明けない夜、深く染まる
しばらくして目を覚ました伊吹は寝ぼけた目を擦りゆっくり起き上がった。まだみんな寝ている。ただ1人を除いては。
「…緋色…何してんの?」
窓に寄りかかり虚無を見ている彼の眉間にしわが寄っている。伊吹の言葉に反応せずにただひたすら何かを考えているようだ。
緋色の前に立ち、目の前で手を振りかざすとやっと反応を示す。
「…なんですか?」
冷たく弾む声にドキッと心臓が落ちる感覚がするが、同じように窓に寄りかかって彼の様子を伺う。だが2人とも何も話さない。そんな状態が続くとさすがの伊吹も我慢できずにそわそわして落ち着かなくなる。
「おい、さっきから何考えてんの…?」
すっと顔を上げ、伊吹を見つめる緋色の目には呆れが宿っている。
「…変化に気づかないなんて…やはりあなたはバカですね。」
「なんだよ…何か変わったことでもあんの?」
「…外を見てなにかに気づきませんか?」
素早く振り返り、見渡すように首を左右に動かす。
「外…?……いや、特に。」
「はぁ…本当にバカなんだな。ちゃんと見なさい。」
伊吹の頭を掴み、空を見上げさせる。
鉛色の空には濁った月が浮かんでいるだけだ。
「お、おう。月?空…がなに…?」
「心做しか先程より月が濁ったように感じます。なにか意味があるのでしょうか。」
「…いや、考えすぎだろ。まだ夜なだけだろ。とりあえず寝ろよ。寝たら朝が来るって。俺は二度寝するよ」
欠伸をし、再び寝転ぶ伊吹を腕を組みながら見つめる。静寂に包まれる部屋。緋色の独り言がやけに大きく聞こえる。
「…考えすぎ…ですか。だといいのですが。」
みんなが目を覚ます頃、まだ太陽は昇っていない。初めて見た夜空がまだそこにあるのだ。
ただ夜が明けてないだけなのだろうか。
だとしたら長すぎるだろう。
寝ている間の空白の時間に一体何があったのか。一同は混乱するばかりだ。
「…今何時なんだ…?なんでまだ夜なんだよ」
伊吹は窓の外を見ながらそっとぼやく。
相変わらず深く、暗い夜が広がっていた。
「…月の濁りはなくなりましたね。」
緋色の言葉に一同の視線は月に向けられる。
確かに濁りはなくなり濃い黄色と月光が目立っていた。
「濁りって?」
蒼乃の疑問の声に緋色はゆっくり口を開く
「…一度起きたとき月が濁っていたんです。しかし今は…元に戻っていますね。」
「濁りだと?見間違えじゃないのか?」
黙って聞いていた蓮が問うと目を細めながら首を振る。
「いえ。見間違いではないですね。私は観察力がいい方なので。」
「…そんなに気にすることでもないと思うがな…月が濁るのがそんなに珍しいのか?月も生きてるんだろう。濁りたくなるときもあるさ。」
「…ここは何もわからない場所なので私も慎重になってしまっているんです。もしかしたらなにか意味が隠れているんじゃないかと。…でもまぁ…そういうことにしておきましょう。」
諦めたように髪をかきあげ、壁に寄りかかった緋色はまだ何かを考えているような顔をしている。
「うーん。月の濁りか…僕も見てみたかったな。どんな風に濁っていたんだろう。ただ気まぐれに変化しているのか、緋色の言っているように何かしら意味があるのか…とても気になるね。」
蒼乃はそう言いながら月を凝視し、眩しそうに目を落とす。
「そもそもなぜまだ夜なのか…まずそっちじゃない?」
「…なぁ。もしかしてこのままずっと夜とか…そういうのじゃないよね…?時間もわからないし…」
そう言い、困ったように頬をかく叶多と共感するように頷く琥珀。2人は同時に深いため息をつく。
再度口を開こうとした蒼乃。しかし遮るように、か細い呻き声が聞こえる。体調が悪いと寝込んでいた少女が起きたのだろうか。その声に気づいた蓮は彼女に近づきしゃがみこむ。
「大丈夫か?体調は?」
少女の瞳は不安げに揺れている。何も言わず身を縮めている姿を見る限りおそらく大丈夫では無さそうだ。
そんな少女の弱い姿を見た伊吹が軽くため息をつき、傍に行こうとした瞬間、何かが小屋に体当たりしている音が鳴り響く。なんの音だろうか。窓に視線を向けた緋色が落ち着いた声で言う。
「どうやら怪物が体当たりしているようです。
このままじゃ小屋は壊れるどころか私たちは餌になるでしょうね」
「はぁ!?なんで急に…!」
止まらない轟音。軋む小屋。
張り詰めた緊張が彼らを襲う。
「このままじゃ壊れるぞ…!」
蓮の叫び声と共に誰かが素早い動きで伊吹を横切る。
ハッとして顔を上げる伊吹の目には躊躇いなく外に飛び出す蒼乃が鮮明に映っていた。