新しいオーディション
春休みに入り、私は唯くんとの稽古とレッスンとバイトの日々を送っていた。
一か月もしたら合同レッスンの人たちとも打ち解け、レッスンにも慣れてきた。
だから今月からは少しずつだけど個人レッスンも入れ始め、自分でもわかるくらい歌とダンスの実力は上がったと思う。
しかし、演技に関しては停滞気味。
それを唯くんに相談したら、「一年間みっちり芝居の稽古をずっとしてある程度の実力はついてきたからね。だから今はそういう時期ってことで焦らず腐らずやっていくしかないよ」となにか微笑ましいものを見るような目と声色で言っていた。
そう言われると、確かに今は停滞期間なんだろうなと納得はしてしまう。
実力が低い時は教えられたら教えられる分ググっと成長できるけれど、ある程度の実力になるとそこから成長が停滞し、自分ではスランプなのかななんて思ってしまう。
そこで歯を食いしばって努力できるか、それが更なる飛躍に繋げられる鍵だ。
ほとんどの人は心が折れたり、努力がおざなりになってしまうけれど。
だから私は今日も今日とてレッスンに精を出す。
合同レッスンの日だから、演技だけではないけれど。
「絢ちゃん」
「あ、貴子さん。どうしました?」
歌のレッスンが終わり休憩していると、貴子さんが私に声を掛けてきた。
いったいどうしたんだろうか。
「噂、聞いたかしら?」
「噂……ですか?」
「ええ。映画のオーディションの話よ」
「ええ!? それ本当ですか!?」
貴子さんからの話は私にとっては寝耳に水で目が飛び出てしまうかと思うくらいの衝撃だった。
「雪宮くんと水野ちゃんの二人が主演の映画、あれの端役のオーディションが私たち、仮所属のタレントにも来るらしいの」
「唯くんと桜ちゃんが主演……。えっと、情報量が凄いんですけど……」
「仲のいいあなたにもまだ知らされていないのね。まったく、誰から漏れたのかしら」
私が驚愕して力のない声で呟くと、貴子さんは呆れたようなため息を吐いていた。
映画についての話は守秘義務もあるだろうし、唯くんも桜ちゃんもそれを破るような人ではない。
ということは、事務所の誰かがぽろっと漏らしたか、制作側とつながりがある人が情報を零したのだろう。
その脇の甘さに貴子さんは呆れたのだと思うけれど。
「あの、具体的な詳細って……」
「流石にそこまではね。ただ、噂でそれとなく周りに伝わっているってだけだし。でも、このチャンスを掴もうとする子は多いと思うわよ」
確かにこれは私を含め、役者を目指している人たちには大きいチャンスだ。
端役とはいえ、一流の役者や制作に囲まれて銀幕デビューできるんだ。
こんな凄い機会にワクワクギラギラしなくちゃ演技でプロを目指す資格なんてない。
現に私だって貴子さんの話を聞いてから内心テンションがめちゃくちゃに上がっている。
「ちなみに貴子さんと坂本さんは……」
「ああ、私と太一は受けないわ。これが歌のオーディションなら何を差し置いてでも受けたと思うけど、流石に演技のほうはね。本気で役者を目指している人たちには逆立ちしても勝ち目がないもの」
「そうなんですね。でも、私も歌やダンスのオーディションなら受けてないかも」
「でしょう。絢ちゃんはもちろん受けるつもりなのよね?」
「はい、もちろんです! それに唯くんと桜ちゃんと一緒に演技ができるなんて、こんなチャンス滅多にないだろうし、本気で勝ち取るつもりです!」
この前ドラマで唯くんと一緒になったことはあったけれど、それは私はエキストラで唯くんはゲストだった。
でも今回はきちんと役も与えられ、唯くんも主役。
そして桜ちゃんも。
私が二番目に臨んでいる舞台が目の前に迫っているのだ。
もちろん一番は私と唯くんが主役の舞台だけれど。
「そう。なら、この後の演技レッスンも気合いをいれないとね」
「はい!」
私はグッと拳を握り、元気よく返事をした。
よーし、もっともっと気合い入ったぞ!
早く殻を破れるように頑張らないと!
「みんなお疲れ。さあ、演技のレッスン始めるぞー」
ドアが開き、演技レッスンの講師が入ってくる。
私は立ち上がり、貴子さんと一緒に講師の前に集合し、演技レッスンの時間が始まった。




