ウィンチェスター王国
異世界に転生したはいいが周りには人もおらず、また女神イナンナから与えられた祝福を知らぬまま俺は町や村を探しながら道を歩いていた。しばらくしてなにやら妙な金属音と共に喧騒が聞こえ、そこへ向かうと鎧を着た騎士たちといかにも盗賊といった風貌と装いの男たちが剣や武器で斬り合いを繰り広げていた。騎士たちは後方の馬車を守っており盗賊が高笑いや雄叫びをあげながらその馬車に向かって押し寄せ、卓越した武術でそれを阻むが数多い盗賊たちにやがて騎士たちは馬車と共に囲まれてしまった。
(助けた方がよさそうだな!)
そう思った俺は腰に差した刀を抜いて駆け出し、背後から盗賊に飛び蹴りをくらわす。突然の乱入に盗賊たちはうろたえ、それに乗じた騎士たちと共に盗賊たちを制圧すると1人の騎士がマントを風にたなびかせながら歩み寄ってくる。鎧と剣の装飾が豪華であり、この人がいわゆる"隊長"という者なのだとひと目で理解できた。
「御助力、感謝致します。旅の御仁」
騎士はそう言うと一礼し、穏やかな笑みを浮かべた。盗賊と戦っていた時、先頭で剣を振るっていた勇猛さからは想像もつかない紳士的な風格を纏っている。
「あぁいえ、俺もここに来てはじめて人を見たものでつい突っ走っちゃって……」
そこへ馬車から降りてきた1人の若者がやって来ると騎士は真剣な表情で跪き、胸に手を当ててお辞儀をした。整った顔立ちに太陽のような金色の目、煌びやかな金のアクセサリーや服に施された芸術的な金の刺繍と、とにかく金が目立つ男である。
「我らの危機を救ってくださり、誠に感謝致します。私はこの商会を率いているゴールドという者です、重ねて御礼を申し上げます」
「はじめまして、俺は左門 蔵臼です。よろしくお願いします」
ゴールドと名乗る若者が手を差し伸べ、俺も自己紹介をしながら彼の手を握った。しかしゴールドさんが不思議そうな表情を浮かべている。
「サモン……聞いた事のない苗字ですがアナタはどちらの貴族の出身なのですか?」
「えっと、出身は日本という国ですけど……あっ」
ここで俺は妹が読んでいた異世界が舞台の漫画では苗字は名家や貴族、国王といった高貴な者にのみ許されているものであったことを思い出す。実際に異世界へやって来るなどと考えたこともなかった俺は妹が読んでいた漫画を自分も読むべきであったと後悔したが時すでに遅く、騎士が立ち上がると訝しげな眼差しをこちらへ向けながら剣の柄に手をかけた。
「サモンという貴族の名も、ニッポンなどという国の名も聞いた事がない。アナタはいったい何者なのです?」
「いや、あの……」
こんな時、漫画の主人公の彼らはどうしているのだろうか。そんなことを思いながら俺が言葉を詰まらせているとゴールドさんが間に入り、『おやめなさい』と手で制した。騎士は剣の柄を握っていた手を下ろすが警戒を緩めていない、そんな彼にゴールドさんは『やれやれ』といった様子でひとつため息をつく。
「申し訳ございません、彼は真面目すぎて融通が利かないのです。サモンさんはこの後どこに向かわれるのでしょう、助けていただいた礼をしたいのですが……」
「とりあえず町や村に行きたくて、行き先は決めてなかったです」
「そうでしたか!ではちょうどこの道を歩いた先に『ウィンチェスター』という国がありまして、私たちもこれから帰るところなのでそこでまたお会いしましょう。守衛には話を通しておきますので……あなたは『クラウス』と名前だけを名乗っていただけますか?」
苗字を名乗って今のような事態を起こさないための配慮だろうと、俺は素直に『わかりました』と頷く。そして商談を終えて帰り道の途中であったというゴールドさんは申し訳なさそうに『機密書類があるから』と国への道のりを教えると俺を置いて馬車に乗ってひと足先に走っていき、俺はやっと国にたどり着ける楽しみから軽い足取りで歩く。しばらくして遠くからでも栄えているのがわかるほどの大きな国が見え、喜びのあまりいつの間にか走り出していた俺は門の前で立ち止まると守衛に声を掛けた。
「すみません、クラウスという者なのですが……」
「あぁ!あなたがヒバナからいらしたという客人ですね?ゴールドさんからお話は伺っております、どうぞお入りください。ウィンチェスターへようこそ!」
ん?ヒバナ?どこですかそれは……と、思わず口に出してしまいそうになったのをグッとこらえ、俺は門番の守衛に会釈をしながら門の中に入るとそこには現実世界では目にした事の無い、海外を思わせるファンタジーな街並みが広がっていた。まるでお祭りのように賑わっており、その風景の迫力に立ち尽くしてしまう。そこへ先程ゴールドさんと一緒にいたあの騎士が現れ、彼の登場に街はざわめきはじめた。
───ガウェイン卿だ!
───『ラウンズ』のガウェイン様!?まさかお顔を拝見できるなんて……
───でもなんで城下町にガウェイン様が……?
街の民や騎士たちがいっせいに彼を見つめ、歓喜の声をあげた。"ガウェイン"と呼ばれているかの騎士はこの街では"英雄"なのだろう、彼はこちらに向かって歩きながら人々に笑顔を向け、手を振っている。その光景はガウェインという騎士の人望の厚さと彼の存在がこの国にとってどれだけ重要なのかを物語っていた。そしてガウェインは俺の前で立ち止まると声を掛けてきた。
「お待ちしておりました、クラウス殿。ゴールド様がお待ちです、どうぞこちらへ───」
彼に案内されるがままやって来たのは人のいない広場、そこでガウェインは俺と向かい合うと剣を鞘から抜いた。天には太陽が輝き、黄金の光がガウェインを照らす。彼の表情は先程の笑顔から一変して険しい眼差しに変化していた。
「正直な話、私はあなたを信用できない。武人である私たちが互いを知り得る方法はひとつ、剣を交えることのみ」
ガウェインが剣を構えると黄金の闘気が彼の周りに渦を巻き、熱風となって吹き荒れる。俺も刀の柄に手を添え、抜いた刀を構えて刃を返した。睨み合いながら、気が奮い立つにつれて翡翠色の風が俺に纏わりつくように渦を巻く。こんな状況で俺はおもわず『なにこれかっこいい』などと思ってしまった。