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妖狐のハンコウキ  作者: 烏丸 和臣
妖狐衆
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反抗期

この世界にいるすべての人類は誰しも決して譲れないものがあるだろう。それは義務か、正義か、はたまた欲求か…。それが侵害されれば人は怒る、当然のことだ。そしてそれは自分なりの理屈によって矛先は決まる。それならば、なぜ怒っているのかすらわからない時は一体、どうすればいいのだろうか。

「行ってきます」


 挨拶をするが返事は帰ってこない。なんて事ない、いつもの風景だ。

 そのままバス停に行ってバスに乗る。

 今日は緊張のテスト返却日。朝からドキドキしてしょうがない(と言っても15年前くらいからペーパーテストはなく、機械で体内を調べて身体能力や知的能力を測って点数をつけるものだ)。

 年に二回あるこのテスト、僕は今までの20回で全てフルスコアを取っている。

 もちろん、今回も抜群の出来だったから大丈夫だろうと心の片隅で思いながら登校して教室に入る。


「おはよう」


 挨拶をした先には二人の男子、僕の友達である坂水雄太と田中武だ。


「おはよ、ヨウタ」「おはよっす〜。今日のテスト自信どうなん?」


 武が雄太に聞く。


「全然、ワンチャン50切るかも」

「ヨウタは良いよなぁ……ずっとフルスコアなんやろ?」


「まぁ、ね」


 言葉に詰まり同時に心にもやっとしたものが湧き上がる。

(何も知らないくせに)

 だがその後すぐに先生が来て、テストが返却される。


「よーしテスト返してくぞー、赤嶺から取りに来いよ。次……次……」


 順調にテストが返却されてそれぞれが色々な表情を浮かべている。

(まぁ、自信はあるから)

 自分にそう言い聞かせる。


「次! 亀山!」


 そしてテストが返され結果を席で開く。

 結果は100点中87点。

 ……今まで取ったことない点数だ……。


「えっ? そんな、」


 周りから見ればそこまで落ち込むようなものではない。100点満点のうち90以上なら超人と言われるようなライン。

 それをずっと続けるには、ランニングなどで筋肉をつけ、授業も予習復習は絶対条件だ。

 でも本来ならばそんな事までせずとも60点以上あれば平均的なところに就職もできるし何不自由はない。

 だから武も雄太もそのラインを維持しようとしているのだ。

 しかし、僕はそうはいかない、その理由を二人は全く知らない。だからあの一言にイラついてしまうのだ。その後の放課、武と雄太が結果を見に来る。


「ヨウタ〜何点やった?」「でもヨウタだからなぁ絶対高いだろ?」


 そう言いながら半ば強引に僕からテスト結果を取ると結果を見てやっぱりと言った顔をする。


「やったじゃんヨウタ、また記録更新だね」「ほんま、なんでそんな暗いのかわからんわ」


 二人は賞賛するが僕の心の中では怒りがより強くなる。だが同時に出てくるのは、恐怖だ。


(こんなの見せたらあの二人はどんな顔するんだろう……)


 そんな思いが心の中からとめどなく溢れ出す。

 僕がここまで必死になってフルスコアを取っていたのには理由がある。それは、両親だ。

 両親は基本自室から出ず、顔もそう合わせない。

 でもそんな二人が唯一口を開くのはテストの返却時だ。

 その瞬間だけ、二人と一緒にいる。家族の時間があるのだ。僕はその一瞬だけのためだけに頑張っていたのだ。実際に今までそれが叶えられてた。

 でも今日は違う……。授業が終わり、武と雄太が声をかけてくれるが何も聞こえず、ただ


「どいて……」


 としか言えない。そして、本来はバスで20分で行ける道をとぼとぼ歩いて帰った。今は少しでも逃げたかったのだ。でも実際には時間稼ぎにしかならない。

 俯いてると僕の上を何かが通り過ぎる……ふと影の行った方を目で追いかける。

 そうすると建物の上に誰かが立っている。

(二階建ての上に?)


 誰なのかは西陽のせいで分からなかったが身長は僕よりも低いくらいだろう。黒いパーカーを着ている。そいつは僕の方を向いたが何も言わない……少し不気味に思っていると建物の反対側に姿を消した。

(ちょっ、ちょっと!)

