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マネージャーへの報告

「お疲れ様。俺、この後咲さんと話あるから先に上がるわ」


 風祭さんと駅前で別れてから電車に乗って事務所へ向かい、予約していたレッスン室で龍と優斗と合流して数時間みっちりとレッスンを行った。

 帰る準備をすぐに済ませて二人にお先にと別れを告げてから、俺たちのマネージャーの元へと向かった。

 二人とも珍しい俺の行動にいぶかしんでいたけれど、そこは今までの信頼があるのか深く突っ込んでこなかった。


 説明しづらいことだから、二人の気遣いがありがたい。

 今度ご飯奢ってあげよう。


 二人に感謝しながら速足で歩き、メッセージアプリで指定された部屋へと到着した。


「雪宮です。失礼します」


 ノックをして一言告げてからドアを開けた。


「お疲れ様唯。さあ、掛けて」


 俺たちのマネージャーである中野咲さんが微笑んで俺を迎え入れる。

 そして促されるまま、俺は咲さんの対面へと座った。


「咲さんもお疲れ様です。すみません。時間をとっていただいて」

「いいえ、構わないわ。時間も時間だし、すぐに本題に入りましょうか」

「ですね」


 咲さんは長い黒髪を耳にかけて居住まいを正した。


「それで、正体がバレたって本当なの?」

「はい。実は……」


 俺は今日あったことを詳細に伝えた。

 一応メッセージアプリで簡単には伝えていたけれど、バレた経緯やその後の対応などを記すことができなかったからだ。


「なるほどね……」


 詳細を伝え終えると、手を口に当て難しい表情をする咲さん。

 自分の不注意で余計な問題を抱えさせて申し訳なく思うが、もし風祭さんが約束を破って俺の正体をバラしてしまった場合のことを考えると報告をしないわけにはいかなかった。

 報連相を怠っていいことはないし。


「その子は本当に信用に足る子なの?」

「流石にまともに話したのが今日だけですし、簡単に信用できる……とは言えませんね。ただ、一応向こうの秘密も握っているし、彼女のお願いで稽古をつけることになってますから、余程の馬鹿じゃなければそんなチャンスを不意にするようなことはしないとは思います」

「貴方の正体を知った上で向こうから教えを請うほどだものねぇ」


 小さい頃から色んな人間を見てきたから、同年代の人間以上に人を見る目は養われていると思っている。

 だからあそこまで真剣に教えを請うてきて、さらに自分の夢を秘密にしてきて欲しいと不安そうに言ってきた風祭さんが、簡単に約束を反故にするようには思えない。

 しかし、何かのきっかけで心変わりをしてしまう可能性だって決してないわけじゃないのも事実。

 メンバーくらい彼女と交流があったのなら信じることもできたけれど、俺たちはほぼ繋がりのないただのクラスメイトでしかないのだから。


「唯、貴方はどうしたいの?」

「俺としてはもちろんこのまま今の学校に通いたいです。誰も俺を雪宮唯として接してこない高校生活は居心地がいいですし、友達だってできました。それに出来ることなら彼女との約束も果たしたいと思っています」


 咲さんは黙って頷く。


「でも、余計な混乱と迷惑を招く前に早めに転校しろと言われるのならそれに従います。バレてしまったのは俺の不注意だったので文句を言う資格はありませんから」


 一通り自分の考えを伝え終えると、咲さんはそう。とだけ零し、悩むように眉間に皺を寄せて目を閉じた。

 俺も下される沙汰を待ち、視線をテーブルに移す。

 沈黙が場を支配し、どれくらいの時間が経っただろう。

 数分か、それとも数十秒か。

 体感的にはとても長く感じた。

 そして咲さんが口を開き、沈黙は破られた。


「わかりました。この件はとりあえず私が預かっておきます。一応どうなってもいいように準備だけはしておくけれど、今はあなたの気持ちを尊重しましょう」


 ゆっくりと、そしてしっかりとした言葉でそう告げる咲さん。

 正直険しい表情から悪い予想をしていたので、保留の返答は予想外だった。


「え、本当にいいんですか?」

「まあ、そもそも転校なんてそんな急にできるものでもないのよね。それにずっと頑張っていたあなたが初めて言ったワガママだもの。もしかしたらという不確定要素だけで、その願いを摘んでしまうのは気が引けるわ」

「そう言っていただけるのは凄くありがたいですけど……」

「だから今のところ保留で。もしその子が怪しい素振りを見せたり、学校の雰囲気が変わったらきちんと報告すること。その時は覚悟を決めてもらうわ」

「わかりました。その時は事務所と咲さんの指示に従います」

「じゃあこの話はこれでおしまいにしましょう」


 咲さんはパンと手を叩いて笑みを見せた。

 どうやら本当に話は終わったようだ。 

 緊張が途切れて一気に疲れが押し寄せて、ついつい大きいため息が漏れてしまう。

 その俺の様子を見て、可笑しそうに笑う咲さん。


 やっぱりこの人には敵わないな……。


「さて、もういい時間だし帰りましょうか。送っていくわ」

「いや、流石にそこまでご迷惑を掛けるわけには……」

「いいのよ。私ももう仕事は終わって帰るだけだし、ついでに車内で今日のレッスンの様子とか聞かせてもらえれば助かるわ」

「あー、それならお言葉に甘えさせてもらいます」

「はーい。じゃあ、駐車場にいきましょうか」


 そう言って椅子の上に置いていたビジネスバッグを手にとって席を立つ咲さん。

 俺もそれに続いて床に置いたリュックを持ち、会議室を出る咲さんの後に続いて駐車場へ向かった。



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