第十二話 再開
「クソ……」
転移とバックステップを使って大きく距離を取る。
何で気付かなかった。幾らブラックファングに集中していたからと言ってこんな巨体に莫大な魔力を見逃すはずがない。
いや、考えるのは後だ。今はこいつにどう対処するかだ。
見たところこいつは上位龍族。勝てないことは無いだろうが正面からやるのは面倒だ。
「何でこんなところに居るんだか」
俺がさっきまで立っていた場所は叩きつけられた腕によって大きく陥没し周囲の木々は粉々になっていた。あのまま立っていたら俺もミンチになっていたことだろう。
刀を鞘に納めて抜刀の構えをする。
龍は賢い。故に無暗に突っ込んでは来ないだろう。
鯉口を切る音と共に俺と龍は動く。
俺は地面を蹴り抜刀、龍は腕を振り上げ叩き潰そうとする。
刀で腕を弾いてそのまま首を狙うが鱗に阻まれる。それどころか逆に斬り付けた刀の方が刃こぼれを起こしている。
「マジかよ?!」
刀が弾かれた反動を利用して首元に蹴りを叩き込むが特に堪えた様子もなし。短距離の転移を使って離脱するがちょっと間に合わなかった前髪が数本、ひらりと舞う。
数発、魔法もお見舞いしたが大きな効果は無し。
硬いな。
再度、攻撃を仕掛ける。
今度は頸や急所ではなく他の部分を狙う。関節部などの鱗の薄くなりやすい部位を狙って攻撃をするがあまりダメージは入らない。
暫く攻撃を続けてみたがまともに攻撃が通らない。このままだと先に刀が折れてしまう。
流石に最高級のモノではないがそれでもかなりの値打ちものだ。そう簡単に刃毀れをおこすようなものじゃない。
「と、なるとアイツ……相当堅いんだろうな」
流石にこのまま斬り付けても先に刀が折れかねない。
しゃーなし。あれを使うか。
今持っている刀を仕舞って別のに持ち替える。細身の刀が一回り程大きくなり反りも緩やかになった所謂、『太刀』を持っていた。
かなり大きめのモノであるから大太刀と言ってもいいくらいだ。
「流石にこれ使ってうだうだ戦ってられないからな。速攻で行くよ」
太刀の名は『妖月』。さっきの刀とは桁の違う、この世界最高の武器の一つだ。
刀身は妖しく鈍色に光っている。
正眼に構えられたその太刀は相手を威圧し警戒心を抱かせる。
睨み合い隙を伺う。それと並行して太刀に魔力を流す。
すると、鈍色にてかっていた刀身は金春色に変色し威圧感もさらに増す。
それを見た龍がしびれを切らしたように飛び掛かって来る。
最初の一撃をよく見定め最小限の動きで躱すと同時に降りてきた爪を斬る。さっき弾かれた鱗以上の硬度であろう爪はあっさりと切り裂かれる。それが気に障ったのか荒々しく攻撃を繰り出してくる。
後の先を取り攻撃を被せるが今度は刃を狙いから上手く逸らされ通らない。何度も斬り付けるがそれでも刃には直接触れずに側面などを叩いて当たらないようにしてくる。
こいつ、やはり龍は賢いな。
一撃喰らっただけでここまでやるんだ。さっさと終わらせないと。
刃を避けて脇腹を狙ってくる腕を無視し更に一歩踏み出す。龍との距離はかなり近づいた。空いている龍の胴体を魔法でかち上げ浮かせる。大きな隙ができ、すかさず懐に走る。
その瞬間、不安定な体勢で龍の爪が振るわれた。
ぞっ、と悪寒が走り一歩身を引く。腕を引き戻そうとしたがその時、左肩がざっくりと根元から抉れた。クソ、油断した。
急いで距離を取って左腕の回復を促す。アイツ、さっきから狙っていやがったな。
どんな能力かは知らねぇが俺に大振りな攻撃をさせる為に自ら隙を晒しやがった。
「ふぅ……ふぅ……」
もう少し場所が右にズレていたら心臓ごと抉られていたかもしれない。流石に回復できるとは言え心臓を失えば多少、動きずらくなる。頭を斬られたり心臓を壊されたりするのは如何に死ななくとも確実にダメージになりやすいものだ。
息を整え再び駆ける。間合いを詰め太刀を振るう。
爪を弾き受け流し不可視の攻撃に警戒する。いつ来るのか、発動条件も分からない。警戒するに越したことは無いだろう。
秒間に何発も叩き込み叩き込まれる。一般人から見れば時折、ピカッと閃光が迸っているようにしか見えないだろう。
十秒ちょっとで左腕の回復も終わり両手で得物を握る。
しかし、まずったな。
このままでは先日手だぞ。俺は不可視の攻撃以外は基本的に避けるか受けるかできるし相手も妖月以外の攻撃は効果が微妙だ。
異能を使えば勝てるだろうがあれは今の状態だと半ば自爆だからな……
撤退も視野に入れるべきだな。これを放置すると後々面倒そうだが死んでは元も子もない。命大事に、俺のモットーだ。
「でもなぁ……」
逃げるにしても最低限の隙を作る必要がある。
でも、この状況で迂闊に攻めに出るのも怖い。さて、どうしたものか。
そうやって考え事をしていたのが良くなかったのだろう。腕と爪の連撃の中に尻尾が混じっていることに気が付かなかった。
半ば流れ作業のように対応していたせいで防御が遅れ何とか柄を間に挟んだが衝撃は殺し切れず大きく吹き飛ばされる。
百メートル近く飛んだかもしれない。
「考え事はダメだね」
空を飛んで追ってくる龍を迎撃するために得物をしっかりと握る。上空からの急降下を真正面から止め横顔をぶん殴って無理やり軸をずらす。
クッソ、余計なダメージを負っちまった。本格的に異能を使わないといけないかもしれない。
そんなことを思っていると魔力感知にもう一つ、龍以外に大きな反応が現れた。それはすさまじい速度でこちらに迫ると勢いよく蹴りをかました。
「は?」
突然の出来事に唖然とする。
一瞬、新手かとも思ったが俺ではなく龍を優先して攻撃しに行ったってことは敵……ではないのか?
