6話 ナナシ
次の日、ギルドへ仕事をもらいに行くと、いつものようにレミが俺を待っていてくれた。
「おっはよ~サトウさん! 今日も薬草取りの仕事ありますよ」
「じゃあ、チョチョイと終わらせてレベル上げに行くとするか」
「おっと待った! 今日はですね、この薬草を取ってきて欲しいんです」
「え? いつもの薬草じゃないの? それは何に効く薬草だ?」
「これはですね、錯乱に効く薬草です。珍しくはありませんが、あまり量は取れないので、結構高値で取引されてます」
「へ~。錯乱ね」
(錯乱なんて症状があるのか。おっかねえ世界だな)
「んで、何処に生えてるんだ?」
「いつもの場所で大丈夫です。ただ、群生している薬草ではないので探すのに時間がかかると思います」
「そっか、じゃあレベル上げはまた今度にするか」
俺はレミから見本の薬草を受け取り、いつもの採取場へ向かった。
「最初はいつもの場所を探して見て、なければ森の奥へ行ってみるか」
俺はいつもの場所を探してみたが、全く見つからず、時間だけが過ぎていった。
「あ~これも違うな。全く見つからん! ほんとにここに生えてるのか?」
俺は間違って取った草を放り投げると、その場に大の字になった。
木々の隙間からしばらく雲を眺めていると視界に赤と青の光が入ってきた。
「あれ、お前達。俺に会いに来てくれたのか?」
俺が体を起こして胡座をかくと、メルモたちは両肩にチョコンと座った。
(ホントにカワイイな。目が大きいから、髪が無けりゃETみたいだが、何とも言えない不思議な可愛らしさがある)
「お前達はカワイイな。そうだ、名前を付けてもいいか?」
俺の問いかけにメルモ達はウンウンと頷く。その仕草もマジでカワイイ。
「そうだな。お前はアカリなんてどうだい? 何となく柔らかい燈火のイメージがあるんだよな」
赤いメルモは俺のホッペにキスをした。
「そうか、気に入ってくれたか」
「じゃあ今度はお前の番だ。羽は透き通る青に黒い模様が素敵だが、真っ白な肌が余計に印象的だ。ユキなんてのはどうだ?」
青いメルモは俺の唇にチョンとキスをした。アカリがムスッとしてユキに抗議している。
「じゃあ、アカリにユキ、これからもよろしくな」
俺は頭を下げた。
「ああ、そうだ。もしも知っていたら教えてほしいんだが、この薬草を今日は探していてな。見たことあるかい?」
アカリとユキは薬草を見るなり、俺の服を引っ張り案内し始めた。薬草はすぐに見つかった。
「あ、こんなところに生えてたのか。ここさっき探したはずなんだがな。ん? そっちにもあるって?」
アカリとユキのお陰であっという間に必要な量の薬草が集まってしまった。
「いや~、助かったよ! アカリ、ユキ、ありがとう。今度何かお礼しないとな」
俺は可愛い娘たちと別れるようで、非常に名残惜しかったが、アカリとユキに感謝を伝え、ギルドに戻った。
「え!? もう終わったんですか!?」
レミが驚いて駆け寄ってきた。俺はアカリとユキのことを話して聞かせた。
「ん~。信じられません。サトウさんに助けてもらったとはいえ、メルモが人に懐くなんて。もともと警戒心が強いんです。サトウさんがレベル1だから、危険を感じないとか?」
「なんか、レミちゃん、失礼なこと言ってないか?」
「あっ! い、今のは、なしで! きっとサトウさんは妖精に好かれる素質があるんですよ! アハハハ!」
レミは笑ってごまかす。
(俺に懐くのは猫なんだけど……)
「まあ、仕事が早く終わった。これでレベル上げに行けそうだ」
「でしたら、ポーションは必ず持っていってください。ちょっと高いですが命には変えられませんから」
「ああ、分かってる。じゃあ、3つ貰っていくよ。これで足りるか?」
「はい! 毎度あり!」
