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修道院は肉食女子更生施設ではない

作者: 泉川葉月

 とある王国の北の地方。一年のほとんどが雪と氷に覆われ、人を襲う魔物が住む『獣魔の森』と呼ばれ恐れられる森が土地の大半を占めている。僅かに開けた土地は痩せていて作物は育ち難く、これといった娯楽も無い。行き交う人の数は少なく、月に数回王都へ向かう行商人が通過するだけの寂しい地である。


 そんな所にひっそりと建つ、通称『最果ての地の修道院』。荘厳とは言い難い年季の入った外観。ここは外界のあらゆる雑念から遮断され、厳格な戒律を守る修道女たちが静かに住まう処——



‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥



「院長、一人こちらで預かって欲しいとのお達しです」

「…はぁ…またですか……」


 こめかみを押さえ、院長は眉根を寄せた。


 『最果ての地の修道院』で神に祈りを捧げて三十年。慎ましく静かに、厳しい環境ながらも穏やかにこの地で生きて来た院長。

 彼女のここ最近の頭痛の種。それは、王都や近隣の国から預けられる修道女見習いが急増した事である。


「で、今度の見習いはどんな素性なのかしら?」


 院長は諦めた表情で副院長に尋ねる。


「王子に取り入って、公爵令嬢から未来の王妃の座を奪おうとした男爵令嬢です」


 院長はため息を吐いた。


「…そのタイプなら六人目ね」


 妹の婚約者と、自分の結婚相手を勝手に交換した異母姉が五人。

 長年に渡り家族を洗脳し、家族ぐるみで姉を迫害していた妹が八人。

 兄弟を陥れて、王位継承権を強引に剥奪しようと企てた王女が三人。

 「この世界のヒロインは私」と言い張る重度の妄想癖がある下位貴族令嬢が十二人。


 金と男と権力が大好物。

 悪知恵が働き、無駄に行動力のある肉食獣の様な少女たちが、「更生」と言う名目で厄介払いの為に送り込まれて来るこの『最果ての地の修道院』。はた迷惑な話である。

 

「戒律の厳しい修道院で、己を顧みて反省させるって?ここは監獄でも強制収容所でもないのよ」


 神の花嫁となって、世の平穏を祈りながら静かに暮らす所である。罰ゲーム扱いするな。神様にも失礼である。


「一通りの家事など、身の回りの事はできるそうですよ。男爵令嬢になる前は、元・平民だった様ですね。このパターンの令嬢は——」

「二十一人目ね」

「いち平民から貴族への成り上がり多いですね」


 ワケあり女子の預かりが急激に増えたせいで、修道院の台所事情はより苦しいものとなった。

 厳しい気候のため、お布施や巡礼者が少ないのにも関わらず、大した支度金も無いまま、躾もモラルもなっていない欲しがり肉食獣を預かるこちらの身にもなって欲しい。


「イライザベルチアはいるかしら?」


 院長は一人の修道女を呼びつけた。


「院長様、何用でございましょうか」


 イライザべルチアと呼ばれた修道女が、音もなく頭上から現れた。片膝と拳を地に付け、頭を垂れている。


「新入りよ。教育(・・)してちょうだい」

「武器は?」

「料理が出来るそうだから、ナイフくらいは扱えるんじゃないかしら?」

「御意」


 イライザべルチアは煙のように視界から消えた。


「かつて王の側妃となって後宮を牛耳り、王妃の失脚を企てようと暗躍した貴婦人とは思えない身のこなしですね」

辺境伯家(実家)の操り人形だった頃より生き生きしてるわね」


 現在では修道女達の教育係として、充実した日々を過ごしている。


「院長先生ぇー!今日の獲物、仕留めましたぁー!!」


 賑やかな足音と共に現れたのは、身の丈程もある大斧を担いだ修道女。

 ずれたウィンプルから覗く、艶やかなストロベリーブロンドの髪。黄金色の瞳が印象的な美少女だ。

 もう片方の小さな手で巨大な魔獣を引き摺り、女性らしい曲線を描く華奢な半身は、獲物の血で真っ赤に染まっているが。


「Aランクの魔獣、デビルボアね。今日の夕食には間に合いそう?」


 体長五メートルを超えるデビルボアは、イノシシ型の獰猛な魔獣だ。


「シスターメリルマリリアとぉ、シスターロロナリスアーナの解体の手際がすっごく上達したので大丈夫でぇっす!」


 鼻にかかった甘ったるい声で話すシスターアリマリスミモザリカは、学園内で数々の高位貴族令息を侍らせていた元・カップルクラッシャーである。


「両親から充分な愛情を受けられずに、人の幸せを奪う事でしか生きている実感を得られなかった貴女が…この地で魔物討伐の才能が花開き、他者を尊重し信頼するなんて…本当に成長したわね」


 院長が涙ぐむ。


「両親の偏愛で碌な魔力訓練を受けられず、姉の魔力を無意識に奪っていた偽聖女のシスターメリルマリリアの手先の器用さのおかげですよぅ」

「それに幼い頃悪の組織に誘拐され、善悪が分からないまま犯罪を繰り返していたシスターロロナリスアーナが、冷静に的確な解体指示を出せる様になったのもありますね」


 己ではどうにもできない育った境遇。贅沢に慣れ過ぎ、肥大した自尊心。その結果、自身の根底を粉々に打ち砕かれ、心の拠り所を失った年頃の少女たち。

 そうして行き着いた彼女たちの最後の地。凍てつく北の大地は、チヤホヤしてくれる異性もいなければ、湯水の如く湧き出るお金もない。

 そもそも店がないし、食糧ですら満足にない。


 院長が半ばやけくそで打ち出した最終手段。それは見習い修道女たちの持て余す三大欲求と有り余る行動力を、魔物討伐に充てることだった。

 するとこれが色々な意味で飢えていた彼女たちに嵌った。


 甚振り、嬲り、千切り、投げる。

 ストレス大発散である。


 遂には世界に数人しかいない、Sランクのハンターとして名を馳せる元・貴族令嬢も爆誕する武闘派修道女集団となった。


「うぉぉぉぉ」

「待てやゴラァァァァ!」

「獲ったどーーーーー!!」


 修道院の裏手にある『獣魔の森』から、威勢の良い修道女たちの声が聞こえてくる。


「元・二重スパイのシスターエルルザビアンカーニャと黒魔術師のシスターリュミミエルシルと元・詐欺師のシスターサラリアルカは今日も元気ね」


 神の御手に抱かれし地の『最果ての地の修道院』。


 今日もワケあり令嬢を静かに受け入れる。



数ある作品の中からお読みいただき、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
すげーおもしろかった! でも、イライザベルチアみたいにみんなの名前が繋がってて読みづらいので、イライザ・ベルチアみたいに、・か=があるといいと思いました!
この修道院面白すぎんか⁇ 楽しいだろうけど絶対行きたくないよ!! この修道院!! 修道院に行ったら人間辞めました!! に一直線!!wwww
好き! 腹筋がプルプルするくらい笑いました。 みんな生き生きしててよかった!
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