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政治家Xの政策

 政治家Xは政治家だった。ただし、今の立ち位置は微妙だった。何故なら、現在は選挙期間中であり、その選挙の結果いかんでは政治家ではなくなってしまうからだ。もちろん、今でも役割的には政治家なのだが、もう少しで政治家ではなくなるかもしれない人物を政治家として扱ってくれる人は確実に減っている。

 Xが確実に当選するような実力ある政治家であったのならそれもまた変わって来るのだろうが、残念ながら彼はそのような政治家ではなかった。だから、絶えず自身の支持動向を見守り、当選に向けて最大限の努力をする必要があった。

 

 さて。

 政治家の基本は“八方美人”だ。投票数を少しでも多く稼ぐ為には敵を作っては駄目で、だから様々な団体に向けてできる限り“いい顔”をする。その所為で宗教団体のような偏った団体とも関りを持ってしまい、その団体が喜びそうな発言をしてしまったりもするが、実は本人には何ら関心がなかったりもするのである。様々な場所で、その場の人々が喜びそうな様々な発言をするから、本人が覚えていないこともしばしばだ。

 ある日、政治家Xに思ってもいない事が起こったのは、それが原因だった。

 

 「Xさん。何故か若者からの支持が上がっています」

 

 秘書からのその報告に、政治家Xは首を傾げる。特に若者にとって有利な政策を訴えたつもりはなかったからだ。そのような思想は彼にはない。

 ただ、支持が上がってくれるのは有難い。それで何故支持が上がったのかを調べていくと、どうやら「多重派遣の中抜き業者は根絶しなくてはなりません!」という何かの番組で発した言葉が一部の若者層に刺さり、それが偶然バスったらしかった。

 まあ、理屈は分かる。

 中抜き業者は労働者が稼いだ金を、ほぼ何もせずに奪ってしまう。多くの若者達がその犠牲になっているのは想像に難しくなく、多重派遣を完全にカットできたなら、彼らの収入は一気に上がるのだ。中抜き業者は仕事の紹介などで役に立っている面もあるが、情報技術が進歩した今という時代ならば、少し工夫すれば代替手段はいくらでもある。

 調べてみると、政治家Xが絡む利権団体とも競合しそうにはなかった。だから彼は若者達の支持を得る為、“多重派遣の根絶”を公約の一つに掲げたのだった。

 

 政策に掲げるのだから、当然、ある程度の議論もしなくてはならない。ならば、それなりの知識も必要だ。普通なら困った事態になるだろう。ところが“多重派遣の根絶”は比較的シンプルである上に、効果も分かり易かったのであまり困らなかった。

 「現在、日本は生産性が上がらないと言われていますが、その原因の一つに多重派遣があるのです。中抜き業者は社会の生産性にまったく貢献していないばかりか、害にすらなっています。しかも、産業スパイを忍び込み易くしている。放置し続ければサーバーの乗っ取り事件も多くなるでしょう」

 政治家Xはそのように主張した。

 多重派遣の所為で、書類作成などの余計な労働コストが生まれ、それが生産性を下げているのである。

 「しかし、多重派遣が完全に禁止されてしまうと失業者が出てしまうではありませんか」

 そのように反論をする者もあった。

 「何を馬鹿な」とそれにXは返す。

 「それは言い換えるのなら、多重派遣の犠牲になっている貧困に苦しむ若者達が、中抜き業者を養っているのと同じですよ? これは恥ずべき行為です。社会人ならば自らの力で生産活動に寄与するべきでしょう。そして、労働の対価としての正当な報酬を得られるように改めるべきだ」

 そのような主張にはこのような声が上がった。

 「それは飽くまで理想論。現実問題として、失業者が出れば社会問題になるのは当たり前の話で、景気の悪化は避けられない」

 その主張には政治家Xは少し困ってしまった。ただ、ネット上を探すとそのような主張にも説得力のある反論があった。彼はこれ幸いとそれを拝借する事にした。

 「生産性が上がれば労働力が余ります。つまりはそれが失業者だ。しかし、その労働力を新しい産業の育成に向ける事で経済成長は起こるのです。失業者とは決してネガティブな面ばかりがある訳ではなく、労働資源が生まれる事でもあるのです。

 嘘だと思うのなら、自身の手で調べてみてください。経済発展の歴史を。

 そして、現在、日本は高齢社会に陥り、新たな労働資源が望まれています。もしスキルがないと言うのなら、その為の訓練機関や学習制度なども拡充すれば良いのですよ!」

 

 政治家Xの主張は概ね認められた。そして、彼は若者達の支持を更に多く集めるようになったのである。

 秘書は彼にこう言う。

 「運が良かったですね。偶々、多重派遣の中抜き業者を批判していて」

 元は覚えてもいないようなその場しのぎの八方美人の発言だったのだ。

 ところが、その秘書の発言に、Xは目を丸くするのだった。

 「何を言っているのだ、君は?」

 秘書はその発言に驚く。Xは続けた。

 「多重派遣の根絶は、私の重要な政治的目標の一つだ。必ず成し遂げてみせる!」

 思わず秘書は首を傾げてしまった。どうやら政治家Xは本気でそれを言っているようなのだった。

 しばらく考えて秘書はこう考えた。

 

 “もしかしてこの人、若者達の支持を得る為に多重派遣の中抜き業者の根絶を訴えている内に、本心から自分が願っていると思い込んでしまっているのでは?”

 

 ある社会実験の話。

 複数の支持政党のない家族の家の塀に、ある党のポスターを貼らせてくれるように頼んだ。全てではないが、一部は許可してくれた。それから数か月後、支持政党がなかったはずの家族を再び調査すると、なんとポスターを貼った家はその党を支持するようになっていたのだという。

 これは“ポスターを貼る事を認めたのだから、自分達はこの党を支持しているに違いない”というような自己暗示によるものではないかと解釈されているようだ。

 

 よく「政治家が、国民の為の政治を行わないから選挙投票に行かない」などと主張する人がいる。

 けれど、実際はその逆で、「国民が選挙投票に行かないから、政治家は国民の為の政治を行わない」のかもしれないのだ。

 選挙投票にはコストはほとんどかからない。

 取り敢えず、選挙投票に行ってみてはどうだろうか?

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