俺はレミからポーション3つと今日の報酬を受け取ると、弱い魔物がいる町の東の荒れ地に行くことにした。
町を出て1時間程歩くとサバンナのような開けた場所に出た。
「あれもコルネオが言っていた魔物だな。野良犬にしか見えないけど」
遠くの木陰から痩せた黒い犬っぽい魔物が2匹こっちを見ていた。
「剣が錆びてるとはいえ、野良犬ごときに負けん!」
俺は剣を握ると魔物に向かって歩き始めた。魔物どもも『上等だ! コラ!』と言わんばかりに牙を剥き出して向かってきた。俺も剣を大きく振りかぶって、走り出す。
「でりゃあ!」
俺は飛びかかって来た魔物の顔面目掛けて、渾身の一撃を叩き込んだ。
「ガルルル!」
魔物が、剣を歯で受け止めた。剣は飴細工のように粉々に砕け散った。
「う、うっそ~ん!」
俺が間抜けな声を出してるうちに、2匹の魔物は俺の左右の足にそれぞれかぶりついた。
「ぎゃああああ~? ……あれ?」
痛いことは痛かったが想像の3段下の痛みだった。
「そ、そうか! 防具に金をかけていたからか」
本来なら足を噛みちぎられる所だろうが、魔犬の牙がズボンを貫けずにいた。
「コラ! 離せワンコウ! ハウス! シット! シットダウン!」
俺は近くに落ちていた石で魔犬の頭をボカボカ殴りつけるが全く効いていない。魔犬は俺の石を持ってる腕に今度は噛み付き、2匹で足と腕とを引っ張り合って遊んでいる。
「この犬畜生! いい加減に離し上がれ!」
すると魔犬は俺の言う通りにし走って逃げて行った。
「所詮は犬、俺の気迫にビビったか!」
俺は起き上がって、服についたホコリを払っていると、背筋がゾッとした。振り返った瞬間、俺は巨大な棍棒で腹を殴られくの字に折れて吹っ飛んだ。
「ゲフッ!」
今ので肋骨が何本か折れたかもしれないが、何とか俺は立上がって相手の姿を確認する。
「な、なんでこんな奴が」
3mを超える1つ目の巨人が立っていた。
「やばい、レベル1じゃ間違っても勝てないやつじゃないか。即撤退!」
俺は脇腹を押さえて走り出す。同時に地響きがなり、地面が揺れる。巨人が走って追ってくる。
(そうだ! ポーション!)
俺はポーションで回復すると全力ダッシュで逃げるが、巨人は一向に離れて行かない。
「ゲッ! は、反則だろ! なんで巨体で速く走れんだよ!」
巨人は俺との距離をドンドン詰めて来る。
「ヤバい! 追いつかれる!」
プレッシャーで俺はすっ転んでしまった。次の瞬間、巨人は棍棒を俺目掛けて既に振り下ろそうとしていた。
「だああああああああ! 終わった~!」
俺は腕で頭を隠し固まった。
「……」
「……」
「あれ?」
「なんか前もこんな事があったな」
恐る恐る目を開けると、巨人は棍棒を振り上げたまま立っていた。ただ頭がない。でも不自然だった。何かがおかしい。
(そうだ! 傷口がない! 首の断面は皮膚が覆っていて、はじめから頭がなかったみたいだ! なんだ?)
辺りを見回すが誰もいなかった。それどころか気配すら無かった。
「これ、生きてんのか?」
固まった巨人に触ってみると、ゆっくり倒れてしまった。視界の隅にレベルアップの表示が見えた。どうやらいっきにレベル4になったらしい。
「どういうこと? 全くわけがわからん!」
状況が理解できず、気にはなるがここに突っ立っていても埒が明かないので一旦ギルドに帰ろうとした。
「ま…て……メ」
「!!!?」
俺は飛び上がって後を振り向いた。倒れてる巨人の方から聞こえた気がした。しかし、何もない。
「誰かいるのか?」
「こ…こ」
俺はよく目を凝らす。
「!!!?」
確かに何かがいるようだ。巨人の骸の上の景色が陽炎のように揺らいでいる。
(映画で見たことがある! プレデターだ! バケモノが透明化した時のように景色が揺らいでる!)
