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舞台の打ち上げ 2

 お肉を食べながら話は進む。

 先ほど中断されたマイク前の芝居の話だ。

 それは私たちみんな興味深々のようで、塚田さんの話にお肉を食べながら耳を傾ける。


「もちろんマイクに乗らない程度にではあるが、それでも身振り手振りをしながら演じたりはするな」

「それでよく芝居を乗せられますね。どういったところに意識向けられてます?」

「例えばよ、身体を動かすってことは必ず筋肉に力が入るだろ? 何かを持つ芝居をするときは手を握って力を入れたり、走る時も息遣いを意識したり、画面の中のキャラクターが使っている筋肉に力を入れて演じるな」

「ああ、なるほど。そういうことですね。でも、実際にやると難しいだろうな……」

「そりゃそうっすよ。てか、最初から完璧にやられたら俺らの立つ瀬がないっす」


 神妙な顔をする唯くんにそう言って苦笑いする日野さん。

 彼らの話は私にとっても凄く興味深いもので、ついついお肉を食べる手が止まり聞き入ってしまう。


 本当に同じ演技でもジャンルが違えばここまで変わるんだな……。


「あの、口パクに合わせたりとか、そっちも難しいんじゃないんですか? 私、そっちのほうに意識向いちゃいそうなんですけど」


 私は恐れ多いとは思いながら、声優のお二人に気になったことを尋ねる。


 素人からすると、よくキャラクターや役者の口パクに合わせてセリフを言えるなぁ……と思うんだけど。


「ああ、あれは慣れたらそこまで難しくはねえんだ。場合によっちゃ本番の前の日に映像貰えてチェックできるし、画面に表示されてる秒数で演じたりするしよ。それに洋画の吹き替えならイヤホンで演者の芝居を聴きながらセリフ入れるしな」

「え、英語を聴きながら芝居するんですか!?」

「ああ、そうだ」

「あの、それごっちゃになりません? 耳から英語が入ってきて、日本語を喋るなんて」

「うーん、意外とやってみたらそんなことないっすよ。観るのは画面と台本だし、イヤホンから流れる英語は口パクのタイミングを合わせるためにってのが大きいっすね」

「な、なるほど……」


 さらりと言ってのける二人。

 私としては神業だと思うことも、本業の人たちにとっては普通のことなんだろうと改めて思い知らされる。


 もし私が役者としてデビューできたら、いつか声優のお仕事もやってみたいな。

 そのためには純粋な芝居の実力も伸ばさないと。


「聞けば聞くほど、カメラ演技や舞台とは全然違いますね、マイク演技って」

「だからこそ、全てのジャンルで高水準の芝居をする塚田さんが化け物だって思い知らされますね」

「おいおい、なんだ化け物って。人を人外みたいに言ってんじゃねえぞ雪宮ぁ」


 桜ちゃんの呟きを拾った唯くんが若干失礼なことを言って、塚田さんに絞められている。

 その姿もなかなかに珍しい。

 雪月花の二人も咲さんもクスクスと笑いながらその光景を見ている。


「ていうかよ、お前も声の仕事の予定入ってんだろ?」

「あ、私それSNSで見たよ!」


 塚田さんの言葉に反応して唯くんに視線を向ける。


「ああ、もう情報出てたんだっけ。宣伝とか他のスタッフさんに任せてるから気にしてなかった」

「あの人気アニメの映画にゲスト出演って本当に凄いよね! 私観に行くよ!」

「はは、ありがとう。というか、塚田さんも一緒に出るじゃないですか」

「つっても、アフレコは一緒じゃないだろ? スケジュール的に」

「いや、今は俺も仕事抑えてるから、多分一緒にできますよ」


 今ですらお仕事大変そうだなって思うのに、これで抑えてるほうって全盛期はどれだけ忙しかったんだろう……。

 そういえば、ほぼ毎日テレビで見てたような気がする。


「あん? 本当か? アフレコの日いつだ? もうスケジュール出てるだろ?」

「えっと、この日ですね」


 スマホを塚田さんに見せる唯くん。


「おお、その日か。なら一緒にできるじゃねえか!」

「ええ、当日はよろしくお願いします」


 どうやら個別ではなく、他の声優さんと一緒にアフレコをするようだ。


「ねーねー。僕、アフレコのお仕事やったことないんだけどさー、アニメ映画とか一日で撮るのー? めっちゃ大変じゃないー?」


 優斗さんがお肉を食べながら尋ねる。

 確かに話を聞く限り、一日で収録するみたいだけど、映画の収録を一日って凄く大変なんじゃ……。


「一日っていうか、大体半日だな。なんならその後他の収録あったりするしよ」

「え、まじっすか!? それ、めちゃくちゃ大変じゃないですか!?」

「それも慣れだな。お前らだって、午前に歌の収録した後にバラエティとかドラマの撮影とかあるだろ?」

「あー、そう言われたら……」


 塚田さんの言葉に驚きを見せた龍さんだったが、自分たちのことを言われて納得したように顎に手を当てていた。


 私からしたらどっちも超人なんだけれど……。


「まあ、求められてるうちが華だからな。誰だっていつかは段々仕事は少なくなっていくもんだ。だからお前らも今のうちにしっかりと関係者に根回ししとけ」

「根回しって……」

「おべっか使えってことじゃねえぞ。人として当たり前の礼儀とコミュニケーションはしっかりしろってことだ。売れてるからって調子に乗って横柄な態度をとってると、旬が過ぎた時に簡単に見捨てられるぞ」


 真面目な表情と声で言葉を紡ぐ塚田さん。

 それはまさに金言だった。

 そして、説得力と言葉の重みがとてつもない。

 恐らくそういう人をたくさん見てきたんだろう。

 確かに昔よくテレビで見た人が次の年には見なくなって、いつの間にか芸能界を引退してるみたいなこともある。

 そういう人たち全てが性格に難があるわけではないと思うけれど、それでもしっかりと縁を繋ぐことができなかったのだろう。

 逆に先輩やテレビ関係者に好かれている芸能人は息が長い印象がある。

 

「俺も若手の時は調子に乗ってた。時代も時代だったしな。でも、段々と仕事が無くなっていって気づかされたよ。それからは心を改めて、最低限の礼儀だけは気をつけることにした。俺の場合はまだ今みたいに声優が人気の時代じゃなかったから仕事がゼロになることはなかったし、なんとか持ち直すこともできたが、もし俺が昔の心持ちで今の若手だったら、とっくの昔にお払い箱になっていたところだ。だから、お前らも消えたくなかったら礼儀と最低限のコミュニケーションだけは気をつけろ」


 重みのある言葉に私たちはただ頷くしかなかった。

 そして、私は昔唯くんが言っていた言葉を思い出す。

 彼もこの中では塚田さんに次いで長く芸能界に身を置いている人だ。

 そして、仕事が無くなっていくという怖さも経験している。

 だから彼らの言葉は説得力があるんだろう。


「なんか説教臭くなって悪いな。ほら、気を取り直して肉食おうや。飲み物の追加もじゃんじゃんしろ。ほら」


 塚田さんは苦笑いしながら、ドリンクメニューを差し出してくる。

 私たちはこの人の言葉を胸にしっかりと刻み、またワイワイとこの打ち上げを楽しむのだった。

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