 瞬間に走り出して誰かも分からないのに追いかけ始めた……。

 そしてすぐにその建物の反対側に着くがその人の影も形もなくなっている。


「どこに……ってか誰なんだ?」


 辺りを見回しても何も見えない。そうしていると鐘が鳴る。ここら辺で17時を伝えるものだ。


「やっべ!!」


 終業は16時だから早く帰らないと別の事で怒られる!そして絶望の先延ばしもそこそこに帰路を走って帰った。

 ドアを開けると両親が珍しくリビングにいた。多少驚きながらも


「ただいま」


 と言うが返事はない……まあいつも通りだ。そうして自室に行こうとすると


「おい、テストは? 返却されてるんだろ?」


 父が目も合わせずに言う。瞬間に現実に戻される。震えながらテスト結果をなんとか二人に出す。

 そして二人は結果を開く。その瞬間二人は驚愕の表情を浮かべた後、母は泣き崩れ……父はため息をつき、


「ダメだったか……」


 と呟いた。それが聞こえた瞬間、今まで堰き止めていた何かが噴き出してきた。そして今までに出した事の無いほどの大声で何かを叫んだ。

 何を言ったかは覚えていない……でも決して自慢できる内容じゃ無い。ひとしきり言い終わると父が


「じゃあもう出て行け、お前なんてもう……邪魔なだけだ」


 と冷たく言う。瞬間に頭が真っ白になる。そんな冷たいことを言われるとは思わなかった……母も何も言わない。

 僕はその瞬間そんな両親に失望し……


「馬鹿!!」


 そう吐き捨てて家を飛び出した。



 だが家の中は平穏そのものでそこではヨウタの父が誰かに電話をしていた。


「あぁ、すまんな。ついに出てしまった。やってくれ……」


 そう言ったのだ。そうすると電話の先にいる相手が


「そうですよねぇ……承知しました」


 そう返事をした。この時、ほとんどの者がこの電話をしていることもその意味も知り得なかった。



 僕は家を飛び出してから方向もわからず、無我夢中に走った。辺りはすっかり暗くなっていたがそれでも走っていた。

 そうして見上げた先には武の家だ。

(大丈夫かな……)

 僕はそう不安になりながらインターホンを押す。


「はーい」


 そして武が出てくる。


「ごめんな、武……なんて言ったらいいか……」


 僕は思うように言葉が出てこない。それもそうだ。こんな夜に急に押しかけてくるんだから。

 それでも武は黙って聞いてくれた。


「まぁ、なにがあったか知らんけど中入りな」


 そう言われて安心し、中に入る。そうして出されたお茶を飲み少し落ち着いた時、武が部屋を出る。


「少し、待っといてな」


 そう言って別室に入った。少し待っていたがトイレに行きたくなり、手探りでトイレを探していると不意に武の声が聞こえてくる。

 僕はなにを言っているのか気になり扉に耳を近づける。


「はい……はい……サンプルはいかほど採集すればよろしいですか? ……はい……」


 その声が聞こえた瞬間ほんの少し、扉を押してしまった。引き戸だったため開きはしなかったが音を立ててしまった。


「ん?」


 その後に気づいたのか足音こちらに近づいてくる。


(ま、まずい!)


 だが恐怖で体が震えて動かない。そして武が扉を開ける。


「ん? ヨウタ、どしたん?」


「あ、えっと、その。トイレどこかなって」


 その瞬間武が僕に冷たい視線を送る。だがそれから少しすると武の雰囲気が元に戻り、


「そこの廊下歩いて突き当たりやで」


 そう言ったのだ。


「あ、あぁ。ありがとう」


 そうして言われた方向に歩き出す。そしてトイレに入った瞬間冷や汗が一気に吹き出す。

 そしてある程度汗がおさまったところで本能からとある命令が下される。


(逃げないと)


 どうしてそう思ったのかもわからない。でも僕はとにかく逃げたかった。トイレから出た後武のところに行き


「ありがとう。もう帰るよ」


「あぁ、そうか……」


 それを言った武の声色が一段下がる。そして僕は足早に武の家を出た後……走った。

 さっきほど頭が混乱もしていないし、感情がぐちゃぐちゃでもない、しかし視界は極端に狭かった。そしていつの間にかどこかも分からない路地裏に迷い込んだ。


 そしてそこで座り込み……街灯が静かに照らす中、泣いた。


 今までに泣かずに頑張っていた分を全て出した。友人への恐怖、親への失望、過去が崩れた虚無感、その全てが頭、心の中で渦巻く。

 そうすると周りが急に暗くなる……見上げると黒いパーカーの少女が立っていた。誰なのか全く分からない……ただ茫然と見つめていると、


「ついてきて……」


 と急に言われる。僕はなぜかその声に、その振る舞いにえも言えぬ安心を感じた。そしてあろうことかその子に抱きついて、また泣いた。

 頭が働かない……だが何となく大丈夫な気がしてそうしたのだ。少女は戸惑いながらも僕を突き飛ばしたりはしなかった。

 そして一通り泣き終えた後正気に戻り彼女から離れる。


「う、うわぁああ!! ごめんなさい!」


「別に、いい」


 少女はそう答えると僕に再び聞いた。


「ついてくる?」


 正直ここで戻ることもできる。でも、僕の体はそれを拒んだ。


「うん」


 僕は目の周りを赤くしながら頷き、彼女の後を追う。



 この時、僕はまだこの決断が人生を大きく変えるものになるなんて知る由も無かった……

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