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空を飛べない僕たちは

作者: 神崎みこ

 軽やかにこちらを飛び越していく彼女たちを、僕たちは何も出来ずに何も言えずに、ただ見上げた。

虚栄心だとか保身だとか、色々なものが混ざり合って、けれども結局、僕は見惚れていたのかもしれない。

ただ純粋に。



「なぁ、賭けないか?」


腐れ縁のような友人の一言で、とても下劣で、けれども好奇心をくすぐられる遊戯が開始された。

彼が指したのは、平民だけれども特殊な技能が認められてこの学園へ奨学生として入学した少女だ。どちらかといえばかわいい顔立ちをして、少し幼い印象を与える。

まあ平凡な少女だ。

いつも僕たちのそばにいる「少女」たちとは違う彼女に、わずかに興味をひかれる。

いたずらっ子のような表情で、四人の男が彼女を観察する。

それぞれ、それなりの家で跡取り、生まれ落ちてからずっと生き方は決められていて、それをおかしなことだとは思ったこともない。

けど、少しだけつまらない、とも思っている。

そんな風に、胸に何かを抱えた僕たちは、あっけなく彼の提案にのっていた。


誰が、彼女を落とすのか。


そんなくだらなくて、退屈しのぎぐらいにはなるだろう、と思っていた遊戯を。違う学校に通う婚約者の目には届かない、そんな気の抜けた安心感と一緒に。


 奨学生の彼女は、勤勉であまり隙はない。

まとわりつく僕たちや、時折抜け駆けをして相対する僕たちの誰かに一向に靡く様子はない。それどころか、時折嫌そうな顔をする始末。

そんな風に気持ちを悟らせる彼女が新鮮で、自分の中の気持ちが少し制御できなくなっていく。

平民のくせに、とか、そんなことを思ってしまう自分に嫌気を覚えつつ。


「ねぇ」


僕が精一杯人好きのする顔をして彼女に声をかければ、僅かに眉根を寄せ、やはり嫌悪の表情をのせる。

何かがいらっとして、けれども悟らせないように気持ちを落ち着かせる。


「いや、今日はさ、ちょっと聞きたいことがあって」


彼女は真面目なだけはあって、学業に関する会話なら応えてくれる。そこに気がついた僕は、こうやって抜けがけをして質問を繰り出す。

さすがに優秀なだけはあり、少し聞いておきたかった、という疑問に的確に答えを返してくれる。そんなやりとりを、僕はほんのちょっと嬉しく思い、「遊戯」を忘れそうになる。

「失礼します」という声とともに、質問が終わればあっという間に彼女は立ち去っていく。

彼女の先には、心配そうに待っている友人たちが立ち止まっている。

ちらちらとこちらへ視線を寄越し、その表情はこちらに好意を抱いているとはいいがたい。

そろそろ、こんなくだらないことは終わりにしないと。

そう思うけれども、彼女の顔をみれば、自分は何か口を出したくなる。そしてまた、嫌な顔をされる。

それは友人たちも同じところで、誰一人として手応えを感じている様子はない。





「自覚を持っているか?」


滅多に会話を交わさない父親に呼び出され、単刀直入に切り出される。

感情をのせない顔、けれども威圧感だけは十分に感じ取ることができる。

——正しい貴族。

そう、父はどこまでも見本のような貴族だった。

義務も権利も知り尽くす。

言葉に詰まってしまった僕に、父は重ねる。


「婚約の白紙を提案された」


いきなりの言葉に、しばし惚ける。

家が近くて、家格がちょうどよくて、そしてなにより割と僕が気に入っている婚約者のことを思い出す。

作り物めいた笑顔をのせて、たまに、ほんのたまに素の感情を出す彼女をどちらかといえばかわいい、と思ってもいる。

そんな彼女の顔を思い出そうとして、少しぼんやりとしていることに気がつく。

そして、いつ、彼女と会ったのかを思い出そうとする。


「こちらもそれに同意した。彼女は留学するそうだ」


婚約者の顔を思い出せないままに、思ってもいなかった内容が追加される。

彼女はこの国では一番の女性だけの学園に通っていて、それは将来この家に入って色々采配するため。ようやく、そう言って笑っていた彼女の顔が鮮明になる。


「下がれ、もう言うことはない」

「父上!」


会話を打ち切られ、慌てて言い募る。

僕は、この家に生まれて、言われた通りに結婚をして、家を継ぐ。

それはずっと既定路線で、それを覆すような出来事はないはずで。

慌てている僕に、父は珍しく顔を顰めながら言葉を口にする。


「おまえたちがよってたかって構っていた奨学生は、神殿に逃げ込んだ」


言われれば、彼女の姿も見なかったことに気がつく。

基本的に選択している授業が違う彼女とは、こちらが無理矢理物理的に近づかなければ会うことはない。


「彼女は貴重な癒しの魔法を使う、聖女の卵だ。いずれは神殿にあがる予定ではあったがな」


それは、僕たちも知っていた。

聖女の力をもつものはそれほど珍しいというわけではない、だけど彼女はその頭脳と生まれ持ったその力が絶大で、だからこそただの聖女として終わるのではなく、さらに上の立場に立つために学園に通っているのだということを思い出す。

それ以上の口答えは許さないといった体で僕は部屋から追い出される。

理解がおいつかなくて、混乱する。

婚約者はいなくなる、彼女はとっくにいなくなっている。

指先までじんじんとするほど冷えていく。

無意識で両腕をさする。

何も、考えたくはない。

僕は。


 次の日から、僕は学園へ通うこともなくなった。

久しぶりに家族が揃った食堂で、母からの何の感情ものせられない視線を受ける。

隣には姉が、その向かいには弟がいる。

食器の物音一つしない食事の時間は、何の味もしないものをただ飲み込むだけの作業のようだ。

全員の食事が終わり、静かに父が告げる。


「おまえは、領地へと向かえ、後は何の心配もいらない」


そして、視線は弟へと向けられる。


「励むように」


弟は無表情に返事をする。

彼はいずれ騎士になることを希望していた。どちらかというと文官よりのこの家からは珍しく、子供の頃から騎士に憧れていた弟は、いずれのこの家を出て恋人と家庭を持つことを目標としていた。

それは、自分という部品がこの家で順等に機能することが前提の人生設計ではある。そして、その設計図は僕の軽はずみな「遊戯」で破れて散ってしまった。

そのことを短いやり取りで気がつく。

僕の行き道すらも。


結局、僕たちはそれぞれ今まで課せられた道からは外れた人生を、また再び課せられることとなった。

婚約者たちは留学したり別の婚約を結んだり、彼女たちもまた全く予想もしていなかった人生を進む予定だ。

ただ、僕の婚約者はどこか開き直ったかのように笑ってみせた。

それは、今まで見たこともないほど鮮烈で、僕は僕の手をすり抜けてしまったものの大きさに気がつく。


年を重ね、実家に跡取りが誕生する。

ほんのりと僕を恨んでいた弟も、僕をみればため息をつく程度には落ち着いてくれた。

国では、正式な聖女の地位へ就任した彼女へのお祝いに湧いている。


手には何も残っていない。

僕は、ただ空を見上げるだけ。



capriccioさまのお題、狂詩曲2からの「空を飛べない僕たちは」からの短編となります。

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