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妖狐のハンコウキ  作者: 烏丸 和臣
妖狐衆
9/40

覚悟と仕事①

 試験の次の日、誰かが扉を開ける音で目が覚める。


「ん、んん……誰ですか?」


 目をこすりながら誰か確認する。


「うん、おはよ」


 目を開けると立っていたのはシオンだ。こんな風に来るのはおそらくここにきて以来初めてだろう。


「おはよう、どうしたの?」


 そんな単純な疑問を投げかける。


「朝食に呼びに来た。いつまでたっても来ないから」


「なるほどね……え?」


 思考が停止する。時間は既に7時を回っていた。それよりも、昨日は訓練した後に試練を受けて……。


(あれ? 僕昨日の夜何してたっけ)

 いくら記憶を掘り起こそうとも試練の終盤でシオンに追い詰められてから記憶が曖昧だ。


「えっとさ、昨日って結局どうなったっけ? なんだか記憶が曖昧で」


 それを聞いた瞬間シオンの目が見たことないくらいに泳ぎまくる。


「……えっとね、取り敢えず着替えたら?」


(この間、何かあったな)

 この二週間で人とコミュニケーションをよく取るようになったから少しずつ間の開き方などで察する事ができるようになってきたのだ。

 その経験から言えることは……「昨日あの後に何かあった」ということだ。だが確証には至らないからとりあえず着替えようとする。そこで大事なことに気づく。


「えっとさ、いつまでここにいるつもりなの?」


 そう、彼女がいたままでは着替えれないのだ。


「ん? 準備ができるまで」


 一瞬の間があった後、


「早く出てって!」


(着替えシーンを人に晒すなんて死んでもやだ!)

 僕はその一心で彼女を強引に部屋から出してドアを閉めた。

 それから着替えて下に降りるともうみんなが食卓についていた。


「あ、おはようございます」


「うん、おはよう」


 大丸さんが返事してくれる。いつも通りだ。そのまま自分の席に座る。

 今日は目玉焼きにベーコン、食パンとサラダの洋風なメニューだ。


(昨日おにぎりだったからな)

 昨日の試練もあってお腹もペッコペコだ。


「じゃあ、みなさん揃ったところで」


『いただきます』


 百合さんの号令でみんなが食べ始める。半分くらい食べ進めたところで大丸さんにあの質問をする。


「すいません、昨日って結局どうなりましたっけ? 最後の方の記憶が何故か曖昧で」


 それを言った瞬間シオン以外の全員がお茶を吹き出した。

(やっぱり! 絶対に昨日なんかあった!)


「ま、まぁ気にせず食べろよ」


 咳き込みながら大丸さんが言う。


(絶対に聞き出してやる)

 そう思いながらベーコンを頬張る。そして朝食が終わり、片付けを始めようとした時に大丸さんが、


「ヨウタ、こっちにきてくれ。みんなも」


 そして、龍樹さん達が次々に奥の部屋へと入っていく。

(入ったことない部屋だ)


 僕はここにきてからほとんどの部屋に行ったが唯一この部屋に入らなかった。なんだか不気味な雰囲気を醸し出しているからだ。


(なんだろう?)

 大抵のことはこの部屋がなくても出来る。でもわざわざあるということは何か特別な場所なのだろう。そう思いながら龍樹さん達の後に続いて入るとそこには驚きの景色が広がっていた。

 なんと本格的な和式の12畳間。屏風もあって座布団まで用意されている。

 正直な話、僕は和室に入った経験がほとんどない。

 幼い頃にはあったかもしれないけど記憶には皆無だ。でも人種からか、なんとなく落ち着く雰囲気だ。そうやって何かに浸ってると大丸さんが手招きする。


「ほら、こっちに座れ」


 そう言われるがまま屏風から少し離れたところに座った。そして龍さんたちは僕の右手側に並んで座って大丸さんは僕の正面、屏風の目の前に座った。

(ほんとに何が始まるんだ?)


「ではこれより! 妖狐衆入門の儀を執り行う!」


 大丸さんが号令する。が、僕は反対に思考停止中だ。


(え? どういうこと? まず、昨日合格したっけ?)