しかし、巨人の上に見える陽炎の形は巨人より一回り大きかった。
「ぺ、ペンギン?」
形はでかいペンギンのような形だった。
「誰だ? 俺に何のようだ?」
「ク…ス……メ、ドコ……」
「何?」
「クロ…クメ……ドコ?」
「クロ…クメ? あ!!! クロスクメ! って、あんたはもしかしてクロスクメの爺さんが言ってた友達か!!?」
俺がそのことに気付いた瞬間、急にハッキリと相手の姿が見えた。そこには真っ黒い靄でできた、巨大ペンギンの形があった。
「ヤット、キヅイタカ」
「アンタか? 俺を助けてくれたのは?」
「ソウダ。クロスクメ、ドコニモイナイ。オマエカラ、クロノニオイ スル。オマエ、シラナイカ?」
「あの爺さんは死んだよ。幽霊になってお前を待ってたんだが、俺を助けて、消えてしまった」
「……ユウレ? オマエノコトバ ワカラナイ。アタマノナカ ミセロ。ソノホウガ ハヤイ」
「頭の中見せろだと? ちょっと待ってくれ、そんなことしたら死んじまう!」
「ダイジョウブ。オマエ シナナイ。イタクナイ」
「わ、分かったよ。本当だな?」
「オレ ウソツイタコトナイ」
「じゃあ、思う存分見てくれ」
黒いペンギンの靄は俺の頭に手を伸ばした。
「あれ? 触れられてる感覚がないな」
黒い影の触手は確かに俺の頭の中に突っ込まれていた。
「…………」
「どうだ? 分かったか?」
「そうか、クロは時間が来たか……」
「普通にしゃべれんじゃん」
「お前の知識を観たからだ」
「とにかくあんたに感謝してたぞ」
「感謝してるのはオレの方だ。だが、寂しくなる。短い時間だった」
「短い!? あの爺さんは億単位で生きてるんだけど!」
「永遠を生きてるオレからすれば、とても短く儚い」
「永遠を生きてる?」
「そうだ。オレは死ぬことはない」
「一体、あんたは何者なんだ。やっぱり神様なのか?」
「……お前からは見ればそうかもしれない。だが、それはオレも知らない」
「名前はあるのか」
「名前はない。クロはオレを『名無し』と呼んでいた」
「名無し? マンマだろ。で、どっから来たの?」
「オレのいる所は裏の世界」
「なんだそりゃ。裏の世界って何だ?」
「お前が行ける場所、全部、表の世界。この世界もあの星も宇宙も全部表の世界。裏の世界はお前行けない場所。誰もいけない場所。裏の世界、存在するのオレ1人。何もない、誰もいない、時間もない所」
「そんな場所ホントにあるのか? 広いのか?」
「表の世界と広さ同じ。コインの表と裏、面積一緒。ただ何もない、オレだけいる」
「でも、お前はこっちの世界に来れるのか? ずるいな」
「こっち来るの大変。エネルギー使う」
「そうなのか。……そう言えば、最初はアンタが見えなかったが今はハッキリ見える。それはどうしてだ?」
「誰もオレを見ること出来ない。見ることできるやつはオレの存在に気付いたやつだけ。永遠の中でクロ1人だけ気付いた。それ以外、誰もオレを知らない。お前はクロに聞いていたからオレに気付いただけ。自力じゃない」
「なんか、すごいやつに出会ってしまったな」
「クロは逝ってしまった。オレはこっちに来ることは二度とない。向こうに帰る。人間よ、クロの伝言感謝する。お礼に少しだけオレのエネルギーやる。お前魔力ない。オレのエネルギー魔力と違うが代用できる。上手く使え。さらばだ人間」
そう言ってナナシは去っていった。俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。