分からん、があの出で立ちや蹴りを見るにそれなりの実力者ではあるだろう。
それに、何か覚えのあるような気配だ。詳しく解析しないことには分からないがこんな奴知り合いに居たっけな。
「む?そこの人間よ、貴様のような者が立ち入るような場所では……ない、ぞ」
フードを被った人物は渋い声で話しかけてくる。どうやら忠告をしてくれているらしいが語尾の方が随分と歯切れが悪い。顔はよく見えないが俺の事を人間と言ったことから別の種族の可能性が高いな。
口調や雰囲気からもこっちに敵対はしていないらしい。
「ああ……こっちも出来ることなら逃げたいんだけどね。そいつに完全にマークされちゃったみたいで、なかなか逃がしてくれないんだよ」
「……なら、私が手伝おう。貴様は戦えるのだろう」
「まあな」
共闘を持ち掛けてくれた。まあ、誰だか知らないが助けてもらうとしよう。怪しさは感じるがどっちにしろ状況が改善するならどうでもいい。フードの人物の得物はこの世界じゃ珍しくも刀だ。物好きもいたもんだな。
だらりと腕を下げ俺と違って構えを取らない。ただ、隙は一切なく下手に踏み込めば細切れになるだろう。龍にもそれが分かったのか躊躇いが見て取れる。俺は構えを下段に直し動くのを待った。
先に動いたのはフードの男で連動するようにこっちも動く。一手、遅れて龍が動き出すが右腕が斬り落とされ顎が蹴り上げられる。完全に流れを奪われた龍は滅茶苦茶に魔法を放って暴れ始める。
正直、それをされるのが一番面倒だ。
下手に近づけないし。
にしても、一瞬だったが綺麗な所作だ。まるで演武のような動きでありそれでいて無駄が少ない。まさに達人と言ったところだろうか。
龍の方は一旦、距離を取って様子見だ。このまま魔法をぶっぱなし続ければ魔力が尽きるだろうからそれまでは待つ。というか、やっぱりフードの奴の動き、どこかで見たことがある。詳しくは思い出せないけど誰か知り合いに居た気がするんだよな。
「なあ、おま……」
「なあ、お前」と聞こうとすれば魔法を放ちまくっていた龍が眼前にまで迫って来る。びっくりしたが回し蹴りで吹き飛ばし距離を取る。
しかし、しつこく食いついてくる。また、正面から突っ込んできて引き離しまた突っ込んでくる。幾らフードがタゲを取ろうとしてもずっと俺を狙ってくる。
「ああ、もう……いい加減うぜぇんだよ!!」
イライラのあまり一発、蹴りじゃなくてグーパンが出る。少しながら異能も使って殴ったからかなり効いているだろう。地面に放射線状にひびを付けて叩きつけられる。
土煙が舞ってよく見えないが一向に起きてくる気配がない。どうしたんだ?あれで死ぬとは思えないが……
魔法で土埃を退かせば龍は目を回して気絶してた。
何で急に?
心臓の辺りを触ってみればしっかりと動いてはいるらしいから生きてはいる。
多少、異能を使ったとは言えこの程度で気絶するのか?
それとも思っていたよりもこいつは打撃に耐性が無かったとか?
まあ、ともかく倒せたならいいか。
あれ……この液体、何だ?ちょっと解析してみるか。
解析しながらフードの方へ向かう。
「すまんな。世話になった」
「いや、いい。にしても、一発殴っただけで気絶するとは」
「そうだよな。こいつの耐久を考えればおかしいと思うんだが……」
「まあ、それは追々考えよう」
「そうだな」
そう言えば、急なことで忘れていたがこいつの名前聞いてなかったな。
別に知らなくていいけど助けてもらったんだ。いつかの為に名前くらい覚えておいて損はないだろう。
「お前、名前は?」




