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ep.8

書類を提出した後はレストランで食事をとって魔法院を出た。

レストランにはラズさんの言う通り多種多様なメニューがあり、何を食べようか暫く悩んだが、牛すじデミグラスのオムライスと言う聞いただけで涎がたれそうな料理名に吸い込まれて、気づけば注文して一口頬張っていた。

昔ながらの固めの卵は私の好みだったし、主張しすぎないチキンライスもデミグラスとの相性バッチリで絶品である。

オズのケーキと甲乙つけがたい完成度にまたもや夢中で食べ進めてしまい、お皿を空にして満足感に浸っているとラズさんが「うまそうに食うな」と感心したように言うため、またもや羞恥でいたたまれなくなったのだがレストランから出る頃にはそれも落ち着いていた。

帰り道とは反対方向に進んだ私たちは大型の商業施設に来ていた。

家具や服などの生活必需品を買うらしい、お恥ずかしながら私の。

最初に来たのは家具屋で、部屋は空き部屋があるからいいもののさすがに家具の余りはないらしく、折角だし女の子らしい部屋にしたらどうだ、とのこと。


「好きなもん選んでいいぞ」

「ほんとですか!!」


初対面の時こそ遠慮したものの、今となってはラズさんの経済力はしみじみとわかっているので、ここで遠慮した所で不要なやり取りがいくつか増えるだけなのは目に見えている。

それに、まだ出会って間もないものの、ラズさんに裏表がない事は感覚でわかる。

ラズさんが好きなものを選んでいいというのなら好きなものを選んでいいのだ。多分。

見渡すとベットやテーブル、椅子やラックなどの家具が所狭しと並んでいる。女の子であればだれもが一度はあこがれる天蓋付きのベットや白を基調としたシンプルで上品な椅子と机のセットに目を引かれながら奥に奥にと進んでいくと、そこには先日漸く百四十センチを超えた私を易々と見下ろすくまのぬいぐるみがあった。


「師匠!!あれです!あれが欲しいです!あれ意外いらないのであれ買ってください!!!」


興奮も露に目を輝かせて腕を引っ張るとラズさんは酷く狼狽している様子だ。


「いや、あれが欲しいのは分かったけど...運ぶの結構大変そうだな」

「それならまかせてください!」


ラズさんはぬいぐるみの置き場でも値段でもなく、運ぶ手間を考えたらしい。

ものぐさなラズさんらしいといえばそうなのだが、些か常識からズレていることは否めない。そもそもこんなに大きいぬいぐるみをねだっているのは私なので人の事を言える立場ではないのだが。

家まで運ぶことを想像したのか眉間に皺を寄せてめんどくさそうにしているラズさんに任せてくださいと鼻を鳴らし、ぬいぐるみに魔法を使う。

使ったのは何のことはない浮遊魔法で、便利なので日常的によく使うのだが、大きすぎるぬいぐるみをフワフワと浮かせながら運んでいるとすれ違う人や今まで商品を見ていた人がぎょっとしたようにこちらを見てくる。まぁこんな大きいものをレジに持って行っているのだから驚かれるのは無理もないだろう。

同じく驚いたように目を剥いた店員さんに渡すと、ラズさんはカードを出して会計を済ませたらしい。


「そのカードってなんなんですか?タダでもらえたわけじゃないですよね?」

「あぁ、これは魔法院が発行する身分証明書だ。魔法使い証明書とか魔法使いカードとか縮めて魔法カードとかって言って、ここに書いてある魔法陣を読み込むと個人の資産データから会計分引落される仕組みになってる」

「なるほど。資産データっていうのは貯金みたいなものですか?」

「ちょっと違うな。貯金は個人の自由でやるかやらないか決めれるし全財産貯金してる奴なんていないだろ?資産データってのはその人の全財産をデータ化してあるもんで、魔法カードの支払いだったり、国が経済の管理をしやすくするために利用されてる」

「へぇーー」


聞く限りなかなかいい仕組みなのではないだろうか。民側としても国側としても便利になるし、身分証明の観点から治安維持にも一役買ってそうだ。魔法陣を個別に作ってそれを読み込むというのも革新的で、凄いことを考える人もいるもんだなぁ、と感心しながら歩いていると、前を歩いていたラズさんが急に立ち止まった。

考えながらと言えば聞こえはいいがその実ボーっとしながら歩いていた私はラズさんの背中に突っ込む。


「ふぺ」

「服屋も見てくぞ。当たり前だが俺の家には子供用のも女性用のもないからな」

「...それはわかりますけど、急に止まらないでください」

「ぼけっとしてたのわかってるからな。責任転嫁小娘はここか」

「いてっ」


完全に油断していたため割と痛かったので、自業自得なことは理解しながらもしれっと罪を擦り付けようとしたのだが、ラズさんにはお見通しだったようで不名誉な呼び名と供に軽くデコピンされた。