 そんな大前提で混乱している中、儀式は進んでいく。


「まず貴殿、亀山ヨウタ殿は昨日の試練にて合格に値する成果を成した為、我ら妖狐衆に入門する権利を得ている。そこで間おう。貴殿は我ら妖狐衆に入門し、我らの計画に賛同する意志はあるか?」


(……合格してたんだ)

 なんとなく、実感というかやったんだという思いが湧いてくる。

 そう思うと同時に、


(入門しない手なんてあるわけない)

 そんな思いも出てくる。僕の中でNOなんて選択肢は消え失せていた。


「あります!」


「よし、分かった。だがここには入門にあたって絶対に守らなければならない鉄の掟が三つある」


「鉄の……掟?」


 全く知らなかったが組織ならばルールがあるのは当然だろうと静かに納得する。


「ああ、

 一つ。シマ内の方達には思いやりを持って接し、事件が起きれば瞬時に解決すること。


 二つ。たとえ相手が格上であろうと敵前逃亡を許さぬ。しかし複数人以上での合意、又は頭領からの命令ならばその限りではない。


 三つ。その両の手を血に染めること、その罪の深さを忘れてはならないこと。


 以上三つ也」


 威厳がありながら落ち着いた口調で三つの掟を言い切った。


「これが、鉄の……掟?」


「あぁ、これをお前は守り通せるか?」


「はい、絶対に」


「三つ目にある両の手を血に染める。これは人殺しを意味するが、お前にその覚悟はあるのか?」


 ……思いもせず黙ってしまう。


(人……殺し)

 思えば、無意識のうちにここが人を殺めるような組織ではないと勝手に思い込んでいた。だって皆が優しくてカッコいい人たちばかりだ。

 でも、ここは武闘派組織が統治している。それは即ち武力でしかこの街の治安は維持できないこと。そのために人を殺す可能性があることは簡単に予想できたはずだ。

 でも僕はそんなことを考えていなかったのだ。


「……」


 何も言えずに黙り込む……そうしていると大丸さんが口を開く。


「人殺しになるのは嫌か?」


 僕はうつむいたまま静かにうなずく。


「そうか。でもな、人間は人生の中で腹を決めなければいけない時が必ずある。そこで腹決めて前に進みだすのか、狼狽えて踏み出さないやつの違いこそが夢を叶えるのかどうかの違いになる。お前はどうしたいんだ?」


 少し考え込んだあと口を動かす。


「……たい」


「ん? なんて?」


「自分で…….たい」


「あのなぁ、もっと腹から声出せよ!!」


「僕は! 自分の目的を達成したい!」


 大丸さんの勢いに押されるように声を張り上げる。

 そうすると、大丸さんは静かに頷いて、


「それなら腹決めろ。いいな?」


「はい!」


 そう、許してくれたのだ。


「よし分かった! 皆! 盃を用意しろ!」

『はい!』


 そして皆の後ろから小さな台と小皿、酒らしきものが出てきた。そうしてそれを百合さんが注いで回る。

 もちろん僕は意味不明だ。

 第一、「サカズキ」がなんなのかもよく分かっていない。

 それでも酒が僕の目の前に注がれる。


「えっと、僕まだ未成年なんですけど……」


「ん? そんなん気にするな、これを全員で飲むことで初めて入門ができるんだ」


 なるほど……ってかいつの時代の風習だよ!とツッコみたくなってしまったがそれは野暮というものだろう。そのまま僕はサカズキを持つ。

 すると大丸さんが声を張り上げる。


「今日、我らは亀山ヨウタ殿を妖狐衆の新たな戦闘員として迎える! さあ! この盃を交わせば我らは仲間であり、家族だ!」


 皆が声と共に盃を一気に飲み干す。シオンもだ。


(ええい! もうどうなでもなれ!)

 そう思いながら僕も一気に飲み干す!その時、口には何とも言えない味が広がるが何となく拒絶する気にはならなかった。

 次の瞬間、体が火照ってほわほわしてくる。


(なんだ? これが、酔うってこと?)

 対して龍樹さん達大人組は余裕そうにしている。なんなら美味しそうにしている。

 でもシオンは僕ほどではないにしても火照っているのがわかる。そうして何とか耐えていると突然、屋内にアラームが鳴り響く!

 何のことかわからずにいると大丸さんが立ち上がり、


「リン! 座標と被害の確認、急げ! 他は戦闘準備! 龍樹はヨウタのやつもやってやれ!」


『はい!!』


 みんなが立ち上がって準備を始める中、僕は龍樹さんに連れられてとある部屋の前に来る。



 今までに経験したことのないような空気がそこにはあった。

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