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ep.3

今日はお財布がいささか心もとなくなっていたので教会に行って魔獣退治の案件を受けた。

空はどんよりとした花雲りで少しばかり気乗りしないが暮らしていくためには仕方がない。

今は暦の上では春一歩手前らしいが、例年より冬が長引いているらしく外はまだまだ冷え込んでいた。

借りている宿屋の扉を開けると隙間から一気に冷気が流れ込んできて身を竦める。

正直、宿に閉じこもっていたかったがそこを何とか堪えて目的の魔獣のいる森へと歩いた。


昨晩はよく寝れなかった。

定期的に現れる不安感にいつもの如く絡めとられ日が明けるのを望むような望まぬような宙ぶらりんの感覚で夜を過ごした。

昼間に町の人に見せる明るく前向きな自分と、独りの時の後ろ向きな自分の二面性に最初こそ戸惑ったものの最近はすっかり慣れてしまって、そんなところ含めて自分だと割り切るようにしていた。

ただでさえ睡眠不足で昨日の記憶と現在の記憶が地続きになっているというのに、感情面でさえ独りのときのネガティブを引きずっていたらそれこそおかしくなってしまいそうで怖かった。


いつもは難なくこなしている切り替えが今日はなぜかうまくいかないな、なんて考えながら歩く。

最近は魔獣を狩ることがストレス発散に一役買っている節があり、昨日一昨日と連続して魔獣を狩りに行っていた。

その日はちょうどいい魔獣の依頼がなかったため、魔法の練習という名目で出かけたのだが、この頃魔獣狩りに対する向き合い方が少しだけ不穏だと自分自身感じていた。

まるで胸のわだかまりをぶつけるかのように吐き出される魔法は、従来のそれに比べて魔獣が酷く痛がっていることを感じていたが、大義名分の前ではそれから目を背けるのはあまりに容易だった。


今日もまた魔獣を狩る。

この世やこの体への不安や不満をたたきつけるように魔法をぶつける。

目に見えない場所で静かに仕留めることもできるはずなのに、魔法の威力を視るため、と視界に入れて過剰に強力な魔法を使ってなぎ倒していく。

表情はピクリとも動かない。

淡い桃色の瞳はあくまでこれは仕事であるとひたすらに無機質である。

目標分なんてとうに超えているだろう。

それでも狩り続ける目的は何なのか。衝動は何なのか。すべての理由を失ったら私はどうするのか。

思考の無限ループに入ってもなお手は動かし続ける。ひたすらに狩って狩って狩って―

鼻先に返り血というには幾分さらりとした液体が伝う感覚がした。

空を見上げると出発時には花雲りだった天候は大変お怒りのようで、視界が一瞬弾けたかと思えば遠方から轟音が鳴り響く。

降ってくる水滴は次々と体の温度を奪っていった。

早く帰ろうと踵を返すも足にうまく力が入らず、私はその場にへたり込んでしまった。


「...まぁ無理もないかな...」


よく考えれば三日間満足するまで魔法を打ち続け、その間ろくに寝れていないのだ。

それに加えて今日の朝は食欲が奮わず食事をとってないため低血糖も一枚噛んでいるだろう。

もう座っているのすら億劫で仰向けになって、雨を正面から浴びる。

不思議と私の胸の内は空模様と反比例して晴れやかだった。

流石に魔獣の跋扈する森の中で倒れてしまえばいくら魔法が使えるとて無事では済まないだろう。

魔獣に狙われずとも寝不足、過労、低血糖、低血圧、低体温症の不調四天王とその魔王をなぎ倒せるほどタフじゃない。

今のうちに魔法で暖をとるなり、簡易的な小屋を築くなりとやれることがないわけではないが、胸に広がる諦念がそれをさせなかった。

というよりも、腕を持ち上げてみても魔力が練れないのだ。

周囲の魔力は感じ取れるのに、自分の魔力は全く感じられない。


―あぁ、なんて酷いことをするんだろう。


ずっと捨てたかったこの体質。

死の間際になって叶うなんてあんまりじゃないか。


その事実が本当に悲しくて、本当に腹立たしくて、しかし胸の内は諦念で一杯だったのか、そのどれもが感情と呼べるほど大きくはならなかった。

目的こそ達成できなかったにしろこの旅路は楽しかった。

世界から私という異分子(イレギュラー)が消えるのだと思うとやるせなさこそありつつもお似合いの最期だと思ってしまう。

あの古書の魔法使いなど単なるでっち上げだったのだろう。

これだけたくさんの人に会って、いろんな場所に行って、それでも魔法のまの字すら見つけることは叶わなかった。

旅の最中、魔法使いなんて存在しないと知らず知らずのうちに悟ってしまった時から、心のどこかで消えてしまいたいと思っていたのだろう。

確証こそないものの、胸の諦念がそれをひしひしと物語っていた。


私さえいなければ世界は平和なのだ。


私さえいなければ魔法なんて危険なものはおとぎ話から出てこないのだ。


私さえいなければ、私さえいなければ。




魔法()さえいなければ私は...マリエルは幸せだったのだ。

魔法さえなければ、それ以外のほぼ全てに愛された私はどこまでも幸せに故郷のあの村で暮らしていたんだろう。

しかし魔法という特異体質のせいで私の全ては壊れた。

というのに、私の意識のほとんどは魔法で占められている。

どこまで行っても魔法のことを憎めなかった。

危険で美しいそれが頭から離れなかった。

魔法なんて消えてしまえと思う一方、魔法のない世界を生きたいとは到底思えない。

こんな矛盾も、死んでしまえば考えなくていいらしい。


もう消えてしまおう。


待てど暮らせど王子様はやってこないし、歩けど歩けど答えは見つからない。

こんな暗闇の中あと何十年も過ごすなんてできない。できっこない。

まだ、やろうと思えばそれなりのことは出来る。

しかし、もう一度一から考え直しても出る答えは同じだった。

考えている間にすっかり体から熱は奪い去られて、手足の感覚はなくなっていた。

私はぼんやりと開いていた瞼をそっと閉じた。

雨の音、雷の音、好ましくない存在が草地を踏み分ける音、意識を手放すにしたがってそれらはより大きく、盛大になっていく。

そういえば昔、母が王都の演奏団の円盤を買ってきて、暫くはそれが居間に流れていた事を思い出した。

確かにあの音楽も見事という他なかったが、今際に聞く自然の音の数々はそれに優るとも劣らない荘厳さを持って鼓膜をくすぐった。


まぁ悪くないな、なんて最後に考えて意識を手放す瞬間、癖になって辞めていなかったらしい魔力感知に今までなかったものが反応した。


(遅い...遅すぎるよ...)


今になって来られたってもうこの状況はどうしようもない。せめて後一分...いや三十秒前ですらありったけを振り絞って何とかしていたかもしれないのに。

私はすっかり芯まで冷え込んで、体内をゆっくり、ゆっくり巡る血液と、異常に重い頭だけが熱を持っている事しか最早分からなかった。

なぜ今この時なんだろう。

これでは固めた意思も、悟ったような諦念も根底から取り払われてしまう。

残るのは死への恐怖と半端に悟った自分への後悔だけだ。

薄れゆく意識の中、その人は私に”大丈夫か”と聞いた気がした。

きっと限界故の幻だろう。

魔力感知の端からここまでは相当に距離がある。

瞬間移動でもないならここに人がいるなんて事はあり得ないのだ。


―だからきっと、この体に滲むぬくもりは神様からの最期の贈り物(ギフト)だろう。


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