服屋の中に入ると、旅路でも見たような余所行きの服もあればラズさんが着ている様な如何にも魔法使いらしいローブやら帽子やらが売っていた。


「師匠、私も師匠みたいなローブ欲しいです!」

「子供用のはあるかわからんが...見てくか?」

「はい!」


ずっと憧れていた魔法使いらしい服装なんて胸が躍らない方がおかしいのだ。

小走りになりながら専用のコーナーに向かうと、ラズさんに「走るなよー」と注意されたがこのあたりに人がいないのは魔力感知で確認済みである。

脇目も振らずそれらしいコーナーに突撃した私の目に入ってきたのはいい意味で想像を裏切るものだった。

並べられたローブは何とも色とりどりで、中には店内に飾られている服と遜色ないほどオシャレなものまであった。

魔法使いのローブと言えば黒や紺を基調とした目立たないものばかりだと思っていたのだが、魔法使いのオシャレ文化は案外進んでいるらしく、黒や白のモノトーンの物は勿論、赤や黄色、緑と言った明るい色もあるようだ。色だけでなく装飾も凝ったものが多く、派手な色を基調としながらも下品に全くならないようなアクセントがあって見ているだけでも楽しい。


「案外小さいサイズもあるもんだな」


後ろから追いついたらしいラズさんが意外なように声を上げる。


「師匠の服が地味なのでてっきりローブはそういうデザインしかないのかと思ってました」

「地味で悪かったな。ローブのデザインが凝りだしたのは割と最近だぞ」

「そうなんですか?」

「最近になって女性の魔法使いが増えてきてな、『もっとオシャレしたい!』って需要が高まった結果がこれだ」

「なるほど」


心の中で勇気ある女性魔法使いの方々に親指を立てながら、よさそうなローブを探す。

余りに色とりどりだったため忘れていたが、ローブとはあくまで仕事着のようなものなので機能面は重視すべきだろう。

それに好みの問題と肌の関係から手触りがチクチクしているとどうしたって着ていられないので注意がいる。せっかくラズさんに買ってもらうのに着れないなんていう悲劇では絶対に避けたい。

そう思って掛けられたローブを触ってみると、どれも驚くほど滑らかな触り心地がして驚いた。


「...これ、どれも触り心地が良すぎるんですが、まさかとは思いますけど、とんでもない店に連れてきました?」

「ここいいだろ?俺のローブもここで買ったんだが、ここのは機能面も優れてるし肌触りもいい。それに保証までついてるから買ってから二年の間だったら破れたりシミが付いたりしても補修してくれるおまけつきだ」

「...あの、お値段はおいくら...?」

「まぁものによるけどざっと金貨二枚から五枚ぐらいじゃないか」


...聞き間違いだろうか。

この国の貨幣は特殊な例を除けば六種類ある。価値が低いものから銅貨、純銅貨、銀貨、純銀貨、金貨、純金貨である。銅貨は端数として扱われ、一般的な果物や野菜類は純銅貨で支払われる。大きかったり少し奮発したお肉は銀貨で、家族でいい所での外食や、ごちそうなんかは純銀貨で支払われ、金貨と言えば月に稼ぐ金額で何枚という代物である。

今ラズさんは服一着に一般的なひと月の給料日分を、それも私のために払おうとしているのだ。


「えっと...金貨って言いました?」

「あ、お前また気にしてんだろ。舐めてもらっちゃ困るぞ、何度も言うが金には困ってない。それにここのローブはかなりいい作りになってるからほぼ一生物だぞ」

「でも...」

「だからいいんだって。子供が金の事なんて気にすんな。それにお前が大人になる頃には俺と同じかそれ以上に稼いでると思うし、金銭感覚は俺のそれで合わせてしまっても何ら問題ないと思うが?」

「な、何を根拠に言ってるんですか!」

「この歳で魔獣バシバシ狩ってんだから当たり前だろうに。以南地区で狩ってた時にいくらもらってたかは知らんが、こっちでは魔獣一匹純銀貨一枚が相場だぞ」

「純銀貨一枚...」


なんと今までの十倍である。確かにその相場のところに来たのなら消費の感覚も十倍にしなければ釣り合わないのかもしれない。


―しれないけど、急にできるわけないじゃん......


飲み込もうにも飲み込めずにうーうー唸っていると「これとかどうだ?」と一着のローブを見せてくる。

ラズさんの手に提げられているのは純白に赤の差し色が入ったローブだった。袖や襟に邪魔にならない程度のレースがあしらわれていて何ともかわいらしい。食事の件もそうだがラズさんはどうにもセンスがいい。


「可愛いです。可愛いけど...」

「気に入ったならもう買っちまっていいか?」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「なんだ?よさそうなの見つけたのか?」

「いえ...そうじゃなくて」


スタスタと会計しに行こうとするラズさんを何とか止めたものの、言葉を濁す私にラズさんはスッと目を眇めた。


「言っておくが、買わないって選択肢はないぞ。これは半分仕事着みたいな物だし、一種の身分証明書みたいなもんだからな。お前が他に欲しいものがあるなら喜んでそっちを買うけど、特にないなら...そうだな、弟子記念としてこれを買う」

「...うーー。わ、わかりました、わかりましたよ!師匠の選んでくれたやつとっても可愛くて好みです!それでお願いします!」

「よろしい」


どちらにせよ買うというラズさんに完全に逃げ場を塞がれて、観念したように一息で言い切ると、ラズさんは満足したようにニヤリと笑いながら私の頭をぽふりと触って会計に向かった。


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