹き飛ばされてしまいそうだ。
降りる、ってそう言う事じゃ……
「きゅい」
地面に降り立ったレクレールは満足したように一つ鳴くと体を蜥蜴サイズにまで縮小させ荷物を漁る。自分の食べ物を見つけると勢いよくがっつきむしゃむしゃと食べる。
「……レクレール、もう少し、ゆっくり降りなさい」
俺は少し、よろけながらレクレールに注意をする。
飯を食べていたレクレールはちょっと驚き、その後、不貞腐れたように項垂れると「きゅ」と小さく鳴いて頷いた。
そんな様子を見てため息を吐いて俺らも飯を取り出す。焚き火をおこしそれで糧食を炊く。元々、栄養はあるが味はお世辞にも良くない糧食でも多少、マシになるだろう。
因みに、糧食はルフェアの御手製である。魔王に使えていた時代からルフェア特性の糧食は兵に好かれていた。素材の問題で味は良くないが栄養満点であり行軍の際に腹が満たせる。また、食べるだけなら火を起こす必要もなく戦地でも敵に気づかれることなく食べることが出来る。
「……味は変わらないな」
「おや、エルリア様の世代からこのような味で?」
「ああ。兵には好かれたが進んで食べようという奴は居なかったな」
「そんなにひどいものですかね?」
確かにまずいが食えないという程ではない。ただし、まずいものはまずいのだ。結局、もっと美味いものがあるならばそっちを食べたいだろう。
魔王の国は食が豊富だっただのだ。魔王自身が美食家、というかグルメだったこともあってジャンクフードから宮廷料理まで様々な料理を開発していた。おかげで飯は非常に充実していたのだ。
「だから、進んで食べることは無かったのさ」
「へぇ~、そんな理由が……」
さて、一息ついたから進むか。
残っていた糧食をかき込んで荷物をレクレールの背に乗せる。二人も準備が終わり背にまたがる。大きくなった翼が羽ばたき空へ進んで行く。
「そう言えば、聞いていなかったですけど」
「ん?何だ」
「メルドルンってどんな国なんですかね?ざっくりとした事しか知らないので――」
「ああ、そう言う事ね。なら、説明するよ」
メルドルン。正式名称、メルドルン王国。
大陸最長の歴史を持つ国家であり大陸東部に鎮座する大国。外交は閉鎖的でありながら観光客や移民の受け入れには寛容。王家が非常に強い権力を持ちその分派である上位貴族が主に政治を行っている。
芸術や工芸が盛んであり非常に高い冶金技術を持っている。
現在の王は風霊族の女性。即位してから既に千年は経っていると言われ幾度もの国難をその手腕で切り抜けてきた。各国の王族や首脳であっても簡単に謁見することは叶わず最低でも数か月、長ければ数年単位での待ち時間が発生する。
「んで、だ。この国は連邦に対する抑止力を担っていて教会としても人類としても絶対に崩壊させるわけにはいかないんだよね」
「……そんなに凄い国だったんですね。私は近くの大国くらいの認識でしたので」
「まあ、そんなもんでもいいと思うよ?」
実を言うと今の女王とは会ったことはある。顔見知りなのだがここで言っても面倒になりそうだから黙っておこう。しっかし、あのお転婆が今や大国の女王とは感慨深い。
エルフの伝統を重んじながら国際社会と協調していくっていうのは簡単じゃなかっただろうな。会えたら久しぶりに特性のジュースでも作ってやるか。あいつ、アレ大好きだったんだよな。
リエールも王宮に居るって聞いてるし会う機会はあるだろうな。
無くてもその内、どこかで会えるだろうからダメだったら素直に諦めるけど。
「メルドルンは重要な隣国になり得ます。くれぐれも問題は起こさぬようお願いいたしますよ」
「……それは、そうだけど。確約はしかねるね」
なるべく問題は起こさないようにはする。ルフェアから釘刺されてるし何より将来的にメルドルンとは仲良くしたい。
それでも、得てしてこういう時にはトラブルが付いて回るものだ。こちらから手を出さずとも相手から出してくることだってあるだろう。そうなれば無抵抗と言う訳にもいくまい。
……それでも、なるべく穏便にするように努力はするが。
余り暴れすぎるとルフェアの新しい胃痛の種になりかねない。
「既になっていると思いますよ」
「うるさい。まあ、自重はするさ」
「そうですか。では、くれぐれも頼みますよ?」
ハハハ、そんなに心配することは無いさ。如何に俺がトラブルメーカーであろうとそう大層なことは起こらないだろうからな。
談笑と共に日は傾いていく。
時間が経ち、夜が明け、陽が沈み、また夜が明ける。幾度も繰り返され俺達が空の旅に飽き始めた頃、遠くに大きな城砦が見えてきた。門の前には人の列ができ入国を心待ちにしていた。
遂に俺達はメルドルン王国領内に到達した。




