食わぬものたち
一瞬で静まる部屋。凍りつく空気。
突然の蒼乃の行動に唖然とする。
「蒼乃さん!!」
「…おい…!あのバカ…!!」
焦ったように飛び出した伊吹と緋色は既に血で染った辺りを見渡す。生臭い匂いが鼻をつつき不快感を与える。蒼乃の血なのか怪物の血なのか戸惑う2人の背後から何事もなかったかのように蒼乃が声をかける。
「お前……生きてたのか……」
首を傾げながら平然とナイフに付いた血を落とすその姿はまるで無自覚のサイコパスのようだ。
「当たり前だよ。勝てる自信があったから外に出たんじゃないか。」
「…はぁ…よかったです。本当に。怪我はないですか?ちょっと見せてください。」
緋色が蒼乃を回転させながら怪我の有無を調べる中、小屋からぞろぞろとみんなが様子を見に来る。
倒れた怪物、血に塗られた蒼乃を見て驚愕の色を隠せない。琥珀はそんな蒼乃を見て顔をしかめる。
「……臭い……なんか…嫌…不潔。」
「は?僕が不潔だって?部屋の隅でただ立ってただけのくせに文句は言うんだね。助けてあげたのに。」
睨み合う2人の間を割り、蓮が蒼乃に尋ねる。
「まぁまぁ…とりあえずお前ら大丈夫か?これは一体何が起きたんだ?」
「何って…ナイフで引き裂いてやったんだよ。」
ポケットからナイフを取り出し、弄びながらニヤッと笑う。
「ナイフだと?ナイフなんてどこで手に入れた?」
「さあ?ここで目が覚めた時にこのナイフが近くに落ちてたんだ。一応持っていたけど役に立ってよかったよ。切れ味も悪くない。これなら十分使えそうだ。」
「なるほど。だから私を助けてくれたときにナイフを持っていたんですね。」
「そうだよ緋色。緋色も助けたし伊吹くんも助けた。そしてみんなも。はは、これは借りがいっぱいになったね。」
得意げな顔をして蓮を見る。その眼差しに蓮は力強く頷き蒼乃に握手を求め、手を伸ばす。
「そうだな。蒼乃、君がいなかったら俺たちは…いや、想像しないでおこう。とりあえず感謝する。…雨音は…大丈夫か?」
振り返りながら座り込んでいる少女に心配した視線を送る。少女は呆然としていたがハッとした顔で立ち上がり軽く頭を下げた。
「は、はい……大丈夫です…みんないるから…」
「そうか。よかった。君が寝ている間にまた3人ここに来たんだ。右から伊吹、緋色、蒼乃だ。」
少女は3人を見つめながら頷く。
「私は雨音…その…よろしくお願いします」
「…それでさっきの続きだが…その前に腹が減ったな…」
お腹の音を鳴らし恥ずかしそうに頭を搔く。
確かにここに来てからというものなにも食べていない。しかし周りは何もなさそうな気がする。
「…ここに食いもんあんの?何もなさそうだけど…」
「見に行ってみないとわからないね。でも危なくないかな…?さっきみたいにまた襲ってきたら…俺たち武器ないし…」
叶多の瞳がチラチラと無意識に蒼乃を捕える。
まるで何かを訴えかけているように。
「…なに、なんで僕のこと見るの?僕が行けって?」
「だってナイフを持っているのは蒼乃くんだけだろ…?」
「なんだよ、ウジウジしちゃって。ハッキリ言ってくれなきゃ。つまり俺が探して来いって言いたいの?はぁ…僕こんなに汚れてるのに。いいよ別に。いいけど一人で行くのはムカつくから伊吹、ついてきて。」
蒼乃の言葉に緋色が噛み付く。どうやら伊吹と二人にはさせたくないみたいだ。
「私"が”行きます。」
「なら2人で行けばいいだろ。俺は要らねぇって。」
「いや、いるよ。僕が攻撃係、緋色は警戒係。そして伊吹、君は雑用係だ。」
「雑用…?ふざけんな。なんで俺が雑用係なんてやらなきゃダメなんだよ。めんどくさい。」
「はは、すまないな、三人とも。俺も行きたいのは山々だが…」
そう言いながらもどこか安心したような顔で地面に座り込む。彼は厚かましくも「早く行ってくれ。」と言いたげな表情でじっと見つめてくる。
ブツブツ言いながら仕方なく出ていく三人。
しばらくして戻ってきた彼らの手には何も持たれていない。緋色は「察しろ」と言ったようにため息をつきながら首を振る。
「見てわかると思うけど野垂れ死ぬしかねぇな、俺ら。なんにもねぇよ。怪物と木はあるけど。どうするよ?木でも齧るか?」
呑気で無神経な伊吹の言葉に待機していた蓮達はどん底に突き落とされた。
「終わりだな…俺たち…」